6-4
中央広場に戻る。破壊されたフラウエン教会の修復の為、多数の職人が作業に当たっていた。正午を過ぎ、人が多くなってきている。それに合わせて、終末論者は説教を始める。以前よりも熱心に耳を傾ける人が多いのは、フラウエン教会での騒ぎのおかげだろう。手を合わせて祈る人もいる。
「こっちは命懸けで動いてるのに。呑気に祈りを捧げてる」
アンナの言葉には侮蔑が込められていた。
「祈って何かが解決したことがあるのかね」とエリオット。
「お前にしては良い事を言うじゃないか」
「あの騒動の当事者なもんで」
「この世界が求めているのは動かない正直者より動く悪人だよ」
それから夜に再び落ち合う約束をして別れた。昼間に娼館に行ってもしょうがないからだ。エリオットは家へと戻る。
■
扉を開けて中へ。自分の家に戻ってからエリオットはしまった、と天を仰いだ。
「お兄様、心配しました。約束の手紙が全く来ないんですもの」
カテリーナだ。縫い物の手を止めて、エリオットに近づいてくる。
「すまん。少し予定が狂って」
帽子を忘れた。
「いいんです。いつものことですから」
「あともう一つ謝らないことがある。帽子を買い忘れてしまった」
どうしてさっきの娼婦の家で、あの帽子を見たときに思い出さなかったんだ。そうすればどこかで買った帽子をケルンで買ってきたと偽れたのに。動かない正直者より動く悪人か。嘘を吐くべきだった。
「それもいいです。いつものことですから」
カテリーナは口をすぼめて不機嫌そうだ。「それにしても汗臭い。シャツも汚れていますよ」
「あぁ。雨が降ったろ。それにずっと走りっぱなしだったんだ。バタバタでね。身なりを気にしている暇がなかった」
「アンナ様は?」
「あいつならピンピンしてる」
「けど何かトラブルがあったんでしょう?」
心配そうだ。
「それも解決した。だからここに戻ってきたんだよ」
「そうですか。なら良かったです」
一応、カテリーナは安心をして納得はしてくれた様子だった。正直に全てを打ち明けるよりもずっといい。
「まずは風呂屋に行くよ」
「戻ってきたら食事にしますか?」
「そうだな。ここ最近は本当に碌なものを食ってない」
旅の最中は乾パンとワインの繰り返しだった。途中の集落で、馬の餌として草を盗んだときに、干してあったウサギの肉も頂いたが、あれも味付けがなく不味かった。
「本当に大変な旅だったんですね」
「そうだな」といいつつ、まだ何も終わってないことを考えると気が滅入った。
■
夜になった。燕小路に並ぶ娼館の一つ、赤煉瓦館の前でエリオットとアンナは落ち合った。
「顔色は良さそうだな」
アンナは黒いローブにランタンを提げている。格好がいよいよ魔女じみてきた。
「カテリーナのご馳走を食った。肉団子にマスタードをつけてたっぷり。あと野菜のスープ、魚のホワイトソースがけとチーズだ」
「最後の晩餐か」
「縁起でもないこと言うな。カテリーナは料理好きなんだよ」
「またお前の番だ。娼館に知り合いは?」
「いないよ。利用もしない。刑吏は親父の代までだ」
「となると私たちは押し入ることになるな」
「俺が先に行って部屋を取る。窓の縁にこのハンカチを掛けるから、入ってきてくれ」
「利用しないんじゃないのか?」
「親父が昔管理してから気まずいだけで、利用方法を知らないわけじゃない」
「話の整合性が取れなくなってきたな」
「認めるよ、俺は男だ」
エリオットは両手を上げた。
「行って来い、スケベ野郎」
「ナポリ女をこましてくる。見てろよ」
そう息巻いてエリオットは娼館へ入った。
■
普通の家よりも少しばかり大きいサイズの屋敷だった。一階の椅子で中年の女がくつろいでいる。派手な化粧をした女だ。ここで若い娼婦の管理をしている女将だろう。
膝くらいの高さのテーブルが女将の前にあり、その四本の足には細やかな意匠が施されていた。どうやら儲かっているらしい。テーブルの上にはチェスと、帳簿らしき本が広げられている。
「いい女がいると聞いた」
「どんな子?」
「ナポリの女だ。名前はアレクサンドラ」
「あの子なら今、接客中。他の子でいい?」
ついてない。
エリオットは舌打ちをした。
「どうしてもその子に相手して欲しいんだ」
情けない台詞だ。
「駄目だよ。今夜はもう相手がいる」
「誰だ」
「そんなの言えるはずないでしょ」
「わかった。他の子にするよ。どんな子だ」
「十二歳。ブレーメンの子」
「子供は働けないはずだ。違法だろ」
親父の時代は管理が行き届いていたはずだ、とエリオットは言いかけたが止めた。
「本人が働きたいって言ってんのよ。あたしだって十歳からこの仕事をやってる」
「わかった。出すよ」
とりあえず前に進む必要がある。
「前金制一グルテン」
「それくらい知ってる。ほらやるよ」
テーブルに金を出した。
「上がって手前の部屋。右側ね」
エリオットは女将の横を通り過ぎ、階段を上がっていった。
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