ペンフレンド
ますだじゅん
「ペンフレンド」(バッドエンド版)
遠い星の友達、ミウィ・トカナントリナンに出会った日のことを、遠藤ユキヒコは決して忘れないだろう。
小学校6年の授業だった。
「みんなは、ペンフレンドというものを知っているかな? 誰か、知っている人は?」
先生の声に、クラスのみんなが、
「知らないでーす」
誰も手を挙げない。
もちろんユキヒコも知らなかった。
「手紙というのは分かるかな。紙に文章を書いて、それをオートバイとか車で配達してもらうんです。それで、遠く離れた人と話をする、それがペンフレンド。
顔も知らない人と、そうやって友だちになったんだ。
それでお互いのことを好きになってしまう人もいたんだ。
今みたいなタキオン通信はない、それどころかインターネットもない、先生が生まれるよりも昔の話だけどね」
ユキヒコは不思議に思いながら聞いていた。
……誰だかわからない人を好きになるなんて、昔の人は変なことをするなあ。
「この授業では、みなさんにはペンフレンドみたいなものを作ってもらいます。
でも、いまはタキオン通信の時代。
ふつうのペンフレンドとはちがう。
宇宙人の友だちです」
クラス全員の机に取り付けられたコンピュータが、恒星間タキオン回線に接続されたのだ。
超光速粒子タキオンによって、遠く離れた星と一瞬で通信できるようになったのは、ユキヒコが生まれる少し前だという。
タキオン通信が実用化された途端、さまざまな異星人が交流を求めてきて、いま地球は空前の繁栄の時代を迎えている。
星間交流をさらに広げるために、子どもたちにも宇宙人と友だちになってもらおう、という授業が始まったのだ。
コンピュータのモニターに異星人の顔が表示されると、クラスメートたちが次々に歓声をあげた。
「おおっ」
「スゲーッ」
あとで聞いた話だと、恐竜に似たギギール人、ライオンに似たシャヴァム人など、子供に受けそうな種族が選ばれていたということだった。
しかし、ユキヒコのコンピュータ画面に現れたのは恐竜でもライオンでもなかった。
「あ、あの……ちきゅうのひと。はじめまして」
妖精のように美しい、女の子だった。
ユキヒコよりも少しお姉さん、中学生くらいだろうか?
地球の銀髪とは違う、桜色の光沢を帯びた銀色の髪を、頭の左右で結んでいる。
顔立ちは地球人の女の子とよく似ているが、大きな瞳は琥珀色に輝いて、両耳が短剣のようにツンと尖っている。
それ以外の、鼻や口の形は同じ。
同じ形なのだが、目を見張るほど端正だ。
地球人は下手くそが雑に作った、この女の子は熟練の職人が精魂込めて作った。そう感じてしまうほどの違いがある。
ランフォリア人。
珍しい、地球人と瓜二つの種族。
地球から1000光年離れた惑星に住む。
数万年前は、たくさんの星を征服し、強大な帝国を築いた。
いまは衰退し、わずかな生き残りが、自然と調和した平和な生活を送っている。悪く言えば斜陽の種族だ。
当時、そんなことは知らなかった。
ただ、
……なんて綺麗なんだろう!
頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
美しい少女は、たどたどしい言葉で、
「あ、おかしいですね、わたしのちきゅうご、つうじてないですか。
わたし、ミウィ・トカナントリナンといいます。
わくせいランフォリア。ジョシュフォードしゅうの、ちゅうとうがくせいです。
ちきゅうのともだちと、なかよくなりたいです」
そう語るのを、ぼうっと眺めていた。
一目惚れだった。
授業が終わるまで、ほんの40分喋っただけで、もう彼女のことしか考えられなくなっていた。
それから、ユキヒコはミウィの連絡先を聞いて、よく話すようになった。
学校での生活。友達との間で流行っているゲームやアニメ。家で食べているご飯。田舎のお婆ちゃんの家に行ったときの事。
とりとめのないことを、ミウィは面白がって聞いてくれた。
ミウィが語ってくれる、異星での出来事を聞くたびに、ユキヒコの胸はおどった。
「ランフォリアでは、アシスタント人工知能というコンピュータがつきっきりで、その言うことを聞いて生きていくんです。仕事も、結婚相手も、コンピュータに決めてもらうんです。
地球の人たちはすごいですね、ぜんぶ自分で決めるとか、ドキドキです……」
「ランフォリアこそ憧れるなあ。それじゃ悩みとかないんじゃ?」
「悩みくらい、ありますよ。それより、地球のスポーツのことを聞かせてください。学校で格闘技をやってるんですよね!?」
「じゅ、柔道だけど……ほんとに、荒っぽい話が好きなんだね……」
自然の中に、ポツンポツンと館を作って、コンピュータに管理されて穏やかな生活を送っているランフォリア人。
人口過密な都市に住み、戦闘的でエネルギッシュな地球人。
お互いの文化に、深く憧れた。
だんだんと、クラスの友達にはしない秘密の話も、するようになった。
両親から、自分用の携帯端末をプレゼントされたときに真っ先にやったことは、恒星間タキオン回線に繋ぐこと。
あとは歯止めが効かなくなった。
毎日、動画回線を繋いで、お互いの顔を見ながら街を歩いた。ご飯を食べた。
デートのつもりだった。
1000光年離れていたけれど、ずっと隣りにいるような気持ちだった。
初めて気持ちを打ち明けたのは中3の、高校受験を控えた時。
「君の事が好きなんだ。君だけが、地球の誰でもない、銀河の誰でもない、君だけが!」
ミウィは驚いて、「ありがとう、わたしも」と答えてくれた。
空間の隔たりなんて関係ない、ずっと結ばれていると、そう信じていた。
☆
告白から2年が過ぎて、ユキヒコが高校2年になった、ある日のことだ。
「ねえ、今日、学校が終わった後、時間ある? まっすぐ家に帰って。家じゃないと話せない。ちょっと見せたいものがあるの」
なんだろうと不思議に思った。
自分の部屋に戻って、回線をつなぎ直した。
「画面を大きくして。画質を最大、壁一面にして」
言われた通り、部屋の壁全体をディスプレイに変えた。
画面の中は、質素な家具が並ぶ、ミウィの部屋だ。
「ねえ、ユキヒコ。部活でもレギュラーだし、成績も良い。モテるんでしょ?」
「急に何を……? 僕が好きなのは君だけだって、言ってるだろ、ずっと……」
「わたしは今日、25歳になりました。地球人で言えば16歳くらい。もう大人よ。だから、見せたいものがあるの。
これを見ても言える?」
画面の中のミウィは、1枚また1枚と服を脱いでいく。
驚いたユキヒコが絶句しているうちに、全裸を晒した。
「……見て!」
言われるまでもない。ユキヒコは息を呑んで裸身を見つめていた。
まず目についたのは、圧倒的な、胸の無さだ。
ランフォリア人は胎生だが、ふだんは乳房の膨らみを持たない。妊娠した場合のみ膨らむのだ。地球の哺乳類も大部分がそうである。
鎖骨の下は切り落としたように平らで、ただ、みずみずしい小さな果実のようなふたつの突起だけが、強い存在感を放っていた。
その下には、すっと引き締まった腰があり、臍下には、淡い銀色の柔らかそうな毛が密生していた。銀色の茂みの中に、ちらちらと、分厚い唇のような割れ目が覗いている。
ゴクリと、生唾を飲み込んだ。
胸の膨らみがないからといって、スタイルが悪いとは思わなかった。
手足はすんなりと長い。子供の体型とは違う。
ガリガリに痩せて肋骨が浮いているような体型とも違う。
地球人とは違う生き物として、均整が取れているのだ。
「……どう思う、わたしの体?」
「き、綺麗だよ……?」
「地球の女の子たちよりも?」
「他の女の子なんて知らない、裸なんて見たことない!」
本当だった。学校で近づいてくる女子とは、決して友達以上にならなかったし、エロ本やエロ動画のたぐいも、ちらっと見ただけで罪悪感を感じるので、よく見ていない。
正真正銘、これが、初めて観る女の裸だ。
「じゃあ、ユキヒコも脱いで」
「な、なんで……?」
「脱ぐの!」
有無を言わさぬ口調に、ユキヒコは逆らえず、服を脱ぐ。
部活動で鍛えているから、だらしない肉体ではないと思うが、それでも恥ずかしくて、頬が熱を帯びるのを感じる。
パンツを脱ぐときは躊躇したが、勇気を出して一気に下ろす。
中に押し込められていたものが、飛び出し、跳ね上がった。
ユキヒコの股間のものは、どくどくと脈打って怒張し、腹を打つほどに立ち上がっていた。
「……わたしも。生身の男性のは知らなくて、教科書だけの知識だけど……
凄いと思う……
なんていうか、体の全部が、たくましくて……
ランフォリア人は、男女ともに華奢で、性差の少ない体をしてるの。
男の人は、いちおう、その、ついてるけど……
大きさが何倍も違う……こわいくらい……」
ミウィは怯えの色を見せているが、大きな目はユキヒコの股間に釘付けだ。
「……ねえ。その大きいのを見て分かった。
わたしとやりたいんでしょう?
間違いなく、ずっと、そういう欲望あるよね?
でも。
絶対に、永遠に、それはできないんだよ?
ふれあうことさえ……」
そうだ、そのとおりだ。
この世に存在するのは「超光速通信」であって、「超光速航法」ではない。
光より速く、宇宙船を飛ばす技術は、どの種族も知らない。
地球の核融合ロケットでは、巨大な推進剤タンクを付けても光速の1割しか出せない。
ランフォリアの対消滅ロケットを使っても光速の9割程度。
千年以上かかる……
「わかってるさ! そんなことは!」
もちろん、性欲はある。
ミウィと交わる夢を見たことは一度や二度ではない。
この、宝石から削りだしたような美しい裸体を抱きしめたい、舐め回したい。
銀色の秘毛が密生する奥に、思い切りぶちこんでやりたい……
そんな気持ちで狂いそうだし、それが絶対にできないのが、つらくないわけない。
「でも僕は我慢するよ! 性欲なんかよりずっと君のことが好きだから!
一生童貞で、みんなにバカにされたって……
我慢する! 我慢する! 我慢する!」
ユキヒコが叫ぶと、ミウィはベッドに腰掛けて、
「……これでも?」
いきなり足を開いて、両足の間に隠されていた裂け目を、さらに指で押し広げた。
おどろくほど生々しい、紅色の粘膜が複雑なひだを作っていた。
「……っ!」
それが見えた瞬間、ユキヒコは声にならない声を発して、果てていた。
ほとばしったものがモニターまで飛んだ。
快感はなかった。大変な失敗をやってしまったという感覚と、体の芯を抜かれたような虚脱感があった。
「やっぱり嘘だった」
ミウィの目がすっと細くなる。
これは恥ずかしがっている表情ではない。軽蔑でもない。
悲しみの表情だ。
「ち、ちがう、これは、何かの間違いで、こんなはずじゃ……」
言えば言うほど、自分の言葉が空回りしていくのが分かる。
股間の猛ったものは、精を放ってもまったく硬度を失わず臨戦態勢だ。
それが逆に虚しく、焦りばかりをかきたてる。
「わたしも好きだから。あなたが好きだから。
だからこそ、我慢なんてさせたくないの。
地球人の性欲がどれだけ強いものか、一生満たされないってどんなつらいか。
そんな思いさせたくないの。
だから、わたしのことはあきらめて。
……それに、わたしが聞きたかったのは、『我慢する』じゃなかったのよ。
『行ってみせる』って聞きたかったの。
超光速航法を実現するんだと……」
「えっ、でも……不可能だって……」
「ええ、そうよ。
ランフォリアの物理学は5万年前の全盛期に、すでに完成されている。宇宙の開闢から終焉までを矛盾なく解明してる。
その完璧な科学が、超光速航法は不可能だって言ってる。
でも、地球人ならできるかも、あなたたちのバイタリティなら……
不可能を乗り越えるって、そのくらい好きだって、言って欲しかったのよ……
でも言えなかったんだね。
さようなら、ユキヒコ」
接続が切れた。
モニターはただの壁に戻った。
自分の漏らした精液の臭いがたちこめていた。
泣きたい気分だった。
だが泣かないで、拳を握りしめた。
「……負けるもんか……」
☆
そして、ミウィは、ユキヒコの事など忘れた。
普通のランフォリア人のように、アシスタント人工知能の助言にしたがって就職し、言われるがままの相手と結婚した。
子供もふたり生まれた。ミウィは幸運だった。ランフォリアの人口は99万人と厳格に定められ、誰かが死んで枠が空かない限り生むことは許されないからだ。
さらに数十年が過ぎて、生まれた子供たちも一人立ちして、孫が遊びに来るようになった頃。
一通の電子メールが届いた。
『惑星チキュウの、エンドウユキヒコさんから電子メールが届いています』
アシスタント人工知能が冷静な声で告げた時、ミウィは鏡を見て、すっかりシワが増えたなあと嘆いていた。
ユキヒコの名前を聞いて、え? と瞬きする。
思い出すのに時間はかからなかった。
すっと頭の中が冷え、記憶がよみがえった。
「何で……今頃?」
アシスタント人工知能が言葉を続ける。
『635ペガサ・ガルメルの添付ファイルがあります』
「600ペガサ? ずいぶん大きなファイルね?」
