第61話

 エステルとベルア、二人の直接の鬩ぎ合いが始まってから十分程過ぎる。

 ベルアは荒々しくも速い拳の振りと魔力を付加させて強化した衝撃波で攻め立て、大振りな挙動でエステルの攻撃を回避しつつ動いている。

 対してエステルは、ベルアの動きを細かくサーチし、最小限の動きで一撃を貰わないように、そして時には人間には不可能な挙動や関節の動きも駆使しながら攻撃を避ける。

 反撃のチャンスと判断すると、即座にプログラムの切り替えを行い、その時点の体勢から最も効率的かつ最大の威力で行える攻撃を計算し、即時動作へと反映させてカウンターを行った。

 展開の早い肉弾戦の応酬だが、その攻撃は殆ど当たる事はなく、良くて掠るのみとなっていた。

 そんな様子を明里、クラリス、クランの三人は、下手に手助けをすることも出来ずただ見守るしかなかった。

 戦いが長引くにつれて、怒りで一杯だったベルアが落ち着きを取り戻し、周囲の視界にも意識を向けられるようになり始める。

 明里やクロムの居場所、ならびに遠距離攻撃の情報も得ているベルアは、外からの邪魔を受けないように、あわよくば味方からの援護で傷付くように仕向けようと、大きく動きながらの戦法を取っていた。

 明里はその術中に嵌まり、援護しようと狙いを定めても大きく離れ、時にはその中にエステルが入り込むという到底攻撃不可能な状況となった。

 そんな現状にどこか違和感を覚え始めたクランは大局的に眺め、実は今不味い状態に陥っているのではと疑い始める。


「……このまま長引かせられれば一応勝算はあるが、さて……」


 クランは再び、クロムへと連絡をとる。


「なんですか、クラン、さん?」


「ああ、もう一発可能な限りで大きいの撃てるか?」


「撃てなくは、ない、ですけど、どうして、ですか?」


「どうも奇妙な感覚がある。いくら私が作ったエステルが優秀とはいえ、あんな休む間も無く攻め続けているのに、互いに一撃も命中する気配が無い」


「……確かに、変、ですね」


「いくらこちらの狙いもあるとはいえ、そろそろ一撃は当たってもいい頃だが……ちょっとリリアに代わってもらっていいか?」


「あっ、はい」


 クロムは言われた通り、二人の戦いをじっと見守るリリアへと代わる。

 肩を叩かれたリリアは、ワンテンポ遅れてから反応を返し、手渡された携帯を受け取った。


「リリア、今はどうしてる?」


「はい、ご主人様に言われた通り、二人の戦いをじっと見守っています」


「偉いぞ。リリアに頼みたいことがある」


「なんでしょうか?」


 クロムとリリア間で連絡を取り合っているその最中、ベルアの動きに異変が起き始める。

 ターン制とも言えるような攻防の入れ替わりが起きていた競り合いが、今はベルアが避け続ける防戦一方の様相を呈していた。

 一見するとエステルが押しているようだったが、ベルアはそれまでよりも余裕を持って攻撃を避けており、まるで何かの制限から外れたような軽さを見せていた。

 そして、その一連の動きの中で、ベルアの右腕が殆ど動いていなかった。その違和感に、明里とクラリスは気づき始める。


「明里、何か変だ」


「うん、嫌な予感がする……」


 虫の知らせのような予感に、明里はレールガンを構え、クラリスは剣を構えて、それぞれ大事に備える。


「そろそろ頃合いだな」


 回避行動を続けるベルアがボソっと呟く。それに臆さず、エステルはひたすらにストレートやハイキック、回し蹴りと、ラッシュを仕掛けていった。

そして、腹部めがけた右ストレートを放ったところで、ベルアがバックステップで大きく距離を離した。

 ベルアが踏み込んだアスファルトには、足跡がくっきりと残っている。


「喰らいやがれァ!!」


 下がり終えたと思った次の瞬間、勢いに身体を任せるように一回転し、大きく振りかぶるような体勢を取る。

 間も無く、左足から思いっきり踏み込み、豪快に右腕と共に襲いかかった。


「ここだっ!」


 ベルアがエステルから離れ、単体を狙える状態となった瞬間、好機とばかりに、明里は構えたレールガンから弾丸を放とうとした。

 その時の明里は、今までの中で一番と言える程に正確に動く物体を捉えることが出来、まさに討つためにベストな瞬間と言っても差し支えなかった。


「私の合図で……ん?」


 リリアへの指示の伝達に集中していたクランは、チラっと現在の目の前の状況へと視線を向ける。

 大きなモーションで突進するベルア、既に何時でも回避を行える体勢を取ったエステル、狙い澄まして一撃を加えようとして、身を乗り出す明里と、不測の事態に備えて横に待機するクラリス。無意識のうちに、クランの脳内で状況の分析が行われる。

