第15話
「どうした! 貴様らの実力はその程度か!!」
クラリスの剛力を乗せた剣撃とクロムの両手の斧による魔物らしさを思わせる奮闘、そしてまだ慣れない製作のために威力は控えめだが、警戒や誘導のアシストには充分に役に立っている明里の火炎放射。この三人の力が合わさった結果、最初は圧倒的に数の差をつけていたモンスター達も、今ではすぐに片手で数えられる程になっていた。クラリス達の足元にはモンスターの死体が大量に横たわっている。
クラリスはこまめに剣へ燃料を補充して剣の炎を保ち、明里は火炎放射器の燃料が切れてしまったため、装備を武器として使えるようにクランが設計した射撃用ネイルガンに変更して近づいてくるモンスターへ牽制し、クロムは自分の身体の一部であるい志斧についたモンスターの血への嫌悪感と戦いながら明里のサポートを行う。
だんだんと疲れがはっきりと表に現れ始めた明里とクロムとは対照的に、クラリスは未だ衰える気配がない。
「うう、くさいよ……鼻も目も塞ぎたい……」
「もう、ちょっとの、辛抱……」
若干フラつきながらも、なんとか気を保って戦闘を続ける二人。その時、明里の視界の先にこちらに向かってくる三人程の人影を目撃する。
まだ遠くにいるのではっきりとは見えないが、明里はその得られた視界情報から服を着た人間である確信した。
「あれは、もしかしてここに捕まってた人? おーい! こっちですよ! 急いで!」
頑張って逃げてきたんだとドラマの不穏な展開が杞憂に終わったような心情と共に、明里は人影に向かって手を振り、ここに来れば助かるというアピールを示す。
「明里、さん……?」
戦闘中の突然の行為に、クロムは明里が向いた同じ方向を見る。クロムにも同様に走ってくる人間が見えたが、どこか違和感を覚える。
近づいてくる人間を注視し観察すると、あと数秒でたどり着くというところで違和感の正体に気づく。その人間達の腕や足の皮膚には、まず存在しないであろう被せられたような不自然な皺が見受けられた。
それに気づいた瞬間、クロムは慌てて大声で叫んだ。
「明里、さん! 構えて!」
「へっ?」
クロムが叫び、明里の前へとダッシュしてそのまま腕の斧を人間に振り下ろした。するとその人間は、人間が出すとはおおよそ思えないような奇っ怪な叫び声をあげて倒れた。それまで人間と思われていた者は、皮膚が剥げて本性のグールの姿を表す。
「なに……これ……」
目の前で起きている不気味かつおぞましい光景に、明里は胃液が逆流しそうになる。それをなんとか抑えて、地面を踏む力を強くして心を繋ぎ止める。
「グール、殺した、人間に、化ける、こと、できる」
「それじゃ、この人達も……!?」
明里の一言が発された直後、残り二人が突然立ち止まり大きく口角を上げて鳥肌が立つような不気味な笑みを浮かべる。その後、縦に皮膚が裂けて、先程の倒れたグールと同じ姿のモンスターが現れた。
正体がばれた以上取り繕う必要も無いと考えたのか、二体のグールは二人に向かって全身を使って飛びかかってきた。二人のほぼ真上を取られ、ちょうど二体の真後ろから差していた夕日によって不幸にも視界が遮られてしまった。
「眩しい……」
迎撃を諦め、咄嗟の回避も出来ないと思考が過ぎり防御の体勢を取って目を瞑る二人。その直後、二人の耳に入ったのはグールの悲鳴だった。
目を開けると、先程まで空中にいたグールは地面に叩きつけられ、その叩きつけられた場所にクラリスが剣を向けて立っていた。
「危なかったな二人共」
どうにか逃げ出そうと暴れるグールだが、その抵抗も虚しく炎の剣に胸元を突かれ、二体まとめて絶命した。
「あ、ありがとうございます」
「助かった、クラリスさん」
「気にするな、助けるのは当然のことだ」
グール達を最後に、三人に襲ってくるモンスターは見かけなくなった。三人の周囲には大量のモンスターの死骸が散らばり、血の臭いと腐臭が立ち込めている。
