第7話 俺の演奏

「和音のピアノには自分がないのよ」

 毎週日曜日、俺は母の幼馴染の望月さくらさんの家でピアノを教わっている。

「……自分をどう見つけたらいいのかがわからなくて」

 前々から言われていることだが、“自分がない”の意味がいまだによく分からない。

「つまり、和音がこの曲をどう弾きたいのかが全く伝わってこないってこと」

 今取り組んでいる曲は、三ヶ月後、八月の全日本ピアノコンクールの予選課題曲。

 ショパン バラード第一番 作品二十三。

「曲は、あくまでも曲でしょ。どう弾きたいかって言われても、楽譜に従って弾くしかないんじゃ――」

「甘―い!」

 防音室にさくらさんの声が反響する。

「それだったら、和音がこの曲を弾く意味なんてないじゃない。曲通りに弾きたいなら、ロボットにやらせればいいじゃない。聴衆が望んでいるのは、そんな機械のような演奏じゃないの。演奏者の個性的で魅力的な演奏を聴きたいのよ」

 この話は耳にタコができるくらいに聞いてきた。それでも未だに自分の演奏を見つけるができないでいる。自分が曲を通じてどうしたいのか、何のために演奏するのかが分からないのだ。

 自分の演奏って、どうしたら見つかるものなんだろう。

 毎度のように俺は頭を悩ませながら、さくらさんの「気をつけて帰りなさいよ」という声を背に、さくら家の玄関から夜の町へと足を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る