第56話

 テーブルを囲って朝食を摂る四人とそれを見守る二人は、その中で知っている限りのベルアに関する情報を喋り共有した。

 それぞれが一つずつ特徴や性質、対峙する中で察知した事等を出し合い、ベルアという宿敵の人物像を固めていく。

 そうしてまとめられたベルアのデータは、生物の大まかな居場所を探知する力と生物の記憶を読む力を持ち、その力を使って対峙した敵の情報を得て、完膚無きまでにその心を踏み躙る残忍な性格をしており、その上で一見するとビーム兵器とも思えるような魔法も使うことが出来、さらには空を飛ぶ事も可能という勝ち目を見出だすことすら難しい物だった。


「自分でお願いしておいて何ですが……大丈夫なんでしょうか?」


「いや、まだ勝機がないわけではない。問題はそもそもこちらの攻撃が効くかどうかだが……何かないか? その辺りはエステルからの情報だけでは足りなくてな」


 エステルの修理を行った際、クランは頭部が破壊されて機能不全に陥るまでに残された映像データを再生して、ある程度の情報を得ていた。

 しかし、その映像はエステルがベルアの足を掴む前に途切れていたため、肝心のオフェンス側の情報が欠乏していた。


「そういえば……私が仕掛けた突進は有効だった」


「あたしの、泥投げも、砂煙も、割と、効いてた、気がする」


 明里を助け出す場に於いて、ベルアに攻撃を通す事が出来たクラリスとクロムの二人が、また一つ対抗へ近付く情報を喋る。


「ふむ、しかし二人よりも早いエステルの攻撃が防がれたのは……いや、あれは確か明里くんを盾にしたんだったな?」


「はい。エステルさんの攻撃が届きそうになったところで盾にされて、そこでエステルさんが止まったんです」


 防御手段として盾にされた張本人が、その時の状況を説明する。

 クランは、情報が積もっていく中で一つの疑問が浮かび上がった。


「待てよ……攻撃を止める手段を取るということは、そもそも攻撃を喰らいたくないということにも繋がるな。ならばこちらの攻撃は通用すると仮定しても良さそうだな」


 二人の証言とエステルの映像から得られた情報を元に、ベルアの耐性についての推論を固めていく。

 防御手段を敢えて見せていない可能性も考えられるが、現時点ではベルアはたいした防御策を持っておらず、届きさえすればダメージを与えることが可能だという結論が、皆の共通の認識として固まりつつあった。

 それに続き、クロムが何かを思い出したのか、手を挙げてから口を開く。


「そういえば、砂煙の、中で、クラリス、さんの、首を、絞めてた時、クラリス、さんに、言い負かされて、頭に、血が、昇ってた」


「……なるほど」


 クロムが何気なく思い出した事柄が、クランの脳内に大きな有利要素として刻まれた。

 自我を得たとはいえ、クラリスはまだ対人の口喧嘩に関してはまともに経験を得ているとは考えられず、故にそこまで強いとは思えなかった。そんな未熟な者に言い負かされ、尚且つそれでキレるような精神をした者だという情報に、ベルアはプライドが高い上に少し煽れば血が上り簡単に意識を反らすことが出来る相手なのではと、クランは睨んだ。

 徐々に攻略への道筋を整えつつ、皿の上のカレーを皆が粗方食べ終えたところで、突然クランの白衣の中からアラームのような電子音が鳴り響いた。


「おっと、もうこんな時間か」


 クランは白衣の中から大きめのタブレット端末を取りだし、その画面を注視し始めた。


「何かあったんですか?」


「ああ、ベルアがこちらへと向かい始めた」


「えっ!?」


 予想外の回答に、エステル以外の全員が驚く。

 当然明里やクロムは、なぜベルアの居場所が解っているのか疑問に思った。


「どうしてわかるんですか?」


「ああ、黙っていたから当然だが、あの時エステルを同行させたのは、元々そのベルアに発信器を付ける為だったんだ。あの場所にいればという前提ではあったが、予想は当たりこうして探知できている。奴の行動範囲が判れば迎え撃つ事も容易くなると考えたが……こうなると一刻を争うな」


 端末を仕舞い、立ち上がったクランはクロムとリリアの二人に目線だけでまず呼び掛ける。


「さて、付け焼き刃程度の物にのるかもしれないが……クロムくん、それとリリア、今から調整室に来てくれ」


「かしこまりましたご主人様」


「いいですけど、何か、あるん、ですか?」


「ああ、この前クロムくんに魔力を流し込もうとしていたが、その前に色々とあっただろう? その続きだ」


 クロムはその当時の事を改めて思い出していた。魔力を流し込んで力の流れを知るという名目であったことは覚えているものの、それがどのような効果をもたらすか、何を目的としていたかまではまだ知らなかった。


