第40話
部屋の電気が消え、寝静まる時間帯になった頃、クロムは定位置のテーブルの下でうつ伏せになって眠り、リリアは首筋に充電ケーブルを接続して壁を背にスリープモードに入り、エステルは先程までと変わらず目を開けたまま直立姿勢の状態で待機していた。
エステルの目は開いているものの、その目からは光が消えており、リリアと同じくスリープモードに入っている。
全員が寝静まっているその中で、明里は一人だけ眠らずにずっと考え続けていた。
最初にクラリスと出会ってから、悪いとは思いつつも手を出したこと。クラリスを通しての出会いや、クラリスに守られながらも初めて戦闘に協力したこと。クラリスがやられてしまった中で、用意された物を使い一人で戦ったこと。新しくゴーレムの少女と出会い仲良くなったこと。共闘しながら強大な敵に立ち向かい、大勢の人々を倒したこと。圧倒的な怪物に絶望を感じながらも、必死に戦い逃げ延びたこと。後にその化物を全員で協力して勝利したこと。そのすぐ後でクラリスが自分を庇って犠牲になったこと。これまでの無数の思い出が明里の中で渦巻き夢想し、やがてそれは一つの確固たる目的となる。
「…………よし」
意を決した明里は、ずっと寝転がっていた状態から起き上がり、床に足をつけてソファーに尻を預けて座る。
姿勢を変えたその時、ソファーに触れかけた左手に固い感触を覚える。
明里はその固い物体を握り目の前まで持ってくる。固い物体の正体は、明里がソファーに沈む前に、クランが放り投げた後放置されていた携帯だった。何度か明里の身体に触れてはいたものの、考え事に集中していたためにその時は全く気にならなかった。
携帯の画面が待機状態に入っていたため、軽くボタンの操作をすると、携帯のバックライトが暗闇の中で強く輝き、少しだけ明里の目を痛めた。
待機状態から復帰した画面を見ると、そこには研究所周辺を空から見下ろしたようなマップに、度々何かを探知するような挙動が行われていた。
「これって……」
クランの言葉を思い出しながら画面を操作していくと、画面内には、クラリスの顔がデフォルメされたようなアイコンが現れていることに気づく。
「やっぱり、クラリスさんの発信機を探知してるんだ……」
クラリスの探知機を手に入れた明里は、そのまま迷うことなく置かれたリュックサックまで歩いていく。他の皆は寝静まっているため、ゆっくりと足音を立てないようにかつ早歩きで移動する。
リュックサックを右手に持ち、クランの携帯をポケットに入れた明里は、引き続きこっそり早く入口の前まで歩く。そして、音を出さないように扉を開き、扉の向こうに身体を移動させた後でリュックサックを背負い、そのままそっと扉を閉じた。
「よし、待っててくださいクラリスさん」
通路をほんの数歩歩いて、扉から離れたのを確認すると、すぐさま走り出して外へと向かって行った。
一度クラリスと共に自宅へと向かった時以来に、夜の世界へと足を踏み入れた明里。
外には久しく降っていなかった雨が降り注ぎ、まばらに点灯している街灯はあれども本来の明るさには遠く及ばず、瞼に当たる雨粒は、その鬱陶しさによって視界不良を引き起こしていた。
雨で見えづらい視界の中でも、ぽつぽつとモンスターの姿が垣間見える。
「こんな時に……待っててくださいクラリスさん、今行きますから」
モンスターや雨などを気にすることは無く、とにかくクラリスに会って話をしたいという事しか考えていない明里は、傘も合羽も無い状態でネイルガンを右手に、雨の中、所々に見えるモンスター達に見つからないようにしつつ、足早に探知機が示す場所へと向かった。
* * *
雨が降りしきる夜の曇り空の中、クラリスは建物の影で、地面に膝も腕で顔を隠すように鎧を脱いだ状態で座り込んでいた。
肌を多く露出した格好と、左手首のビニールのようになった肌の先にある金属の手が合わさり、異様な姿と違和感を醸し出していた。
「……皆と離れてからずっとここにいても、眠気が襲う気配も、腹が減る気配もない」
影から真っ暗な空を見上げ、時間が経つ度にさらに実感していく人間との違いに、クラリスはうちひしがれていた。
ふとクラリスは、影の外に出来た雨粒の波紋か幾度となく広がる水溜まりが気になり始める。
人工皮膚が破れていない右手で水溜まりに触れると、何も起こらずに終わった。
続けて内部を曝け出した左手で恐る恐る水溜まりに触れてみる。
「っっ!!??」
指の先に触れただけでは何も起きなかったが、手を広げて思いっきり浸して見ると、内部機構がショートを起こし、びくっと左手が大きく跳ね上がった。
突然の衝撃に、クラリスは左手から視線を反らすことが出来ずにいる。
