第59話
クランがエステルと共に地上へ着地するその十数秒前、煙玉によってほんの僅かに行動させる隙を与えてしまったベルアは、煙以外の仕掛けの可能性を加味して目の前の煙を一度振り払い、そのまま続けて怒りに任せて全ての煙を一度に薙払った。
煙が晴れて表れたベルアの表情は、地獄の般若とも呼べる憤怒の表情に満ちていた。
一度ならず二度までも同じような手で逃げられたことに、舐められたとしか思えなかったベルアは、その感情のやり場を右手に集中させた。
「ふざけてんじゃねえぞゴラァァァァァァァァ!!!!」
禍々しく輝く右手が足元へ叩きつけられる。人間の手ではヒビも入らないであろう屋上の床がクレーターのように大きく凹み、更に拳から膨大な魔力の光線が放たれる。それは各階の天井を貫き消滅させながら、地下までぶち抜いた。
大きな縦穴を作ったベルアは、その上で翼を広げて滞空する。
「クソッ、気分悪い……後悔させるまで痛めつけてやる」
八つ当たりによってある程度の平静を取り戻したベルアは、生命探知によってクランを見つけだし、抵抗の意思を無くすまで嬲ることに決める。
普段ならば殺して終わりでも構わないという心情でもあったが、クランという人物が想像以上に面白い人間だったこともあり、利用価値があると判断したのだった。
屋上から離れたベルアは、地上を見下ろしてクランの居場所を探し始める。そして十秒と経たずに、廃墟の正面に何者かの生命反応を発見した。
「そんなすぐ移動できるわけねえからな……ならこいつで決まりだな」
ベルアは潰し損ねた蚊を見つけたかのような笑みを浮かべた地上へと飛んだ。
視界に入る反応の真上を飛び越え、向かい側に立つガラスが全損した廃ビルを背に、見下ろすようにその反応の主を捉える。
その予測通り、その人物はクランだった。しかし、先程までとは全く違う趣でベルアを待ち受けていた。
「……んだよその変な機械はよ」
クランの背中には、真正面からの面積だけでも自身の四倍程の大きさはある、ゴテゴテとした巨大な機械が取り付けられており、それが備わったことで絶対の自信が生まれたかのように、仁王立ちでベルアを出迎えた。
「敵に策を自ら吐くバカがいるか」
「はっ、何を企んでも俺には関係ねえがな」
「本当にそう思うのか?」
「……あぁ?」
クランは飛び続けているベルアを指差し、舐めたような態度で片方の口角を上げ、声の調子に分かりやすく嘲笑を込めて口撃を開始する。
「お前はさっき一対一でたいした攻撃手段がない私をみすみす逃がしてしまったが、それで本当になんとかなるのか?」
「……何がいいてえ」
「わかってるだろう? お前に私は倒せない。かぁーっ! こんなしょぼい悪魔に散々振り回されてたとは泣けてくるなぁ……!」
身振り手振りを交えて、挑発に次ぐ挑発をマシンガンのように浴びせる。
露骨が過ぎる挑発だったが、その効果が抜群だったのか、それとも馬鹿でもわかる挑発だと冷静に判断する余裕も無かったのか、遠くからでもはっきりとわかる程に、ベルアは段々と怒り震え始めていた。
「言いてえことはそれだけか」
「あーそれと、お前と会話し続けてはっきりと確信したことがある。お前、向こうではたいしたことなかったタイプだろう?」
この一言をキッカケに、ベルアの右手が握り拳になり、威嚇する猛獣のような表情となる。
「クロムくんに、お前は災厄をもたらすことで名が知れてると聞いた。が、その有り余る力で迷惑をかけることなら誰でもいくらでも可能だからな。そして無駄なところで頭も働く。そうなれば、そもそも魔法が存在しなかった世界ならば天下を取れるだろうな」
「…………回りくどいんだよ。何が言いてえんだゴラァ!!」
「じゃあ言ってやろう! お前はたいした戦いもせず、一方的に格下に膨大な力を振り回して虐めることしか能がなかったただの宝の持ち腐れの超小者ってことだ」
「うるっせぇボケがァァァァァァ!!!!」
とうとうベルアの逆鱗に触れた、敢えて殴りつけたクラン。待ってましたと言わんばかりに前のめりになり、この後来るであろう攻撃に備える。
怒髪天を衝いたような形相で叫び怒り狂ったベルアは、大きく振りかぶり、右腕から超巨大とも言える魔法の光線を放った。
その光線は、周囲の空間を貫きながら真っ直ぐクランめがけて迸り、その先の敵を抹殺すべく高速で突き進んだ。
そしてそれは、クランに命中したかのように見えた。しかし光線は、クランから腕一本分の距離で遮られ、背中の機械が吸収し受け止める。
「ふう、ぶっつけ本番の稼働だったが、こんなパワーの魔法でもなんとかなったな」
内心ひやひやしていたクランは、冷や汗をかきながらも余裕そうな表情を見せる。
先程よりも魔力の出力を上げて放ったにも関わらず、それを無効化されたことに、ベルアは怒りながらも感心した。
「どうした、お前の力はその程度か?」
「面白えじゃねえか。だがいつまで耐えられるか試してやらぁ!!」