「時間がない、早めに終わらせるぞ」


 クランは二人を急かすように背中を叩いて立ち上がらせる。その後も不規則に何度も軽くぱんぱんと叩き、そのまま三人は調整室の中へと入っていった。

 話が途切れて静まり返ったテーブルで、残された三人がクラン達の戻りをじっと待つ。明里とクラリスがその静寂の中で、来る決戦の前にみんなとの思い出を回想する。

 一度や二度対峙した時に、二人がベルアは本当に強く、災害とも言えるような力を持っていることはよくわかっていた。話の中で付け入る隙は十二分にあり、もしかしたら勝てるかもという希望もありながらも、みんなと居られるのはこれが最後かとしれないという悲観も残っていた。

 その僅かな悲観から、二人は少しでも今までの自分に恥じないように、そしてもっとみんなとの思い出を死ぬ前に強く刻めるように過去の出来事を走馬灯のように巡らせていた。

 その中で、二人は神話上の生物としか考えられなかったドラゴンを倒した時のことを思い出す。間違いなく今よりも弱かったであろう自分達が、個の力と可能な限りの対処法で必死に戦い、その末に勝つことが出来た時の事を。

 実際の所、ベルアとドラゴンはどちらの方が強いのかは解らない。しかし、かつて敵うとはとても思えない強大な敵を倒したという記憶は、今の二人に改めて小さく強い自信を沸き上がらせた。

 今の自分はその時よりもおそらく強い、みんなはその時よりももっと強い、経験や改良を経て成長した事実は二人の心に光を照らし、それは表情にもはっきりと現れた。

 どこか不安を隠せなかった顔からはそれは消え、未来を進める強さを持つキリっとした輝きが生まれた。

 お互いに顔が合った明里とクラリスは、照れ臭そうにちょっと息を漏らして軽く笑い、何かを察する。そのまま続けて思ったことを言おうと口を開いたその時、それは遮られた。


「えええええええ!!??」


 調整室の方から、未知との遭遇を果たしたかのようなクロムの驚きの声が響く。

 その声に二人は思わずビクっと反応してから声の方向を向き、エステルはリアクションも無しに首だけ同じ方に向けた。

 驚愕の声から間も無く、調整室の扉が開き、そこから目を見開いて口を手で覆い、お手本のような持続した驚きのリアクションを取るクロムが現れた。

 それに続いて、失敗したと言わんばかりに渋い顔をするクランと、そんな対照的な二人を笑顔で後ろから見守るリリアの姿が現れた。

 何があったのか見当もつかない明里は、一番最初に出てきたクロムに事情を訪ねる。


「えっと、何かあったの……?」


「す、すごい、ことが、起きた」


 二回首を興奮気味に縦に振り、とてもわかりやすく簡潔に返答するクロム。

 続いてクラリスが、悩ましそうにしているクランへ質問を行った。


「ご主人、一体何が……」


「ああ、実験はうまくいった。うまくはいったんだが……もう少し場所を考えるべきだったと後悔している」


「??」


 何が起こったのかまではわからないクラリスには事態がよく飲み込めなかったが、とにかく予想外の事象が発生したことだけは理解した。

 対照的なリアクションを取っている二人と違い、いつもとあまり変わらないようなリリアの事も少しだけ気になり、明里が話しかける。


「リリアさんは……何かあったんですか?」


「いえ、私は特に何も。しいて言うならば、突然目の前がよく見えるようになった……くらいでしょうか」


 所謂視力が良くなった事を指すのだろうかと明里は考えたが、深くは考えずに軽く納得の返事をした。


「……まあいい。色々考えるのは後にして、作戦を簡単に説明するから集まってくれ」


 頭を一度わしゃわしゃとさせて気持ちを切り換え、クランは改めて作戦概要を説明する準備に入った。

 そんな中、エステルは一人調整室の中に頭だけを入れて状況の観察をしていた。

 巨大な冷蔵庫が設置してある方へ視線を移動させたその時、エステルは冷蔵庫の変わり果てた姿を目にする。

 そこには、扉の大部分が溶け、保管されていた食材や飲料諸共融解した冷蔵庫の無惨な光景が広がっていた。

 その融解具合と周辺から見られる反応から、高熱によるものだとエステルは解析した。


「おーい、エステル! 早く集まれー!」


「カシコマリマシタ、マスター」


 クランの呼び声を聞いたエステルは、解析作業を途中で停止し、何も見なかったかのように歩いて移動した。


「よし、みんな集まったな。それじゃあ始めるぞ」

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