5-8
■
「どうだった」
納屋に戻ると、アンナが鉄扇で顔を仰いでいた。
「逃げられた」
「のろまめ」
「そいつは? 何者だった」とエリオット。
アンナは地面に突っ伏している男の黒い頭巾を取った。潰れた鼻と血だらけの顔が露になる。瞼は開いたままだ。瞬きをしない。
「死んでる」とアンナ。
「お前が殺したんだろう。これじゃお互い手がかりがない」
「偉そうにいうな、のろまの方が重罪だ」
「足が遅かったわけじゃない」
エリオットも黒い頭巾を放り投げた。
「なかなかの策士だな。周りの奴らを全員殴らなかったのか?」
「あんたは狂ってるよ」
「向こうが一枚上手か」
「してやられた」
エリオットは首筋を触る。生暖かい液体の感触。指を見ると血だ。少しだけ切られていた。
「で、惑星の書を奪われたぞ、お前がこいつに捕まったせいで。金の卵が消えた」
「ご説明ありがとう」
「のろまの上に腑抜けだ」
「死ぬよりマシだと思った」
「それでよく刑吏とか抜かす」
「俺じゃない。俺の親父までだ」
「どちらにしろ腑抜けだ」
「あぁ。俺が悪かったよ。だけどあんただって油断してたろ」
「扉の外から中に死体があるって気づけってのか?」
「クソ」
エリオットは血の着いた指をズボンで拭いた。
「いいか、エリオット。お前は馬鹿だ」
「何がいいたいんだよ」
「私はお前のように手がかりを逃がしたりしてない。確かにこの男は不慮の事故によって命を失ったが、ここにいる。手がかりはこいつだ。これを見ろ、こいつが持っていた」
アンナはくしゃくしゃになった紙を差し出す。エリオットは受け取り、それを広げた。
「傭兵か」
軍人服務規程に関する誓約書だった。
「どこで発行されたものだ?」
下部には男のサインと、募兵を受け付けた場所が記されていた。
「ニュルンベルクか」
脇には書記官の名前があった。
「私が言ったのを覚えてるか?」
「あぁ。募兵があったって言ってた」
教会で言われたことを思い出した。借金返済の為に戦争に出ろと強制された。
「この男は本気で戦に出ようとしていたわけじゃないだろう。傭兵になれば手付き金が手に入る。それが目当てだ。せこいチンピラだよ。もちろん金を貰ったら服務規程に沿って、閲兵場に向かう義務があるが、誤魔化したんだろう。手付き金の一部を使って身代わりを立てるとか、何でも出来る。つまり、こいつはあの日以降、ニュルンベルクで誰かに雇われたってことだ」
「誰だ」
「さぁな。そこまではわからん」
「クソ。こいつら、俺を殺す気だった」
「結構本気だったな」
「どうする?」
「決まってる」
アンナは男の顔に足を乗せた。「こいつに聞くんだ。逆襲だ」
■
ケルンの城壁の門が開かれる。
朝から市場に向かう農民が列を成している。
「本当に邪魔だな、貧乏人ってのは」
アンナは一言多い。二人は馬に乗っている。
「あんたは生まれたときから金持ちか?」とエリオット。
「私はせめて他人の迷惑にはならないように、と思って生まれてきた」
「馬から落ちるぞ、俺は」
「脅しか? 一向に構わん。なんなら地獄まで落としてやろうか」
「悪いが俺が行くのは天国なんでね」
「これからは地獄かもしれんぞ」
「故郷に戻るのにな」
二人はケルンを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます