1章 別人_1

「…………だれ?」

 思わずれたおさひめの声に、その場につどった誰もが動きを止めて息をんだ。

 ぜんとしたのは長姫も同じ。一段高いたたみの上で目をみはとうぐうは、長姫の知る東宮ではない。


 ──別人。


 あでやかにかおこうきらびやかな十二ひとえ姿。東宮の前に並ぶのは、はなやかにかざった四人のひめぎみ

 その内の一人、長姫がまとうのは、白に裏地の緑がけたやなぎいつつぎぬ。一番下の単にくれないを重ね、早春を表したしようぞくかぐわしく、白いころもに広がるつややかなくろかみの美しさがきわつ。

 声を発するまでのし目です姿は、清らかさを覚えるほどにせいれんな様子だった。

 そんな長姫がしつけなまでの言葉を放ったのには、理由がある。

 東宮の位にくより以前、若君と呼ばれていた幼い時分。長姫は若君と同じ北山で暮らしたおさなみだった。とつぜんみやこへとつことになった若君との別れぎわには、ふみわす約束さえした仲。

 若君と長姫、どちらにとっても幼くあわい、けれど確かなはつこいだった。文を交わし、きたるべき日には京へ招く。そう約束したのが四年前。

 約束も果たされず、あきさだしんのうという名を得てすぐに東宮位にのぼった若君と、京から遠い北山で暮らす長姫とでは、世間のしがらみを知るほどに実感する身分ちがい。

 それでもあきらめずにいた長姫は、若君にまた会えると期待に満ち、四年ぶりの再会を実現した。運命的な結びつきさえ感じ、胸高鳴らせて今をむかえたというのに。

 東宮として現れたのは、ふたあいほうを纏った見知らぬ貴公子。

 違う、違うとさけぶ心を持て余して、長姫は東宮を見つめる。不意に、東宮は瞠っていた目をせると、口元にみをかべた。

「ふ……。そなたの問いの真意は、私がちがえるほど成長したと感じたためであろうか?」

 理知的で上品な笑みを浮かべるほおは、白粉おしろいったように白い。色白であっても弱々しい印象はなく、袍の下には男性らしいしっかりとした体つきがうかがえる。しようたたえたくちびるや通った鼻筋はちがいなく整った顔立ちで、高貴な血筋を思わせた。

 会いたかった若君に、印象だけなら似ている。似てはいるけれど、長姫はかんぬぐえない。

【画像】

 初恋の相手を見間違えるはずがない。そう確信できるほど、思い続けた相手との再会のはずだった。

「かつてと変わらずなおひたきなそなたの心根が変わっていないようで、私もうれしく思う。けれど今は昔をなつかしむ場ではないのがしいことだ」

 やさしく言葉をかける東宮の姿に、周囲からはかんたんいきが漏れる。無礼を許すふところの広さに対して、本来であれば長姫は感謝の念を示さねばならない。

 現状を理解できない長姫は、手にしたおうぎおどろきの表情をおおかくすことしかできなかった。

 若君が相手なら、いくらでも謝罪し感謝もしただろう。目の前でかんだいうのが、見知らぬ東宮でなければ。

「……こうして東宮候補の姫君と出会えたのも、神仏のお導きであろう。みなかしこまる必要などない。私の裁量において、東宮妃候補たちには直言を許そう」

 長姫のように、相手のりようしようも得ず直接言葉を交わすのは無作法な行い。けれど、東宮が事後とは言えしようにんしたことで、長姫の無礼は許されたことになる。

 かつて面識があったからこその無礼を、笑って許す東宮の姿は、その場の誰にも深く、かんような好人物として映った。

 同時に、誰よりも東宮と親しいふんにおわせた長姫に、視線がさる。ほか三人の東宮妃候補ににらまれるちゆうの長姫は、扇の内側から東宮をぎようしていた。

 睨むほど強く見つめる長姫にはいちべつもくれず、東宮はしやくを立てて話し始める。

「さて、まずはそなたたちが集められたことの起こりから話そう。知っているであろうが、今回東宮妃候補をつのったのは、きんじよう陛下のちよくれいによる」

 東宮の声に、知った内容とは言え誰もが敬意をもってはいちようする。長姫以外は。

「本来、東宮妃はただ一人。それが、候補として四人の姫君がだいに入るなど異例のこと。──いわく、失意の内に早世したさきのとうぐうは、非の打ちどころなき女性であったと。そのたましいを引きぐ者を探し、今一度東宮妃としてお迎えになりたい。そのようなお考えに至った今上陛下のお心は、察して余りある」

 東宮はにごしたが、前東宮妃はいじめによって心身を細らせ早世した。前東宮妃の生まれ変わりを探すのは、今も前東宮妃をおもう今上のとむらいであり、行き所のない想いを持て余したわがままだ。

「前東宮妃の生まれ変わりの可能性があるそなたたちの内から、今代の東宮妃が選ばれる」

 ぼうぜんと東宮の声を聞き流していた長姫は、今上が挙げた前東宮妃の生まれ変わりの要件にはまった一人。

「まず今上陛下が挙げられた要件は、前東宮妃の生まれ変わりである可能性の高い日時の生まれであること。人はごくで今生の罪科を裁かれるまで、二年をついやすと言う。転生はその後、地獄の裁判が終わる三かい。前東宮妃のまかられた同じ日、同じ時刻に生まれた者でなければならない」

 長姫をふくむ東宮妃候補四人は、同じ年、同じ日、同じ時刻に生まれた女性というえんでもってこの場に並ぶ。

「……罷り間違ってこの場にいるという者は、申し出てくれて構わない。もちろん、間違いだったとて責めることはない。こちらの確認不足ゆえあやまちであろう」

 そううながす東宮の目が、長姫に留まる。ただ細められているだけの切れ長のひとみは、笑っていなかった。

 そんな目をする者が、あの優しかった若君であるはずがないと、長姫の胸中はあらつ。

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