第5章
第18話
深夜の濃い暗闇が薄まり朝になり始める午前5時頃、調整室から背伸びと欠伸を同時にしながら気だるそうなクランが現れる。
「ふぁ~ぁ……やっぱりエステルがいないと、自分から動かなければならない分めんどくさいな」
徹夜でエステルの修理に追われたためか、すぐ傍にあるメイジゴブリンの死体の解析が出来なかったことにお預けをくらっている気分になり、若干不機嫌な様子を見せている。
「適当なパンあたりで済ませておくか……ん?」
ふと部屋を見渡すと、床で毛布を着て寝転がるクロム、壁を背もたれにしてスリープモードに入っているクラリスと、各々に寝静まっている姿が見受けられた。しかしその中で一人、明里の姿だけが見当たらない。
「んー……? 明里くんはもう起きたのか?」
見逃してしまったかと思い、もう一度部屋全体を見渡すと、PCを置くためのスペースとして付け焼き刃のごとき突貫さで作った、リビングの隅にある仕切りからわずかに、明里らしき姿が少しだけ見えた。
体勢から察するに、机の上で突っ伏して眠っているようだ。
「はぁ……昔の私みたいなことをやってるな。仕方ない」
気を使って毛布をかけてやろうと近づこうとしたが、直後にクランは足の裏に何か固いものの感触を覚える。
幸い、何かはそこまで大きいものではなかったため、痛みを感じる程の物ではなかった。
「なんだこれは……部品か?」
足元に落ちている何かの部品らしき物体を手に取り、それがなんなのか考えつつも再び正面に目を向けると、明里がいる場所に近づくにつれて床に散らばった部品の数が増えているのがわかった。
「ああ、明里くんの趣味か……なるほど」
再び軽く溜め息を吐き、部品を集めて仕切りの横にひと塊にして置いておく。
そしてそのまま毛布をかけようと歩み寄ると、大量の部品の上で眠る明里と、クランが用意したクラリスの内部構造図がPC上の画面に映し出されていた。
「なるほど、夢中になっていたというわけか」
簡単に想像のつく明里の釘付けになっていた様を思い浮かべ、クランは軽く微笑みその場を後にした。
机の上に乱雑に散らばった大量の部品の上で、たまに寝言を呟きながら明里は気持ち良さそうに眠り続けた。
「うーん……クラリスさんの……中身……ふふ……」
* * *
クロムが仲間になった翌朝、ぐっすりと机の上で突っ伏して眠る明里とそれを揺り動かしながら呼び掛けて起こそうとするクラリス、そしてその様子を後ろから見守るクロムの姿があった。
「……の……里殿……明里殿……!」
「んぅ……ふぁ……ぁ……なに……?」
「明里殿! もう9時だというのに……いつまで寝ているんですか!」
夜更かしによって睡眠時間が大幅に遅れ、充分な睡眠が取れない状態で明里は起こされた。クラリスの揺すりと声でなんとか意識を覚醒させたが、身体の気だるさがまだ抜けきらず再び机の上に頭を預ける。
「ごめん……もうちょっと……だけ……」
「明里殿……」
「クラリス、さん、ここは、あたしに、まかせて」
クラリスの後ろからつんつんと背中を突いた後、クロムが顔を出す。明里と違い、ちゃんと睡眠を取っていたためにしっかりと意識の覚醒が出来ている。
「何をするつもりなんだ?」
「いいから、いいから」
クラリスとクロムの立ち位置が入れ替わり、白いワンピース姿の少女が明里の背後に立つ形となった。
部屋の明かりがなければ、どこかホラー映画のワンシーンのような光景にもなるような、純白さと雰囲気を醸し出している。
明里の真後ろまで近づき、背中を数回人差し指でトントンと軽く小突く。
「う゛ーん……だからもう少し」
「○§¶★♯∵〃÷*∞≫♭⊥∇∀√」
「ひぎゃあああ!!!」
もう少し眠っていたいという抗議のために一瞬後ろに振り向くと、そこには首を100度程傾けて大きく目を見開いた黒髪長髪の少女が、息が直に当たるほどの距離で、聞いたこともないような訳のわからない言葉と金切り声を全く動きの合わない口から喋り、両手首を幽霊のように曲げて前に出していた。
