SKY WORLD ショートショート

青瓢箪

キエスタの小話

第1話 緑の目の少女

「なんだ。今の」


 助手席の男がそう漏らした。


 運転席に居た隣の男は、あ、なんだって? と大きな声で聞き返す。


 砂漠を走る車内は揺れに揺れて居心地が悪く、二日前から腰に痛みがある運転席の男はそれが気に入らず、ついでに腹も減り始めていて、彼はいつも以上にイライラしているようだった。


「いや、な。なんだか人の首が埋まってるように見えたんだよ」


 そんな彼を気にすることなく、助手席の男は窓から流れる風景を見たまま、のんびりとそう答える。


 二人はキエスタ東部と西部間を行き来する西部出身の行商人だった。

 主に東部からは珍しい食材を手に入れ、西部では織物を買い、互いの場所で売る。

 東部の迷信めいた薬効の食材は割と高値で売れ、西部の美しい織物は言わずもがなどこの地でも人気商品だ。

 今、二人は西部から出発し、東部までの道程の南部にほど近い中間地点まで来たところだった。


「獣の死体だろ。スナネズミとか……スナギツネとかスナウサギとか、スナモグラとかそういう」


「人間の髪みたいに見えたんだよ」


 助手席の男の言葉に運転席の男はち、と舌を鳴らした。


「行き倒れの人間、てか? んなわけねえだろ。 俺に戻れ、てか?」


「多分、でかいスナネズミとかそういうもんだと思うけど。もし本当に人間だったら」


 車は勢いよく砂を巻き上げて停車する。


「違ったらお前、三回メシ奢れよ」


「……ああ、いいよ。別に」


 助手席の男の返事に男はハンドルを大きく切り、真逆に方向転換すると元来た道を戻りだした。


「どの辺だ」


「もうちょっと」


 タイヤ跡を忠実にゆっくりと辿りながら、男二人は目を走らせる。

 砂漠には砂と岩、そしてわずかながらの緑が生えているばかりだった。

 夜は冷え込み、昼は灼熱と化す過酷なキエスタ南部の大地だ。


「あれか?」


 運転席の男が先に気づき、車を停めるなりドアを開けて降り、歩き出した。


「なあスナモグラ、だろ」


 助手席の男も続けて車を降り、照りつける日差しに目を細めながら、歩みを止めた運転席の男に声をかける。

 運転席の男の返事はなく、途端に彼はうずくまり、砂を掻き始めた。


「おい、なあ」


 蹲った男の背後から、地面を覗き込んだ助手席の男は言葉を失う。


 数秒後、助手席の男も蹲り、運転席の男と同様に砂を勢いよく掻き出しはじめた。


「嘘だろ……なんてこと……」


 その少女は首まで砂に埋められていた。

 黒髪や顔にはアリが這い回り、唇はひび割れ乾燥し、首にはひどい火傷があった。


 それでも少女は生きていた。


「水ッ……水ッ……!」


 悲鳴のような声をあげて助手席の男はトラックに向かって走り、ペットボトルを手に戻って来た。

 ボトルを逆にして少女の頭からぶっかけ、残りを少女の口に突っ込む。

 少女に水を飲み込む力はなく、注がれた水は少女のひび割れた口から乾いた地面に落ちて染み込むだけだった。


 ああああああ、と運転席の男が吠えた。

 彼は吠え続け、爪の間に砂が入り込み傷つけるのも構わず、懸命に砂を掻き出す。


 助手席の男も空のペットボトルから手を離し、再び砂を掻き出した。


 南部兵の仕業だ。

 あいつらは女にろくな扱いをしない。

 この少女が一体、何をしたというのか。


 うすい褐色の肌の少女が微かに瞬きをした。

 その瞳はキエスタ人には珍しい緑色だ。


 緑の目を持つ人々。

 排他的な東部の民族だ。どうしてこんなところに。南部兵に攫われでもしたのか。


 砂を掻き出し少女の身体が露わになるにつれ、二人の男は絶望した。

 火傷は身体の広範囲にわたり、少女を苛んでいた。めくれあがった皮に砂が入り込む様は地獄の責め苦を思わせた。

 油をかけて火をつけられたのか。


 病院へ。

 少女を砂から取り出したら、すぐに西部へ戻る。

 西部の病院へ連れていってあげるから。

 それまで。


 女神ネーデよ。彼女をどうか助けてください。


 助手席の男はぼろぼろと泣いていた。

 運転席の男は気でもふれたかのように大声で叫び続けていた。

 手には血が滲み、爪に砂が入り込む痛みが二人を襲ったが、それでも男たちは砂を掻き出し続けた。







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