初めての集団との戦闘で極限状態のようになっていた明里は、我に帰ったその瞬間に酷い臭気が鼻を駆け抜ける。
「うっ……うぇぇ……ちょっとこの臭いきついですね……」
「そういえば、エステル、さんは、大丈夫?」
「急いで向かおう」
鼻を塞ぎながら明里一人が吐き気に襲われながら、三人がエステルがいると思われる場所へ向かおうとしたその時、先頭にいるクラリスの足元めがけて火球が着弾する。
不意打ちに対して警戒しつつ、火球が飛んできたと思われる方角へ目を向けると、そこにはフードを被ったメイジゴブリンのカリグが立っていた。
カリグは明里達からの攻撃を警戒する様子もなく、余裕を持ってゆっくりと少しずつ三人に近づいていき、30メートル程の距離で立ち止まり口を開く。
「部下達ヲ殺シタノハ貴様ラカ?」
「喋った!?」
「ああそうだ!」
明里がゴブリンが喋ったことに驚く横で、クラリスは質問をちゃんと返す。クロムは苦虫を噛み潰したような表情でカリグを見つめる。
その度合いはクロムにはカリグの表情はどこか悲しみを帯びているように見えた。
「ソウカ、人間二人ニゴーレム一人カ……ナカナカノ実力ヲ持ッテイルヨウダガ、ココデ終ワリダ!」
カリグの顔が鬼のように変わる。右の掌を空に向けて手中から炎を吹き出し、振り払うようにして炎を正面へと飛ばす。クラリスはそれをを斬り払って防御した。
「そうか、貴様が魔法を使うゴブリンとやらか。しかし、魔法ならば私も使える! 力よ迸れ……猛き熱炎よ!」
呼応するようにカリグめがけて左手を突きだし、火炎放射の詠唱を行うが、手から炎が出る様子は無く、ノズルが見えるのみだった。剣へと燃料を何度も注入したことで、既に燃料が底を尽きてしまったようだ。
「しまった、魔力切れか……だが、炎が無いのなら直接!」
クラリスは遠距離からの攻撃を諦めて剣を構え直し、正面から一直線に攻める。その後ろを着いていくように、明里とクロムが一緒になって走り出す。
カリグはその手から現れた人間の肌色とは違う何かを見逃さなかった。記憶の中からそれと似た物はないかと巡らせ、そしてかつていた世界で見た鉄製の道具と同じ色をしていたことを思い出す。
カリグはそこから、目の前にいる女騎士は機械人形であると察した。
「人間デハナク機械人形ダッタカ、シカモ中々面白い。ダガ正面カラ来ルトハ愚カナ」
カリグの両手が光り、地面に掌を合わせる。すると、クラリスの目の前に大きな土壁が地面から現れた。クラリスは足止めをくらい、一旦停止してから土壁を横から回り込む。
「くっ、こしゃくな真似を……」
土壁を回り込むと、目の前にはこれを狙っていたと言わんばかりのカリグが待ち構えていた。右手には電撃を纏っており、バチバチと音が鳴っている。
クラリスは、予想外の至近距離からの不意打ちに思考の処理が遅れ、、体勢を整える時間にラグが発生してしまう。
「貴様ノヨウナ者ガ何ニ弱イカハ知ッテイル」
クラリスの胸に右手を当て、電撃を炸裂させる。その威力は高く、周囲には電撃をぶつけられた装甲から発せられた火花が飛び散る。
「なんだと……があああアアアaaAaあぁァ!!??」
目と口を大きく見開き、仰け反りながら全身を痙攣させる。カリグが手を離すと、内部機構にダメージを受けたクラリスは膝をついて頭から倒れてシステムメッセージを喋り始めた。
「内部回路に予期せぬ障害ガ発生しマしましマしsssしシた。シすてムチェッくくくく中……」
クラリスはビクビクと無表情のまま身体を震わせながらエラーメッセージを発する。機械人形丸出しのその姿は、まるで壊れかけのおもちゃのようだった。
「私ガ知ル機械人形トハ違ウ動キヲシテイルガ、マアイイ。残ルハ……」
無力化したクラリスは既に気にする必要は無いと、カリグは先程視界に入っていた残りの二人を捕らえるために土壁の後ろまで移動する。
カリグが土壁の後ろに来たと同時に、明里はカリグの頭にネイルガンを当てて引き金を引こうとする。
しかし、引き金を引くよりも早く簡単にネイルガンは右手で弾き飛ばされ、待ち構えて迎撃を狙っていたはずが逆に左手で首根っこを掴まれてしまった。
「がっ……あ……ぁ……」
「ソノ程度ノ実力デ抵抗シタコトハ褒メテヤロウ。ダガココマデダ」
「それ……は……どう……かしら……!」
「ナンダト?」
苦しみ喘ぐ中でも勝利の確信を持っているかのような明里の生気に満ちた眼と、勝ち気な言動にカリグはは考えを巡らせる。この目の前に死が見える状況でなぜまだ余裕があるのか。反撃の手段を持っているようにも見えないのになぜなのか。
そしてカリグは、共に行動していたはずのゴーレムの娘がいないことに気づいた。
「貴様ッ!」
「ぇ……あ……ぁ……」
首根っこを握る力を強めつつ、左右に首を振って周囲を見渡す。その場で一回転をして全体を見渡してもゴーレムの娘の姿は見えない。
カリグはの表情にほんの小さな焦りと大きな苛立ちが見える。
「小賢シイ……ドコニイル?」
「……ぁ……か……」
だんだん身体中の力が入らなくなり始め、項垂れるような状態になった明里は、口をゆっくりと開いて聞こえるかどうかわからない声で喋ろうとする。
今の世界の言葉を音声で聞き取っていたために口の動きだけでは何を喋っているかわからないカリグは、力を緩めて何を喋ったか聞こうとする。
すると、明里は小さく笑みを浮かべて前より少しだけはっきりした声で喋った。
「……ばーか」
明里の言葉と同時に、背後から土くれが砕けたような音と共に足元が盛り上がる。
それに反応して、カリグは振り向こうとしたが、身体を向ける前に背中に熱い感覚が迸る。その直後に全身の力が抜け、カリグは明里を離して地面に両手と膝を着いた。
ゴブリンの背後には、息を切らして怒りを込めて大きく見開いた眼で倒れた敵を見つめるクロムの姿があった。
「キ、貴様……マサカ、地面ニ……」
「そう、あたし、明里が、お前に、近づく、前から、壁の、後ろで、地面に、潜ってた。そして、タイミング、見計らった」
「クッ……ヌカッタ……ダガ、コレデ終ワルト思ウナ!」
斬られた背中から血をだらだらと垂れ流すカリグ。一撃で仕留めるつもりだったクロムだったが、まだ倒しきれていなかったことを悔やんですぐさまもう一撃を叩き込もうとする。
手を離されてすぐになんとか距離を取った明里は、カリグの手がじわじわと光り始めているのを確認する。
「クロムちゃん離れて!」
何をしようとしているのかはわからない、しかし何か危ない予感がする。それを直感的に肌で感じ取った明里は、まだ握られた痛みの残る喉を振り絞ってクロムに叫ぶと共に、せめてもの妨害をしようとネイルガンをカリグへ向ける。
今すぐ殺してやりたいという意思が先走り、歯を食い縛ってもう一撃を加えようとしていたクロムの耳に、その声は遅れて入ってくる。
「っ……!」
「遅イ!」
明里の声を聞いたと同時に、カリグの周囲の地面が発光する。直後、鋭く尖った石柱がカリグを囲うように、勢いよく突き出してきた。
近づいた者を貫き吹き飛ばそうとするように外側に向けて飛び出したそれは、最も近くにいたクロムの腹部へとクリーンヒット。陥没したような痕を作りながらクロムを上空へと吹き飛ばした。
「クロムちゃん!!」
その光景を目の当たりにした明里は、不安が詰まったような荒げ声で名前を叫び、クロムが叩きつけられるであろう地点まで一目散に走り出す。
「隙ダラケダ」
「きゃっ! ひぃ! わっ!」
当然それを許すはずもなく、カリグは自身を尖った石柱で囲ってシェルターのようにして防壁を築きつつ、その隙間から様子を確認しながら明里の足元から鋭い石柱を生やし一撃を狙った妨害を行う。
カリグの背中からはドクドクと絶えず血が流れ、囲う柱の根を赤く染めていく。
「どうしよう、これじゃ近づけない……」
