登録者数:4 三種の神器はK・W・M

「顔文字ですか。我、かわいいなぁって思っ──ガフッ!?」


 えぐりこむようなレバーへの一撃を受けて、膝から崩れ落ちる魔王。

 にゃむろPはやれやれと首を振りながら答える。


「メタ禁止」

「そ、そんなー」

「異世界の魔王のあなたなら、第四の壁を壊すのも簡単かもしれませんが──なにせその外見ですし──禁止です」

「尿道結石になれ……尿道結石になれ……尿道結石になれ……」

「地味に怖い呪いも禁止です。さて、いろいろご自身で調べられたようですが、やはり一度、動画を作ってみるのがいいでしょう。フェイスリグの口パク動画でもいいです。そのあいだに、私がいろいろな手続きを準備します」


(にゃむろP、底知れない男ですねぇ……)


 あくまで善意で協力してくれていることが魔王にはわかるため、恐怖心はさしてないのだが、疑問はぬぐえない。

 ともかく、一度動画を作ってみることになった。


「キャプチャーソフトはなにを使うつもりですか」

「きゃぷ……?」

「そこからですか……」


 やれやれと首筋をなでる、にゃむろP。


「魔王さんの姿をPCのカメラが撮影し、口パクアプリが、可愛らしいキャラクターCGに置換します。ここまでは?」

「うん、うん、だいたいわかっちゃうんだよなぁ、これが魔王としての才能っていうか!」

「分かっているようなので進めますが、この変換した映像を記録してくれるソフトが必要になります」

「外からビデオカメラで撮れば」

「画質は最悪ですね、テレビを直撮りしたようなものです。そこで使うのが、キャプチャーソフト。設定をいじれば、高画質で、かつ様々な拡張子で保存できます。今回は少々予算が必要ですが、Bandicamを使っていきましょう」


(ばんでぃ)


「バンディカム。PCの画面に映るものならなんでも保存できる便利なソフトです。提供の文字を消したかったら素直に課金しましょう」

「ところでさー、我、思ったんだけどぉ」

「なんですか」

「やっぱりご飯食べてからがいいと思うんですよぉ! 我の顔色がいいほうが、絶対画面映えするっしょ!」

「CG自動変換口パクアプリがあるので、顔色は関係ないです」


 魔王は、白目をむいた。

 空腹は、ピークに達しつつあった。


§§


「どーもー……世界初の異世界魔王バーチャルユーチューバーの我でーす……今日はなんと……なんと……定命しかもたない貴様らのために、我が異世界のお話をしてあげようと思います……」


 PCの前で、ぶつぶつとつぶやくように挨拶をする魔王。

 彼女の前には呼気やリップの音を遮断できる、そこそこ高性能なマイクが置かれている。にゃむろPの私物である。

 画面の中では、魔王とは程遠い顔立ちの、おとなしそうなCG少女が口をパクパクさせ、微妙な表情をしていた。


「でねぇ、我思ったの。これひょっとして、ナメクジだったんじゃないかって。はい、という訳で、今日はここまで。我にまた会いたかったら、ぜひチャンネル登録して──」

「そこまでです」


 ぱちりと、強引ににゃむろPが収録を打ち切った。

 魔王は不満そうな顔を向けるが、彼は逆に厳しい目つきで睨んでくる。


(な、なんですか。ひとがせっかく、順調に収録してたのに……)


「てんでダメです」

「な」

「なにひとつ面白くないです。こんな動画では、せいぜい自分がクリックした分の再生数しか稼げません」

「なな」

「テンションが低い。話題が面白くない。あと……恥ずかしがってるんですか、魔王のくせに?」

「なななな!!」


 図星をつかれた魔王は、顔を真っ赤にする。

 恥ずかしかった。

 こんなよくわからない世界で、よくわからない不特定多数の人間に向かって、芸人のようにしゃべるのが、魔王は恥ずかしくてたまらなかった。

 それが、彼女のトークには如実に表れていた。


「簡単に言えば、この動画はクソです」

「クソ……」

「人様が作ったクオリティのたかいCGを使っておきながら、中身がクソです」

「我、クソ……」


 キーボードの上に突っ伏す魔王。

 画面に意味をなさない文字が、延々と打鍵されていく。


(そんなこと、勇者にすら言われたことなかったのに)


「私の趣味で言わせてもらえば、恥ずかしがり屋のテンションひくい系。大いに大好物ですが……残念ながら、あなたの声質にも、いまのニーズにもあっていません。というか、暗いだけの動画に需要はないです。没です」

「没。あのなぁー、我も、鋼のハートを持っている訳ではなくてですね! あと、テンション低いのは空腹のせい──」

「ただ……こちらにも原因がありました。あなたはどちらかというとリアクション芸人気質。顔芸だけでなんとかしようとしたのが、間違いでした。そこで、最終兵器を導入します」

「……最終兵器?」


 ガバリと半身を起こす魔王に。

 にゃむろPは、不敵な笑みとともに、こういった。


「同じ出来合いのCGでも、全身が使えるモデルがあります。あなたが発掘した過去のバーチューバーの記事、最後まで読みましたか?」


 言いながら、にゃむろPは魔王の背後に立つ。

 そうして抱擁するように両脇から手を伸ばし、


(なっ、なにをするつもりなんだ……? まさか、我を抱きしめて──だ、だめだって! 我にはこれでも、その……なんか貞淑なイメージが!)


 バックンバックンと高鳴る魔王の胸。

 にゃむろPはすべてをスルーし、PCを操作した。


「にゃむろー! 肩透かしー! すけこましー!」

「にゃむろPです。こちらの記事ですね」


 表示されたのは、ブックマークされていた記事。

 そこには、こんな見出しが書かれていた。


 3万円ぐらいでできる、バーチューバーのなりかた──

 三種の神器はK・W・M!


「即ち──Kinect! Wiiコントローラー! そしてMMDです!」


 MikuMikuDance ──


 そう書かれたソフトを、にゃむろPは起動する。

 かつて一世を風靡し、いまだ進化を続ける最強の3D作成ツールのプラットホームを。


 だが、魔王は知らない。

 この辺の工程すべてが、一切合切無駄になることを。

 彼女はまだ、知らない。

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