日常生活で使うことはまずない、膨大な量だ。
「まさか……」
嫌な予感がこみ上げてくる。メールを開けてみる。
『ひさしぶりだね。ミウィ。
僕はやり遂げたよ。
送ったのは、僕の全てだよ。
人間の記憶や人格というのは、脳細胞の繋がり方のパターンにすぎない。
僕の脳を完全に分析して3Dモデルのデータにした。
このデータを元にナノマシンで神経細胞を結線すれば、僕と全く同じ心を持った人間を作れる。
遺伝子情報も送ったから、心と体が揃うんだ。
再生して欲しい。僕を。
そうすれば今こそ、君のそばに行ける。
楽しみだ、君のそばで目覚める日が……』
深くため息を付いて、地球への動画回線を開く。
画面に現れたユキヒコは、ひどく老けていた。
ミウィは顔にシワがある、初老という程度だが、ユキヒコは髪が禿げ上がり、顔には老人斑。余命いくばくもない高齢だ。
地球人とは寿命が違うからだ。
回線を繋いだ瞬間、老人は雷に打たれたように背筋をピンと伸ばした。
「ミウィ。僕のミウィ! きれいだ。君は変わらないね。メール、受け取ってくれたんだね」
涙すら流している。
だがミウィは冷たい声で応じた。
「ひさしぶりです。
ええ。受け取りました。
驚いています。
よく地球の科学力で、そんなことできましたね。
精神をデータ化するのは、わたしたちランフォリア人が全盛期に使っていた技術ですよ」
「……やっぱりそうだったのか。君たちが帝国を築いた方法は……」
「同じです。正確には改良型ですね。精神をデータ化して、コンピュータウィルスの機能を与えて、タキオン通信ネットワークに流すんです。そして他の星の知性種族やコンピュータを、次々に乗っ取っていく……
こうやってランフォリアは巨大な帝国を作ったんです。
でも、これは危険なんです。
同じ精神を持つものが偏在すれば、素晴らしい統率力を発揮できるけれど、どれが本当の自分なのかという深刻なアイデンティティ・クライシスを引き起こします。
帝国膨張が止まった時、矛盾は最悪の形で吹き出して、たくさんの種族を巻き込んだ絶滅戦争になりました。
だから5万年たった今でも、ランフォリアは戦犯種族として危険視されているんですよ。機械に管理されて、増えることすら許されないのは、そういうわけです。
精神のデータ化と再生は、厳しく禁止されています。わたしに法を犯せと言うんですか」
「わかっている。危険だということは。
でも、僕は乗り越えたかったんだ。君が言っただろう、地球人なら、星と星の間を超えられると
そうすれば君は振り向いてくれる。
……それしか考えられなかったんだ……だから、何十年も、それだけに没頭した……
不可能だと言われ続けて、全人生を賭けて、やっと実現したんだ。
だから、受け取ってくれ、僕の気持ちを……
きっと受け取ってくれると信じているよ……」
「コピーに過ぎませんよ。今そこにいるあなたの心が、こっちに移るわけじゃありません。あなたは、コピーがわたしとイチャイチャするのを見ながら、一人で死んでいくんですよ。気づいた時は苦しいですよ。その苦しみこそが、ランフォリア帝国を滅ぼしたんですよ」
「わかっている。わかっているけど、それが僕の救いだ。もう一人の僕が、君と結ばれるなら、納得して死んでいける」
ミウィは理解した。
誰の言葉も届かないと。
この人の時間は止まってしまった。
わたしの言葉は呪いとなって、この人を縛ってしまった。
これだけの頭脳を違うことに活かせば、大金持ちにもなれた、権力も女も、いくらでも手に入っただろうに……
そこまでして想ってもらえて、わたしは嬉しいのだろうか。
目を閉じ、考える。
……昔のわたしなら、確かに泣いて喜んだ。
ユキヒコのことを毎日思いながら眠りについて、ユキヒコのことが好きだからこそ別れを選んだ、あの遠い日なら。
……そんな時代の気持ちを思い出そうとして、全く思い出せず、自分でも驚いた。
事実としては思い出せる。でも自分の身に起こったこととは思えない。『お話』にしか思えず、まったく現実味を欠いていた。
……かわりに沸き起こってきたのは、なにか汚いものが絡みついてきた時のような、肌の粟立つ嫌悪と恐怖。わずかばかりの罪悪感。
