あげまんお嬢様とビンボー少年と八匹の下僕たち
青瓢箪
第1話 プロローグ 運命の女たち
――歴史の陰に女あり。
よく言われていることだけど、それって本当。
いやいや、これ、内助の功とかそういうことじゃなくてね。
本当って、本当の意味でよ。
世の中には、本当に男をあげる女が存在するってこと。
日本で「あげまん」って言葉があるでしょう。
それがまんまぴったりね。
そうなの。
昔から、自分と交渉を持った男を確実にあげる女たちがこの世には存在したの。
その女たちを生み出したのは『エインズワース家』。
代々、エインズワース家の女たちは自分と交渉を持った男たちを世界にのしあげてきた。
どうして、そうなるのかはわからない。とにかくそうなるのよ。
古い話じゃ、マケドニアのアレキサンダー大王。
秦の始皇帝。
モンゴル帝国のチンギス・ハーン。
彼女たちをモノにしたこの男たちは、皆も知っているとおり、世界を手にしたわ。
悲しいかな、エインズワース家の女たちはこの男たちとは合意のうえではなく、もちろん手籠めにされたのだけれど。
エインズワース家の女と寝た男は自分の器に見合った最大限の立身出世を見込めるの。
世を手に入れんとするがために、野望を抱く男たちがエインズワース家の女を欲したわ。
支配者が生まれるのを恐れた者たちに、エインズワースの女たちは消されることもあった。
中世に起こった魔女狩りでどさくさに紛れて一番の標的にされたのはエインズワース家よ。
ええ、もうあれで完璧にお家断絶の危機だったわよ。
それを逃げおちて。
生きのびたエインズワース家の末裔は、世の片隅でひっそりと息を潜めて生きることにした。
夜の歴史から姿を消すことを決意したの。
その場所に選んだのは、北半球に浮かぶ孤島、マスカダイン島。
そして、エインズワース家の女たちは平和で安全な居場所をやっと手に入れたの。
小さい器の男を選び続けたおかげで、エインズワース家は村長程度の地位でおさまったわ。
それからしばらくは安寧の日々が続いたわ。
でも、考えて。
ど田舎のへんぴな島だもの。
若い娘が出ていきたくなるのはわかるでしょう?
つまらない退屈な島を飛び出したのは、刺激を求めた私の曾祖母さまの妹だった。
時は二十世紀初頭。
ヨーロッパに行った曾祖母さまの妹はそのまま二度とマスカダイン島に帰ってこなかったわ。
のびのびとした生活を彼女は島の外で大いに楽しんだようね。
それは人間として当然の権利だったと思う。素晴らしいことね。
でも、彼女はやらかしてしまった。
あるとき彼女はウィーンで、画家を目指す一人の若い男に出会ってしまったの。
分かるわよね。
演説の上手い、ちょび髭のドイツ人のあの男よ。
彼女は、一夜の遊び心にて、その後なんと世界の大犯罪人となる男を生み出してしまった。
『まさかそんな器の男とは思ってなかったんだもの』
後で彼女は自分のことをそう擁護したそうだけど。
もうあとの祭り。
エインズワース家の女として、交渉を持つ相手の邪悪性を見極められなかったのは重罪よ。
それだけじゃない。
なんと彼女はその十年前にもグルジア(今はジョージアよ)で。
神学校を退学した歌の上手い靴職人のイケメン息子とも関係をもったっていうじゃない。
『優秀なくせに問題児で、司祭目前であっさりと退学したなんて。尖っててカッコよかったんだもの。マルクスが流行っていたし』
これが、彼女の言い訳。
本当に見る目がない女よね。
ドイツとソビエトに二十世紀を代表する独裁者二人を生んでしまった彼女はエインズワース家に恥ずべき負の歴史を遺した一人ね。
曾祖母さまは彼女のことを一生許さなかったそう。
そんな女たちの家系、エインズワース家。
もちろん、エインズワース家のこの不思議な能力のことは重大な秘密として死守するよう母から娘へと伝えられてきたわ。
男選びの基準とともにね。
エインズワース家に生まれた女の男選びの基準は次の三つよ。
① 小物であればあるほどよし(このご時世、突出した超人なんて要らないの。災いを呼ぶだけだもの)
② 善良であること(独裁者誕生防止のためにね)
③ 真に自分が愛した者であること(これは自らの不貞を防ぐためでもあるわね。何人もの男をボコボコタケノコみたいにあげちゃったら、とっても迷惑だもの)
以上、エインズワース家の秘密と歴史をざっとご紹介。
現在、エインズワース家の中で一番若い女がこの私。
ミラルディ=エインズワース。
マスカダイン学園中等部に通う十四歳の乙女。
たまんない家系に生まれちゃったものだと思うでしょ?
でも、仕方がない。
これが私の運命なのから。
この物語は、類稀なる「操」を持つ女の子、ミラルディ=エインズワースの物語。
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