第29話 雲隠れ7
すると突然誰かが大きな声で叫びました。
「薫様じゃーっ!」
皆一斉にはるか東のほうを見つめます。
比叡の空には黒雲がかかり今にもこちらを覆いそうに迫ってきます。
そのわずか手前に砂埃が舞い上がっています。みるみる近づいてきます。
駿馬に乗った薫様です。水干に髪をなびかせ全力で疾走してきます。
「父上ーっ!父上ーっ!」
馬を庵の手前でお止めになり、息を切らせて人をかき分け
荼毘だびのもとにたどり着きます。
雨脚が急に強くなってきました。人々は徐々に足早に去っていきます。
骨壺は夕霧様が抱えておられます。惟光様が傘を差し。高僧も傘の中で
読経されておられます。他の僧はびしょ濡れですがずっと読経されてます。
夕霧様が竹箸を薫様に手渡されます。薫様は息を整え無言で燃え尽きた白骨を
眺めておいでです。しゃれこうべ以外はほぼまだらに皆が骨を拾われたみたいです。
のど仏が残っていました。夕霧様がこれを拾うようにと示されます。
のど仏を骨壺にお入れになったところで僧が蹴鞠ほどの石を持ってきました。
雨の中残った骨を砕いていきます。しゃれこうべだけが残りました。
夕霧様が骨壺を抱えたまま薫様に目で合図します。
薫様はその石を受け取りしゃれこうべを粉々に砕きました。
「父上は最後に何か言われましたか?兄上」
「ふむ、南無法華経、南無法華経じゃと申された」
「南無法華経、南無法華経、と?」
夕霧様は大きくうなずいておられます。
二人の兄弟は雨の中、しばし黙してたたずんでおられました。
林の影から傘の中、一人の尼宮がずっとこちらを窺うかがっておられます。
それは女三宮の尼君。雨脚はさらに強くなり。嵯峨野は空も人も
すべてが鈍色にびいろに覆われてしまいした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます