第16話

「システムチェック終了。問題は回避されました。擬似人格を起動します」


 痙攣が止まり、地面に向けて目と口を見開いたままシステムチェックと自己診断を行っていたクラリス。起動可能だとシステムが判断し、再び擬似人格を起動するために目と口を閉じ、そして目覚めた。


「うう、しまった、私としたことが……あのゴブリンは!?」


 擬似人格が起動した後、強制的にシステムチェックが行われる前の記憶から途切れていたため、クラリスは慌てて周囲を見渡して攻撃目標だったゴブリンを探す。

 そこに視界に入ってきたのは、ぺたんとうつ向いて座り込むクロムと、傍についていた明里だった。そしてそのすぐ隣に先程まで自分が戦っていたはずのゴブリンの血塗れで倒れた姿が見える。


「明里殿! クロム殿! 大丈夫ですか!?」


「クラリスさん! 大丈夫だったんですね!」


「ああ、不覚を取ってしまって申し訳ない」


 本来ならば、二人を背負って先陣を切って戦わなければならなかったはず。しかし不覚をとって無様に倒れてしまっていたことを謝罪する。


「いえ、大丈夫ですよ」


 明里は何も気にしていないと書かれたような明るい表情でクラリスに返事を返した。


「……あのゴブリンは、二人がやったのか?」


「はい、なんとか裏を掻くことが出来て……」


「やったじゃないか! これで敵討ちも……」


「あっ」


 クラリスの言葉を聞いた瞬間に、明里は咄嗟にクロムの方を向く。おそらく会話が聞こえているであろうクロムはうつ向いたまま、反応する様子が無い。


「あ、あの……クラリスさん……」


「ん、なにか……?」


「いやえっと、今はその話は……」


「…………ふうっ、よし」


 クロムは息を大きく吐きだしてからゆったりと立ち上がり、二人の方へと顔を向ける。

 クラリスは状況がよく飲み込めず、終止きょとんとしていた。


「あたしの、復讐、これで、終わり。悔いは、ちょっと残ってる、けど、それ、でも、すごく、スッキリ、してる」


「クロムちゃん……」


 その言葉通りほんの少しだけしこりの残ったような雰囲気が漂っているが、それでも今のクロムは、今までのどろどろとした憑き物が取れたようにすっきりとしているように見えた。


「本当、もっと、もっと、色々、言い返したかった、けど、出来なかった、悔しい。でも、この、手で、やり返し、できた。あたしは、それが、とっても、うれしい。本当に、ありがとう」


 二人に呪縛が晴れたかのように明るい笑顔を向けるクロム。沈みかけた夕日を背に見せたそれは、クロムの心情の一端を表しているようにも感じられた。


「クロムちゃん……あれ、そういえばエステルさんは?」


「そういえば……護衛しているにしては一向に来る気配が無いな」


「すぐに、行きましょう!」


 三人は急いでエステルがいると思われる場所へと走って行った。


※ ※ ※


 その頃エステルはグルドロとの長期戦に入っていた。

 何時間もの戦いの中で、グルドロは右腕に集中して攻撃を喰らったために痛みで棍棒を持てなくなり、慣れない左腕で棍棒を今までの振り回していた経験と照らし合わせて振っている。さらに両足首にもチマチマと攻撃を喰らい、その蓄積された鈍痛によって元から利かない小回りがさらに利かなくなっていた。

 エステルは棍棒による一撃を喰らってしまったために左腕がへし折れ機能不全に陥り、さらに吹き飛ばされて地面に擦れたため、両足や右半分の顔の人工皮膚が破れて内部機構が露出していた。


「オレ、ココマデヤルノヒサシブリ! コウゲキクラッテタエタヤツヒサシブリ! タノシイ!」


「損傷甚大、機動力大幅低下、トロールノスtミn切レ……ガガッ……確認デキマセン」


 エステルはトロールの振り回す棍棒を喰らわないようにしつつ長期戦のスタミナ切れを狙い、トロール側が自然と倒れるのを待つために逃げながら戦っていた。

 しかし、足が殆ど動かずに右腕も動かせない状態になってもハイテンションでとても楽しそうな無尽蔵のスタミナを思わせるグルドロの前に、逆にエステルのバッテリー切れの可能性が現れてしまった。


「危険、k険、至急メンテナンス……不可」


「モラッタ!」


 動き続けようとしたところで、システムメッセージからの警告が行われ、その影響でエステルは一瞬動きを止めてしまう。

 その瞬間を見逃さなかったグルドロは、残った力を振り絞って棍棒を振り下ろす。

 棍棒がエステルの頭に到達しようとした刹那、突如背中に激痛が走る。

 グルドロはあまりの痛みに大きく仰け反り、棍棒を持ったままよろける。 


「イ、イデエエエエエエ!! ナ、ナンダァ!? イテエヨオオオ!! 」


 何が起きたのか確かめようと視点を背後に向けようとするが、後ろを向こうにも激痛によってうまく身体を動かせず、足を動かして背後を見ようにも積み重なった重苦がそれを許さず、奇妙な八方塞がりのような状態となっていた。

 エステルは復旧した後、突然苦しみ暴れるグルドロの姿に何が起こっているのか理解できなかった。

 背中が痛いと言ったことから、その巨体の後方へ視線を移動させる。そこにはエステルが知っている者の姿があった。


「明里サン……クラリス……?」


 グルドロの背後にいたのは、ネイルガンを持った明里とそれをサポートするように後方にて剣を構えるクラリスだった。

 エステルがいる場所に到着したその時、そこが丁度グルドロの背中だったこともあり、ピンチに陥ったエステルが視界に入った瞬間から、なんとか手助けようと明里はネイルガンを撃ち込んでいた。

 その隣で、クラリスは気づかれてもいいように一定の距離を付いて回ることによって明里を連れて逃げる準備も整えられており、単純ながらもヒット&アウェイの形が作られていた。

 体内に埋まった複数のネジが身体を動かす度に激痛を走らせる。動きを封じるために、今度は足首にネイルガンの射出部分をくっ付ける。


「アシニナニカガ!? オマエカアアアアア!!!」


 何者がいるのかはわからないが、目の前にエステルがいるのに足に何かが当たる感触があるということはエステル以外の何者かが攻撃をしたと直感的に理解したグルドロ。背後に敵がいることがわかっているのに何も出来ない怒りから、グルドロは苦痛に耐えながら後ろを向き攻撃しようとする。

 しかし元々の動きの鈍さに加え激痛による動作の低速化が重なり、攻撃が間に合わず足にネイルガンの弾をを何発も撃ち込まれてしまった。


「ガアアアアアア!!!」


 無休で戦い続け蓄積したダメージにとうとう耐えきれなくなったグルドロは、ゆらりとふらつき背中から倒れ始める。

 地面にぶつかる寸前、グルドロの視界に自分に静かなれど大きな攻撃を加えたであろう者の姿が写し出された。それは一人の鋼鉄の道具を持った少女と、今まで住んでいた世界でも何人か叩き殺したような記憶のある者と同じようなタイプの女騎士だった。

 明里達は押し潰されないように、エステルの元へ向かいながら避けるように走る。そして目の前の巨体は、轟音と共に背中から大の字に倒れた。


「大丈夫かエステル!?」


「エステルさん!」


「大丈夫デス。損傷ハ甚大デスガ、通常稼働ハマダ可能デス」


「無理しちゃダメだよエステルさん! 動かなくなっちゃったら嫌だよ!」


「明里サン……カシコマリマシタ、省電力モード二変更シマス」


 そう言うと、エステルの瞳から完全に光が無くなり、直立不動の姿勢となった。


「エステルさん?」


「現在省電力モードデ稼働中デス。ソノタメ、会話ヘノ返答モ最小限トナリマス」


「そっか、それならよかった」


「おーい! 明里、さーん! ぶい!」


 雑木林の奥からクロムが名前を呼ぶ声が聞こえる。その後ろには、エステルが避難させていた住民全員の姿があった。勝利の狼煙を上げるようにクロムは遠くからVサインをつけて手を振る。


「よかった、みんな無事だったんだね。はぁ~……なんだか全部終わったら力が抜けちゃった……」


「大丈夫ですか明里殿? 私が背負いましょうか」


「……うん、途中までお願いします」


 クラリスの善意に溢れた人間を手助けするための声に甘え、明里はクラリス背中におんぶさせてもらう。腕をクラリスの肩にかけ、リュックサックを右手に持ってもらい、そしてクロム達と合流する。


「逃げた、みんな、誰も、欠けてない、みたい!」


「ありがとうございます皆さん。私達のような大人達が少女達に任せっきりで情けない……」


「いえ、気にしないでください! この際大人や子供とかなんて関係無いですよ!」


「そう……ですね。 そう言っていただけると気分が少し楽になります。しかし、このご恩は必ずいつか返させていただきます」


 住民の中の男の一人が深々と頭を下げて、感謝の気持ちを四人に出来る限りで伝える。男の例に続いて、他の住民達も頭を下げ始める。


「え、えっと……どういたしまして!」


 今までの人生でこんなにも多くの人々から頭を下げるほどの感謝をされたことが無かった明里は、こういう時になんと返したらいいのかわからず、咄嗟に出た一番わかりやすい答えを大声で返した。

 命の危険と隣り合わせの世界で貰った心の底からのお礼。まだどんな気持ちで受け止めたらいいのかわからなかった明里だが、それでも人を助けた嬉しさはかけがえのないものとなった。


※ ※ ※


「さて、それじゃ、ここを出ましょうか」


 クロムを先頭に、住民達が公園の外へと歩き始める。それを見て、後ろからエステルが若干かくかくとした動きで歩き出す。


「私達も行きましょうか」


「そうですね」


 明里は出発する前に、倒れたままのグルドロの方を見つめる。スタミナの限界を迎えていたのか倒れた後もそのまま起き上がることは出来ず、歯を食い縛り涙を流していた。


「イデエ……クソ……イデェ……」


「……クラリスさん、ちょっと下ろしてもらってもいいですか」


「あ、ああ構いませんが……」


 降りやすいように膝を曲げて姿勢を低くし、明里を降ろす。

 クラリスが持っているリュックサックの中を開けながら倒れたグルドロの元へ歩いていく。


「明里殿! 危険だ!」


「……ごめんなさい!」


 グルドロの頭の横で頭を下げて、謝罪の言葉を向けた。

 倒れる直前に見た少女が目の前まで来て、止めを刺されるのかと思っていた矢先に届けられた謝罪の言葉に、グルドロは元々悪い頭脳がさらに混乱する。


「ナ、ナンダイキナリ……?」


「他のモンスターも倒しておいて、貴方にだけ謝るのは変かもしれないけど……ずっと痛がってるのを見てられなくて、なんだか罪悪感が……」

「アァ……イテェ……キニスルナ……オレガヨワイダケダ」


「で、でも……」


「ヨワイモノハシヌ、オレトカリグガイツモイウコト」


「…………」


 少女が向けた眼差しは、相手を中途半端に傷つけたことへの後悔の念が垣間見えるものだった。


 それを侮辱にも感じたグルドロは、敗者への念を断ち切らせるためにも凶暴な表情を振り絞って敵意を込めた言葉をぶつける。


「ハヤクイケ……ニギリツブスゾ……」


「……わかりました」


 グルドロから離れた後で、もう一度頭を下げる。そして、リュックサックを閉じつつ、自分からクラリスの肩に腕を回す。


「……もうこういうことは無しにしていただきたい」


「……はい」


 仕方ないという顔で、明里を背負う。

 クラリスに体重を預けて力を抜きつつ空を見ると、すっかり夕日も落ち、かろうじて稼働している外灯がぽつぽつと地面を照らし始めていた。

 その暗がりの空の中に、明里は謎の人影が見る。その人影には羽根が生えており、まるで自分達のことを観ているように思えた。


「ん、どうしました明里殿?」


「え? えっと……あれ?」


 一度クラリスの方を向き、再び空の方へと向き直すと、羽根が生えたその人影は影も形も無く消え去っていた。

 明里は気のせいかと流し、そのまま再び身体を預ける。


「あっ、ゴブリンの死体持って帰らないと……」


「そういえばご主人が言ってましたね……」


※ ※ ※


 再び門の前へと無事集まることができた二人とそ住民全員。それから少し遅れてメイジゴブリンの死体を手に握りながら明里を背負うクラリスも合流した。

 しかしクロムを含め、住民達は皆困り顔をしている。


「どうしたんですか皆さん? 何か困り事でも……?」


 クラリスが担いだカリグの死体にビビりながらも、男は現在おかれている状況について話を始める。


「ああ、実は……私達の殆どは家を襲撃されながら連れ去られたんだ。だから、帰る家が無くてね」


「だから、この後、移動する、場所が、無い」


「なるほど……確かに帰る場所が無ければ、結局また外に出て襲われることになるな」


「もうそんなのウンザリよ! やっとここから抜け出せたのに!」


 一端の命の危機は脱した。しかしすぐに新たな問題がふりかかる。

 今までいつ命を落とすか分からない状況で恐怖に怯えていた住民達は、これからの未来について悲観的な想像が絶えず、どうしたらいいのかとそれぞれにどよめいた。

 そんな中、クラリスの背中に抱きつく明里の脳裏に一つ解決に繋がりそうな糸口が現れる。


「うーん……そうだ! ちょうど良さそうな場所があるかもしれません!」


 そう言って明里は、クラリスにお願いをしてその浮かんだ目的地へと移動を始める。その後ろから、護衛をするようにエステルとクロムが、そして住民達も不安が消えないままついていった。

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