必死にカリグの猛攻を避け続け、だんだん疲れによって息が切れて動きが鈍くなり始める明里。一方のカリグも、止まらない出血によってだんだんと思考や動作が重くなり、攻撃の密度は明らかに最初の時よりも緩くなっていた。
それでも止まること無く、カリグは明里に対して石柱攻撃を続ける。
「マダダ、マダオワラン……」
うまく働かない思考によって正面の敵への攻撃にしか集中できなくなり始めたその時、カリグの後方からコツコツと囲まれた石柱を叩くような音が聞こえる。
万全の状態ならばすぐさま反応できたであろうそれに対し、手負いの状態であるカリグは、音が鳴ってから遅れて手を止めて背後を振り向いた。
「はああっ!!」
「ナニ!?」
カリグを囲む石柱の真下、地面の中から吹き飛ばされたはずのクロムが勢い良く石柱を砕きながら再び姿を現した。
既に身体中に重石を付けられたような感覚に陥っていたカリグは、それに気づいたとしても反撃に転ずることはできない。クロムはもう一度右腕の石斧で、カリグの背中へ深く一閃を叩き込んだ。
背中にバツ印のような重い傷を負ったカリグは、切れそうな程にか細い呻き声をあげて、正面から地面へと倒れ込んだ。
「く、クロムちゃん! 無事だったんだ!」
「はあ……はあ……あ、明里さん。はい、痛かった、けど、大丈夫、ですよ」
「よかったぁ……」
鋭く恨みを込めて睨むような目付きから一転、クロムは腹に出来た大きくへこんだ穴を見せながら、何事もなかったかのように明里へちょっと無理をした微笑みを向ける。
腹の穴が本当に大丈夫なのかは気になったが、明里はクロムの安否が確認できてかつ無事だったことに一筋の安堵の涙を流した。
「グ……ガ……ァ」
一度ならず二度までも斬撃をくらったカリグ。多量の出血をもたらしたそれを再び受けて耐えられるはずもなく、カリグの周囲の石柱や土壁がぼろぼろと崩れた後、本体も正面から力が抜けたように倒れた。
倒れたカリグの側へ、流れて固まった血を避けながら近付くクロム。煮えたぎる怒りと不愉快さを隠さない鋭い眼差しで倒れているそのゴブリンを睨みながら、クロムは口を開く。
「わかったか……これが、お前達、みんなに、やったこと。お前達、あたしに、見せたこと!」
涙を浮かべながら、溜まりに溜まった激情を込めた言葉を吐きだす。
既に聴覚への意識も怪しいぼんやりとした状態で、カリグは自分が心に刻んでいた弱いものは死ぬという世の法則、そしてグルドロがまだまだ自分達は弱いとポロッとこぼしたことを思い出し、この世は諸行無常であると悟った感覚に包まれた。
「何ヲ言ッテイル、弱イモノハ死ヌ、当タリ前ノコトダ……」
カリグのその言葉を聞き、殺された出会った人達を侮辱されたと解釈したクロムは、歯を食い縛り殺意全開の表情で右腕の斧を再び振り下ろそうとする。
ぴりぴりと恐怖に近い何かを感じとった明里が、それを身を呈して止める。
「離して! こいつは、こいつ、だけは!」
「待ってクロムちゃん! もう、死んでる……」
クロムからの言い返しを耳に入れぬまま、カリグはそのまま息絶えた。
言い逃げされたと悔いを植え付けられたように思えたクロムは、憤怒によって表情を歪みに歪め、その場で自分の足にヒビが入りそうな程の地団駄を踏み、既に動かない死体へと恨み節をぶつける。
「勝手に、死なないで! まだ、言いたい、ことが、まだ……うぁぁ……ぁぁ……」
緊張の糸が切れ、クロムは力が抜けて膝から崩れ落ちた。それに合わせて明里も膝を曲げて目線を合わせながら地面に立つ。
クロムは仇を自分の手で殺めたことによる晴れた感情、その仇に全てを吐きだしぶつけられなかった悔しさが入り雑じり、自分の中で爆発しそうな感情が抑えられずに明里の腕の中で泣くしかなかった。
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