第6話 俺の表彰と彼の表情
「沢井国際ピアノコンクール第三位 鳴守和音」
朝礼で集合した生徒たちの塊から抜け出し、演台へと足を運ぶ。
これまでコンクールで入賞する度に、この動作を繰り返してきたが、何度経験してもいつもどこか心が締め付けられるような思いが胸の奥にはびこっている気がする。
あいつ、いつも表彰されてるよな。
小学生のころからだよ。私、同じ学校だったし。
すげーよな、俺たちとは違う世界の人って感じだよな。
みんなからの視線が気になる。害のある言葉として発しているつもりは当の本人にはないのだろうが、それでもいつもどこか冷めた目で彼らが俺のことを見ている気がしてならない。
「この度は、第三十七回沢井国際ピアノコンクールにおいて――」
今この瞬間、生徒全員の視線が俺の背中に注がれていると思うと、冷や汗が体中から湧き出てくる。俺の一挙手一投足がみんなの目に刻み込まれている。この思いは、表彰台に上がるたびにいつも抱く感情で、俺の心と体をがんじがらめにする。
「――おめでとう」
表彰状と銅メダルを受け取り、そそくさと舞台を降りる。
「お疲れ。やっぱ緊張するよな、舞台に上がるのって」
元いた列に戻ると、左から声を掛けられる。
「隼人でも緊張するのか」
左隣にいるのは、五十嵐隼人。中学一年生のときに、北海道の高校から転校してきた。テニスはかなりの腕前で、全国大会には毎年出場している。表彰歴は数知れず。
「そりゃあ、するさ。今回の表彰で俺のファンクラブは何人増えてくれるだろうか。かわいい女の子は入ってくれるだろうかってな」
……それは別の緊張だな。俺の感じている緊張とは別種のものだ。
「隼人らしいね」
思わずくすっと笑ってしまう。
「……それで、ピアノはどうするんだ」
伝えにくそうに俺から視線を逸らしながら、隼人は少し重い空気感を漂わせる。
隼人には、俺のピアノがほとんど上達していないことを中学の頃に打ち明けていた。それ以来、機会があっては俺のことを気にかけてくれている。
「大丈夫、大丈夫」
隼人は納得した表情を浮かべてはいなかったが、そのまま話題を変えてくれる。
「それにしても、俺たちももう高校二年生か。青春真っ只中だよなー」
そう言う隼人の目は輝いていて、どこか遠くの星を眺めているみたいだ。そういえば、彼女の瞳はどうだっただろうか――。
「和音、青春してるか?」
どこかのドラマで聞いたようなセリフを恥ずかしげもなく俺にぶつけてくる。そういう率直さが、素直さが、隼人のいいところだと思う。
「……さあ、どうだろう」
正直に言えば、青春がどういったものなのか、俺には分からない。漫画や小説などでは、心躍るような感情が常に湧き上がって来る状態を指すのだろうが、俺にはそういった感情の高ぶりはほとんどない。たまにあるくらいだ。例えば、夜空を覗き込んだ瞬間とか。
くすりと笑いがこぼれる。
こういうことを考えていること自体が、もう青春をしていない証拠なのだろう。今を楽しんで生きていない証なのだろう。
俺が急に笑ったのを見て、怪訝な表情を浮かべる隼人。
大丈夫、隼人は十分青春しているよ。その曇りのないまっすぐとした瞳がはっきりと物語っている。「俺は青春している」ってね。
スマホの画面を覗き込む。
そこに映る俺の瞳は、この上なく曇っていた。
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