「……皮を剥いだ人間の手でも、こうなるのだろうか。いや、人間ならば、皮を剥かれた時にはもう泣き叫んでいるか……はは、人の痛みを知らないのに、こんなこと言っても仕方ないか」
クラリスは何かが起きる度に人間と機械である自分を比べ、その都度自己嫌悪に陥る負の連鎖にはまってしまっていた。
跳ねて震える左手を駆動音を鳴らしながら眺め、憂鬱な気分で再び顔を下に向けた。
全身を濡らしながら、探知機を頼りに、明里は雨の中を時々隠れるように歩きながら走る。
いつもよりも遮られる視界と、雨粒を吸って重くなる服に身体を奪われながらも、手に持った携帯の画面が示すポイントへと少しずつ近づいていく。
道中で遭遇した敵には、目視されていない時や気づかれそうな時には見つからないように道を避けて移動し、いつの間にか互いに近づいていた時は、先制を取って至近距離から頭部めがけてネイルガンを撃ち、大きく怯んだ隙に走って逃げていった。
「はぁ……はぁ……やっぱり、夜は多いよ……」
走り続けるうちに、明里はクラリスのアイコンへと大きく近づいていることを確認する。
その場に立ち止まって周囲を見渡すと、そこはオフィスビルが立ち並び、かつては無数の人が歩き回っていたであろう場所だった。
建物には無差別に割られた窓ガラスや、崩れかけのビル、既に崩れた瓦礫の山など、モンスター達によって荒れ果てた様子が見てとれた。
「ここのどこかにクラリスさんが……」
身体を一回転させて、満遍なく周囲を確認する。その時、視界の向こうから何か大きな物体が飛んでくるのが見える。
明里は反射的に屈んで避けようとするが、至近距離まで迫ってきたところで、それが縦に回転する棍棒だと言うことに気づいた。
姿勢を低くしたにも関わらず、棍棒は明里の左肩を掠めて鋭い痛みを走らせた。
「いだっ……!」
明里は思わず仰け反り、後方へとバランスを崩して携帯を手放してしまう。
「しまった! 探知機が!!」
手放して勢いよく飛んでいった携帯は、後方から近づいていたゴブリンの足元へと落ちる。
足元に何かが落ちたのを感じとったゴブリンは、それが何なのかを確かめるまでもなく踏みにじり破壊した。
「これじゃどこにいるのかも……」
自由になってしまった左手を、右手と共にネイルガンに持っていき、射出口を空に向け頭の横で構えて臨戦態勢を取る。
前方と後方を確認し、敵の数を確認する。後方にはゴブリンが一体、前方には別のゴブリンが二体いることがわかった。
「このくらいなら、なんとかなる!」
不安は残るが、今の自分ならばこの数はどうにかなる。側に助けてくれる人が誰もいない今、自分の力だけで切り抜けるしかない。意を決し、明里は正面にいるゴブリンめがけて思いっきり走り出す。
二体のうち一体は棍棒を持っていないため、拳で直接応戦しようとする。その一体と並んで、明里から見て左側にいるもう一体の棍棒を持ったゴブリンが右腕を頭上まで上げて、身体を揺らしながら走り出した。
「まずはこっちをっ!」
明里は走りながら左側のゴブリンのあたまに狙いをつけ、ギリギリ棍棒の攻撃の範囲外となるであろう場所からネイルガンを数発放つ。
左側のゴブリンは、至近距離でネイルガンの弾速に反応して避けることが出来ず、命中し、そのまま倒れた。
そのまま続けて、流れるように明里は身体を左に捻り、ネイルガンの本体で右のゴブリンを思いきり殴り付けた。
初めて行った直接攻撃は見事右瞼の上に命中し、大きくダメージを負ったゴブリンはその場から逃げ出した。
逃げた一体を横目に、明里はすぐさま背後の残りの目標へと振り向きながら視線を移す。
最後の一体は、投げられた棍棒をそれぞれ両手に握っていた。
明里が正面に走り出したと同様に走り出していたのか、背後のゴブリンはもうすぐ殴ることが出来るであろう距離まで詰めていた。
(近い……それなら!)
明里はふと、クラリスが行っていた攻撃方法を頭に思い浮かべる。
ゴブリンは今にも二本の棍棒を降り下ろさんとばかりに、大きく両腕を上げていた。
明里はあえて避けようとせず、がら空きになったゴブリンの懐へショルダータックルを仕掛ける。
オーク程の巨体でもない上に、これまでの経験で力の入れ具合もなんとなく掴んでいたこともあってか、明里程の体格でもバランスを崩したゴブリンは足元が覚束なくなり、ふらふらと両腕を上げたまま後ろに下がる。
その隙を逃さずに、明里は冷静にネイルガンをゴブリンへ撃ちこんでいった。
ゴブリンは二本の棍棒で攻撃することも叶わず、その場に頭から倒れた。
「やった……!」
明里は自力でなんとかゴブリンを追い払うことに成功する。
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