8-4
「アンナ、無事か?」
エリオットが後ろから亡者に斬りかかる。聖剣の威力は絶大だった。一太刀で亡者を灰に化す。
「おかげさまでな」とアンナ。
皇帝付きの近衛兵もなかなか強い。
アンナの髪は乱れて、顔は煤だらけだ。
「皇帝は?」
「私の後ろ」
指を差す。屈んで戦火を避けていた。どの来賓客に比べても豪華な格好は、この混乱の中にあっても目を引く。色とりどりの宝石に上等なビロードと白テンの毛皮を縫い合わせた衣装。大きな帽子には鷹の羽をあしらった金飾りが輝いていた。たとえ逃げる身となっても、品性は消えていない。
突然の登場にエリオットは直立不動となった。
「挨拶はいい」
皇帝は言った。「それよりも事態の収束をせねばならぬ」
「皇帝、これは全てヴァレンシュタインという男の仕業です」
エリオットは言った。その間にもアンナと近衛兵たちは、亡者の兵士を薙ぎ払っていく。
「そいつはどこにいる」
「きっと近くに」とだけしか言えない。
「ここはあの女の助けでそろそろかたがつく」と皇帝。アンナのことだ。「そちらはその男を探し出すのだ」
「ですが皇帝は?」
まだ完全に鎮圧できていない。
「初動は耐えた。向こうはお主らの活躍が誤算だったのだろう。戦に置いて第一波を耐えれた場合、多くは長期戦に移る。私たちはすぐには死なん。行け」
帝国の長、皇帝の頭脳は思考停止に陥っていない。「私の兵もまだ残っている」
「畏まりました」
エリオットはアンナを見た。
「はいはい。聞こえてる」
アンナは手を上げて合図する。
「外に出るぞ」とエリオット。
アンナは回し蹴りで亡者の頭を吹き飛ばした。
「命令するな」
■
「してやれた」
市庁舎を駆け抜けながらアンナは呟いた。「毒は最初から皇帝殺害の為ではなかった。たぶん街に来ている各都市の兵士たちを殺す為のものだったんだ」
「差し入れでもしたのか」
エリオットも走る。「おい、そこを右だ」
「大方そんなとこだろ。街に入れず野営を張ってる兵士のほうが多い。ワインでも何でも差し入れをすれば喜んで飲みまくる」
アンナは右へ曲がった。エリオットも続く。
「だけどそれがヴァレンシュタイン卿の罠ってことか」
「奴は死者を操る。毒で死んだ兵士はヴァレンシュタインの思いのままだ」
目の前に亡者がふらついていた。剣は赤く染まっている。獲物を探しているようだ。アンナは飛び掛り、容赦なく首をへし折った。
「殺せば殺すだけ奴の兵士が増えていくってわけだ」
「ここは帝国議会の開かれている街だ。帝国中から指折りの兵士が集まってる」
「死者の軍隊を作るにはまたとない機会だな」
「次の帝国議会まで待って欲しかった」
市庁舎の外へ。夜だった。強い雨が降っている。空は黒くても街の至る場所で煙があがっているのがわかった。
「ヴァレンシュタイン卿はどこだ」とエリオット。
「これだけの数の死者を操る。一人ひとりを精密に操るのは不可能だが、戦況を見守るために、どこか見晴らしのよい場所にいるはずだ。この類の魔術師はそうする」
「前にもこういう経験が?」
エリオットは周りを見る。
「私は魔女だぞ、エリオット」
「どこかの山頂とかにいるってか?」
「いや、違う」
アンナの目線が止まった。「あそこだ」
エリオットはその視線の先を確認する。
「大聖堂か」
フライブルグ大聖堂の塔だった。その頂点付近に見覚えのある背格好の黒い影がある。
ヴァレンシュタインだ。
「クソが」
アンナは足元に落ちていたペニィヒ硬貨を拾い、投げた。硬貨は勢いよく飛んでいき、ヴァレンシュタインの横顔を通り過ぎた。そのまま塔の内部にある鐘に当たったのだろう。音が響いた。
「どうやらこっちに気づいたようだ」
エリオットとアンナの姿に向こうも気がついたらしい。
彼は身を翻して姿を消した。
「ここが踏ん張りどころだな」とアンナ。
「もう、それ何回目だよ」
エリオットは呆れる。
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