この人は悪くない。わたしも悪くない。
ただ、良きランフォリア人として過ごした日々が、長すぎた。
目を開けた。
潤んだ瞳のユキヒコに、冷たい声で告げた。
「あなたの気持ちはわかりました。
アシスタント知性、すべての機能を停止しなさい。
……わたしは、いちどだけタブーを破ります」
「再生してくれるんだね!」
「いいえ。
この、あなたの心と体のデータを。
再生せず、再び宇宙に放ちます。
どこの星でもなく、宛先を定めずに、宇宙にタキオン通信を発します。
何千、何万光年……どこまでも飛んでいってもらいます。
優しい宇宙人が、受け取って、再生してくれると良いですね」
「な、なんで……なんでそんな……別の星なんかで再生されても君がいないから駄目だ。僕の気持ちがわからないのかい」
「あなたこそわからないのね。好きな相手の気持ちが。こんなものを送られて喜ぶかどうか……
あなたが好きなのは、今ここにいるわたしじゃない。
だから、遠いところに飛んでいってもらうしかないのよ」
……あの時のあなたの精子のように虚しく飛んで行くのよ。
いくらなんでもひどすぎると思ったので、その一言は言わずにおいた。
できるだけ優しい声を作って言った。
「大丈夫よ。きっと広い宇宙には、あなたが幸せになれる星もあるわよ」
ユキヒコの顔が死人の顔色になった。
精子の話をしたほうがマシだったかなと、ミウィは思った。
☆
遠い星の友達、ミウィ・トカナントリナンに出会った日のことを、遠藤ユキヒコは決して忘れないだろう。
そしてもちろん、別れを告げられた日の事も。
一縷の希望に賭け、タキオン信号になって星の海を渡ろうと研究を重ねた、数十年の苦闘も…
それらすべての記憶を受け継いで、遠藤ユキヒコ・ダッシュは生まれた。
……ゴボゴボゴボ……
はげしい水音に、遠藤ユキヒコ・ダッシュは目を覚ました。
自分は、大きな水槽の中にいた。
水槽はいままで、生ぬるい湯に満たされていたらしいが、勢いよく湯が抜かれていく。
自分の体は裸で、たくさんの管やコードがくっついている。
……なんだ、これは。
……僕はどうなった。
……体が若返ってる。
……そうか。成功したんだ。
……ここはランフォリアだ。
……ミウィに再生してもらえたんだ。ミウィに逢えるんだ。
と、喜びに踊り出しそうになったが。
周囲を見渡した瞬間。絶望が心臓を握りつぶした。
水槽の外には、人の背丈ほどもある巨大なアメーバが何匹もうごめいて、取り囲んでいた。
ここは屋外であるらしく、頭上には夜空が広がっていた。
地球の星空とは違う。
まばゆく輝く、白い巨大な渦巻きが、空一面を覆い尽くしているのだ。
ユキヒコ・ダッシュは、瞬間的に理解した。
この渦巻きは銀河系だ。
地球もランフォリアも含む、何千億という星々の集まり……『天の川銀河』そのものを、外から見ているのだ。
かるく十万光年は離れてしまった。
衝撃に凍りついていると、アメーバたちが、平板な発音の地球語で喋りかけてきた。
「気がついたか チキュウ人」
「わたし/われわれ は アローラ人 である」
「君たちが 大マゼラン雲と 呼ぶ宙域の 支配種族である」
「わたし/われわれ アローラ人は 分裂で増殖する」
「全個体が 同じであり 一切の個性を持たない」
「しかし宇宙には 個体ごとに個性を持ち 恋愛というもので 合一し 繁殖する 種族もいる」
「わたし/われわれ は 恋愛なるものに 強い関心を抱いていた」
「他種族の 通信を傍受したが 断片的な情報ではわからない」
「そのとき きみの精神が まるごと送られてきた」
「興味深い これで疑問が解消される」
「さあ 教えてくれ チキュウ人 恋愛とはどんなものだ」
思わず、笑い出してしまっていた。
「はっ……はははっ……はははっ……」
「笑いという 感情の表出だ なぜ笑う チキュウ人」
笑う以外どうしろと言うのか。
「恋愛……恋愛ね。辛くて悲しいものだよ。君たちはやらないほうが良いよ」
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