第14話 俺の非日常

 十八時ごろ。

 いつも通りにピアノの練習を中断し、晩御飯を食べようと考えた。

 俺は現在一人暮らしだ。母は俺が中学生のときに他界し、父は仕事で海外出張が多く、半年に一回ほどしか家に帰ってこない。前回帰ってきたのは、高校一年の三月ごろだったから、もうすぐ帰って来てもいい頃だ。

 そんなわけで俺は一人暮らしをしている。当然のことながら、晩御飯は自分で調達しなければならない。当然のことながら、俺には料理ができない。となれば、当然のことながら、晩御飯は買って食べている。外食は高くつくので、基本毎日コンビニ弁当を食べている。

 ということで、いつも通り俺は近くのコンビニに弁当を買いに行こうと、家から出発した。

「あ、和音じゃん。今から晩御飯?」

 家から出て、コンビニの方に歩き始めると、後ろから声を掛けられた。

 振り向けば、バスケットボールを人差し指で回転させている香織がいた。

「……なんで、バスケットボール持ってるの?」

 ボールって毎日持って帰るものなのか?

「ん? ああ、これ? ハンドリングの練習。ボールが手になじむように、できるだけボールに触るようにしてるの。ボールのコントロールは、バスケには必要不可欠だから」

 俺はバスケにはあまり詳しくないが、ピアノで言うと、反復練習みたいな基礎の練習ということだろうか。

「んー、多分ちょっと違うけど、まあ、同じってことでいいんじゃない」

 かなり適当な返答だった。

「部活お疲れ。じゃあまた」

 そう言って別れるのが、普段通り。この時間帯はちょうど部活が終わり、生徒たちが帰宅する時間で、俺もだいたいこの時間帯に晩御飯を買いに出かけるから、ときどき今日みたいに香織に出会うこともある。そういう場合は、普段は、ここで別れる。俺はコンビニに、香織は自分の家に帰る。

 だが、今日は違った。

「家来る? 晩御飯一緒に食べない?」

 ……香織の家で晩御飯。最後にそうしたのはいつだっただろうか。

 今でもときどき香織のお母さんが心配して、俺の家に晩御飯のおすそ分けを香織が持ってきてくれることはある。しかし、香織の家で晩御飯を食べるということは――たぶん、小学生のときが最後だと思う。中学になったら、香織は部活で忙しくしていたし、俺はピアノの練習がハードになっていった。俺たちが関わる時間が減っていたから。

「――コンビニ弁当は体に良くないよ。栄養バランス偏るし」

 立ち止まっている俺に香織は近づいてきて、俺の瞳を覗き込んでくる。

「じゃ、夕飯出来たら電話するから。待ってて」

 会ったときと同じようにボールを回転させながら、香織は彼女の家に帰っていった。

 俺は、その場に立ち尽くし――コンビニとは反対の方向に歩き始めた。

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