突然視界に入り込んだ異常極まる光景と、目の前のこの世の者かどうかも怪しい相手への恐怖に、机の上の部品をばら蒔きながら椅子から転げ落ちた。
「あ、明里殿ー!!」
「えへへ、やりすぎ、ちゃった、かも」
ソファー前のテーブルに集まり、遅めの朝食を取る一同。
明里は不機嫌そうにクリームパンを頬張り、クロムはブロック型の栄養食品をサイダーで流し込み、クラリスは二人が食事する様子を眺めている。
「もう、本当にびっくりしたよ……ホラー映画がそのまま出てきたと思ったくらいだもん」
「あれ、友希が、見せて、くれた、映画から、色々、合わせて、やってみた。驚いて、くれて、嬉しかった」
「やりすぎだよあれは……そういえば、クランさんはまだ起きてないのかな?」
「一応、起きてる、みたい。今、研究で、忙しいって」
「そういえば、あのゴブリンの死体を持ち帰ったんだった。あの時はどうなることかと……」
「あたしも、明里、さんや、クラリス、さんが、いなかったら、無理、だった」
昨日の思い出話に花を咲かせ、朝の食事を終える二人。ごちそうさまの後、明里が先に立ち上がりクラリスへ話しかける。
「さてと、そろそろ外へ行きます?」
「そうだな、私も周辺の見回りをしようと思っていたところだ」
二人は立ち上がり、明里はリュックサックの中身の整理を、クラリスは鎧や剣の損傷や状態を確かめる。
その途中、明里は皆が皆それぞれに行動することで一人きりしてしまうのではと考え、クロムも一緒に連れていこうと思い立つ。
「そうだ、せっかくだからクロムちゃんも外にいかない?」
「あっ……ごめん、なさい。クラン、さんから、留守番を、頼まれてる」
「留守番? あっ、そういえば今エステルさんが……」
クロムの発言から、そういえばと部屋を見渡してエステルが見当たらないことに気づく。
激しく損傷した状態だったことを思い出し心配になるが、直後に軽くクロムが頷き、その後に言葉を続ける。
「エステル、さんは、もう、大丈夫、みたい、だけど、研究に、今、夢中」
エステルはクランの助手である一面を備えている。そのため、クランが何かしらの興味を惹かれた実験や事象の際には、二人で研究室に籠りきりになるのであった。
「そっか……それじゃあ仕方ないね」
準備を終えた二人は、入り口の前でクロムに手を振り研究所を後にした。
その二人がいなくなったのを確認したクロムは、調整室の前でクランに向けて扉越しに質問を始める。
「クラン、さん、本当に、上の、建物、から、好きに」
「ああーー持っていっていいぞーー!!」
最後まで聞いて答えるのが面倒くさかったのか、途中で言葉を遮って許可を出した。
その言葉を聞いて、クロムの表情が花を咲かせたように一気に明るくなり、その場で跳ね上がった。
「~~っ! やった! やった!」
先程離れた二人と同じように、しかし二人とは違う目的のためにクロムも研究所の外へと向かう。
その表情はこの先の楽しみへの期待でとても明るく、風船のように軽やかな足取りだった。
* * *
もうすぐ昼になるかという頃合の青空の下、若干前傾姿勢になっている明里に挨拶代わりの日光が容赦なく降り注ぎ、渋い顔をさせる。
「うう、眩しい……ふぁ……」
「明里殿、寝不足は身体に毒ですよ?」
「うん、わかってるよ……わかってるけどさ……うぇ……」
軽く目を擦り、大きく背伸びしてなんとか眠気をスッキリさせようと試みるが、雀の涙程度か気休めの効果しかなく、寝不足時の倦怠感と不快感から来る軽い吐き気も出始めた。
呆れつつもクラリスは肩を軽く揉んだりと、眠気覚ましの手伝いを行う。
「クラリスさんありがと~……あれ、眠気のせいかモンスターっぽい幻覚が見えますね……」
二人が立つ道路の先、明里のボヤけた視界の中にはこちらに近づいてくるモンスターのような何かが見えていた。
こんな明るいうちからそんなわけはないだろうと軽く捉えたが、後ろのクラリスは剣に手を置いて構えを取る。
「……どうやら幻覚ではないようです」
「へ?」
視界の中にいる何かが立ち止まったかと思うと、距離を詰めるように走り出してくる。ボヤけていた何かの姿が少しずつはっきりし始め、目を凝らしてしっかりと確かめる。それがモンスターの群れだということがようやくわかった。
はっきりしない明里の視界とは対照的に、クラリスの視界にはモンスターの群れであることに加えて、オークが二体とゴブリンが二体の編成であるということまではっきり見えている。
剣を引き抜き、構えて突撃の準備を整える。
「明里殿、無理に戦闘に参加なさらないように。ここは私に任せてください」
「えっ、でも……」
「無理は禁物です。では……参る!」
クラリスはモンスターの群れに向けて剣を突き立て、一直線に攻め立てる。
その様子を見た明里は、眠気によってわずかに思考が鈍り、慌ててリュックサックからネイルガンを取り出そうとする。
「せやああああ!!」
クラリスの剣はあっという間にゴブリン二体を斬り倒し、それに怯んだオーク達は踏ん張って意地を見せるも単調な攻撃は難なく避けられ、ゴブリン達と同じように切り伏せられた。
明里は、ネイルガンの取り出しに手間取ってしまい、なんとか構える頃には既に戦闘が終わってしまっていた。
「明里殿、もう終わりましたよ」
「へっ? あ、ああ……はい……ありがとうございます」
拍子抜けしたような気分になってしまい、空気の抜けたような返事を返してしまう。
その様子を見て、明里の側まで歩いて肩に手を置く。
「……明里殿、今のままでは心配です。私の側から離れないでくださいね」
「ああ……はい」
きょとんとした表情のまま、明里は言われた通りに身体を寄せて若干体重を預けながら移動を始めた。
日の光がオレンジ色になり、帰宅の警告音声が流れるか流れないかという頃、二人は研究所上の家電量販店にもうすぐ着くかという所まで戻ってきていた。
「今日はすみませんでした……ご迷惑をかけちゃって……」
「お気になさらず、明里殿を護ることがご主人から命じられた使命ですから」
ある程度動けるまでに目が覚めた明里は、しっかりとクラリスの隣を歩いているが、それでも目には若干乾いているような感覚が残っているらしく、時おり目を強く瞑って眠気やその他諸々に抗うような行動を見せている。
「それにしても、今日はいつもよりモンスターと遭遇する回数が多かったですね」
「そうなんですか?」
「はい、いつもは日中に遭遇するのは多くて一日に二回程度ですが、今日は四回も遭遇しています」
「……四回じゃなくて五回になりそうですよ」
もうすぐ研究所に着くのではというところで、家電量販店の前でうねうねと動く二体のスライムが待ち受ける。
先の戦闘で手持ちの武器に使う弾薬にあたる物を全て使ってしまっていた明里は戦闘に参加できず、必然的にクラリスがスライム二体の相手をすることとなった。
「任せてください。以前はスライム相手に不覚を取りましたが、今の私ならば……参る!」
スライムに走って近寄り、問答無用で斬りかかる。一刀両断されたスライム達は二体共に爆散し、体液の一部をクラリスの鎧へと付着させた。
二体分のため、以前よりも多く付いており、七割方緑に色を塗り直したかのような見た目になっている。
「クラリスさん!」
「心配には及びません。これが私が新たに身に付けた魔法です! 我が魂より放て……勇み立つ雷鳴よ!」
目を閉じて両手を組むように合掌し、詠唱を唱えた瞬間に目を強く見開く。すると、クラリスの全身に電撃が発生し、体液は全て弾き飛ばされて蒸発した。
「……どうですか明里殿」
「かっこいいです! これならスライムも怖くないですね!」
「ええ。しかし、こんなにもモンスターが現れるとは……」
「モンスターが現れて以来のような気がしますね。そろそろ入りましょうか」
いつもよりも多く現れるモンスターへの疑問が尽きないまま、二人は研究所へと戻っていった。
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