 なぜ散々避けられた上で、さらに大きな隙を晒すテレフォンパンチを行うのか。背後の明里達に気づいているはずなのに突如無視したようなモーションに入ったのか。高速で思考を繰り返し、そして一つの答えか浮かんだその時、思考よりも先に身体が勝手に動き出し、クランの声が響き渡った。


「出るな明里君!! 隠れるんだ!!」


「っっ!?」


 切羽詰まったクランの声を聞き、明里は引きかけた引き金を咄嗟に止め、飛び込むように再び隠れた。

 同様にクラリスも、警戒をさらに強めて、いつでも明里への攻撃から守れるように目を鋭くした。


「回避可能、後方ヘト下ガリマス」


 プログラムの反応通り、エステルは予測された攻撃の着弾地点から即座に離れる。


(やっぱり避けるよなぁ……避けるよなァ!)


 ベルアは一瞬、おぞましさに満ちた歪んだ歓喜の表情を見せた。

 その刹那、勢いが乗ったベルアの拳は、エステルにではなく地面に向けて降りおろされる。

 拳が叩きつけられた瞬間、その場所を中心に地面が大きく凹み、衝撃波が広範囲へと伝わる。

 それと連動するように、周囲のアスファルトが隆起し、轟音を鳴らしながらその範囲は拡がっていく。

 それは明里達やクランの足元も揺り動かし、最も近い場所にいたエステルは、極度に不安定になった地面にバランスを崩しながらも、バランサーを調整しながら対応した。

 地が揺れ、表面的な地割れに近い現象を起こすだけに止まらず、突如アスファルトが爆散し、発生した黒い粉塵が砂煙のように巻き上がり、まるで砂嵐のような視界不良を起こした。


「何も見えない……!」


 ベルアの攻撃からの被害を殆ど被らなかった明里とクラリスは、粉塵で何も見えないような状態の中、なんとか何が起きているのか確認しようと、額に手を当ててカバーのようにしながら周囲を見渡す。


「し、しまった……ここに来てトラブルに見舞われるとは……」


 クランは、ベルアの攻撃を躱しながら翻弄するために背中の機械に備え付けていたローラー移動機能を使い、一度地下との接続を絶った後に、なんとか感じとった予感から免れようとしていた。

 しかしそう考えた時には既に遅く、地面に固定されているも同然だった機械が地割れに巻き込まれ、バランスを大きく崩して倒れ込んでしまった。それを背中に装着していたクランも同様に、釣られる形で倒れ込んだ。

 その拍子に、握っていた携帯を落としてしまい、さらにそれは落ちた勢いでバッテリーが外れ、通話が途切れてしまった。

 おまけに予備の操作機器としていたタブレット端末も、白衣の中からこぼれ落ち、揺れ動いた背中の機械に潰されて破壊される。


「打ち所がかなり悪かったか……運がないな」


 視界が酷く、無防備である危険な状態では非常に不味いと、クランはなんとかして背中の機械から離れようとするが、肝心の着脱機能が倒れた拍子に不具合を起こしてしまい、外すことが出来なくなってしまった。

 現在のクランは、まるで抵抗もできない陸に打ち上げられた魚のように無力な状態となってしまった。


「現在視界不良ニヨリ、周囲ノ観測ガ不可能デス。現状ヲ利用シタ不意討チ備エ、防御ト同時二記録サレタマップデータヲ基準二行動シマス」


 砂嵐の中心に最も近い場所にいたエステルは、砂から目を守るような素振りも見せず、目測での四方の確認が不可能と判断すると、砂嵐が起きる前のデータを基準にしながら動こうとした。

 大きく動きだそうと足を曲げたその時、突如エステルがバランスを崩して倒れかける。


「…………?? 右脚部ガ大破シマシタ。原因不明。大破直前、非常二強イ衝撃ヲ確認」


 不意の破損に何が起きたのか理解できずに処理が遅れたエステルは、取得した信号とデータから、自らに起きた何かの分析を試みる。

 破損したエステルの右脚は、膝が大きく反対側に折り曲げられ、逆関節のような状態となっていた。

 元々そのような構造をしていないため、膝裏の人工皮膚が裂け、中から破損した配線や骨格が剥き出しになっている。


「……分析完了。衝撃ハベルアニヨル物ト予測。想定サレタパワーヲ遥カニ超エテイマス。速ヤカニ視界ノ確保ト無力化ヲ……!??」


 人間で言うならば、事前に調べたデータ以上の力を持っていることに焦りを感じたような状態になったエステルは、まずあまりにも不利な状況から抜け出そうと行動しようとした。

 その判断を自らに下した直後、エステルは目の前の砂嵐に、何か黒く蠢く影を視認する。

 その直後、エステルの身体は宙を舞った。横腹を抉られ、そこから液体と共に破損した部品がばら蒔かれた。


「腹部損sssししし傷、エラー……危kンデ……」

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