挑発に挑発を重ね、ベルアにさらなる攻撃を誘っていくクラン。
一気に魔力を放出したこともあり、一時的に平静を取り戻したベルアは、誘われていることを理解しながらも、その挑発に乗って光線をひたすら放ち続けた。
そこらの人間やモンスターならば為す術無く塵と化す。戦術兵器が放つような光線を、クランは全て吸収し無効化し続ける。
まるで裁縫針で岩を削るような意味の無い意地を張った行動にも見えるが、ベルア側にも考えがあった。
生物に限らず、魔力を貯める際には必ず容量という物が存在する。吸収されているということは、その魔力はどこかに蓄えられており、それは背中の機械が吸収と同時に貯蔵の役目を担っていると考えた。
ならば吸収をさせ続けていれば、空気を入れすぎた風船のようにいつかオーバーフローを起こし機能しなくなると考え、その時までひたすら撃ち続け、限界を迎えた時に自らの技術が敗北したという絶望感と無力感を与えてやろうと企んでいた。
ひたすらベルアの魔法を無効化吸収し続けて七分ほど経ったところで、ベルアが違和感を覚え始めた。それと同時に、一旦攻撃を止める。
「……妙だな。幾らなんでも耐えすぎだ」
ベルアが予想した魔力の許容量は既に超えており、いつオーバーフローを起こしても不思議ではなかった。
しかし一向にそのような様子は見られない上に、ただ耐えているだけで反撃も何もないことが不自然に思えた。
「どうした? 私はまだ倒れていないが」
「――お前、吸収した魔力をどこにやってやがる」
珍しく安い挑発に乗る素振りは見せず、ベルアはクランへ疑問をぶつけた。
「流石にここまで耐えているとそう思うか。まあ隠すことでもないからな、教えてやろう」
クランはそう言うと、人差し指を地面に向けてつんつんと強調するように指した。
「そういうことか。地下に溜めやがったな?」
「そうだ。ここはこの国の人間達がよってたかって集まる首都東京だ。こんな狭い土地に空間を作ろうと思うならば、地上だけじゃ足りないからな。そりゃとっても広い空間さ」
それを聞いたベルアは、魔力による遠距離からの攻撃は無駄だと判断し、手を下ろし腰に当てた。
しかし、耐え続けられたのかは理解したが、反撃を行わない理由が未だに見えなかった。
その思考を続ける内に、その理由が仲間の行動にあるのではないかと睨んだベルア。生命探知によってクラン以外に潜伏している者はいないかと周囲を見渡す。
そしてあっさりと、明里とクラリスが身を潜めていることは把握したが、それ以外の三人、クロム、エステル、リリアの姿を確認することが出来ていなかった。
クロム以外の二人は生命探知に引っ掛からないために、目視での確認に頼らざるを得なかったが、それでも発見までには至らなかった。
「あいつらが隠れてやがるなら……小賢しい作戦でも考えてやがるのか?」
まともに反撃すら行う気配が無い人間一人をほったらかしにするなど考えられる筈もなく、ベルアは空中で一時的に硬直した。しかし、それはすぐに解ける。
「まあいい。小細工等俺には関係ねえ。ようは、直接ぶん殴ればいいんだからなぁ!」
自らの力に絶対の自信を持っているベルアは、両腕に黒く眩い光を纏わせ、大きく仰け反った体勢を取る。
「正解。効かなければ別の手を……正しい判断だ」
クランは、一連の行動を予測していたかのようにニヤリとほくそ笑んだ。
その笑みが溢れた次の瞬間、ベルアが突然僅かに怯んだ。
「痛っってぇ……!」
大きく怪我した様子は無く、ちょっと大きな石をぶつけられたようなリアクションではあったが、はっきりとダメージを負った様子を見せたことに、クランはパズルが解けたような感覚を得た。
「あのガキ……っ!」
怯んだベルア本人には、その衝撃の主が誰であるか理解していた。
それはついさっき生命探知によって見つけだした明里だった。
ベルアが力を溜めて肉弾戦を持ち込もうとしたその瞬間、明里はレールガンから弾丸を正確に撃ち込み、怯ませることに成功した。
「やった……」
「やったな、明里」
不愉快な表情を見せるベルアを横目に、明里はクラリスとキッチリと命中した事を喜んでいた。
「何呑気に喜んでんだゴラァ!」
勝敗以前に当てただけで喜ぶ様に、ベルアは侮辱を感じて怒りを露にする。
「気が変わった、まずはお前らから……!」
隠れた二人へと身体を向け、いざ攻撃を始めようとしたその時、ベルアは強大な圧力を瞬間的に後方から感じとる。
一体何なのかはわからない、しかし確実に不味い。本能的に理解したベルアは、翼を羽ばたかせて急降下しようとした。
その判断は正しかった。地上へと動いた刹那、背後を巨大な魔力の塊が一閃する。
塊は大きく拡げていたベルアの翼を焼き付くし、弾道の先にある巨大な看板に命中しそれを融解、消滅した。
翼を失ったベルアは、そのまま頭から地面に落下し、激突する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます