5-6
「クソったれ」
大声で叫んだ。アンナを待っていられない。
先の見えない闇を進む。死体は動き出していなかった。静かな夜だ。
「ドニミク」
エリオットは呼びかける。期待はしないが、当然返事はない。
最近は返事がないことにも慣れてきた。
他人に好かれるようなことをしていない証拠だ。
目を凝らし、辺りを見回す。
闇の中で一際、濃い黒を見つけた。人の影だ。ドミニクか。アンナはまだ来ない。エリオットは聖剣の柄に手をかけた。
自分の価値を証明するときだ。
■
「街の中の教会だ。広くない」
エリオットはドミニクの前に姿を見せた。
ドミニクは墓地の奥に佇み、エリオットを待っているようだった。
「この墓には、俺の母親がいた。場所がないから掘り返して、今度は弟を埋めたんだと」とドミニク。
墓石を見つめている。
「どこもそうだ」
都市の人口増加は、深刻な問題だ。墓地不足はニュルンベルクも同じだった。
「お前は強いのか?」
「なんでみんなそれを聞くのかな」
一番聞かれたくないことだ。「俺は弱いよ」
ドミニクは本を開く。背表紙に千切れた鎖がぶら下がっている。惑星の書だ。
闇の中からドミニクを囲むように死体が現れた。全部で五体。さらにその周りにも気配がする。土が盛り返り、死体が次々に動き出している。
「あっちの女じゃなくてよかった」
「いや、そうは思わないな」
死体がエリオットに襲い掛かる。剣を抜く。一度に五体は無理だろう。せいぜい一体か二体。残りの三体については考えないようにした。
刺し違えても、ドミニクを――。
エリオットがそう考えたときだった。
「遅いんだよ」
エリオットの横を黒い影が通り過ぎる。回し蹴り。着地してそのまま水月蹴り。さらに宙返りして裏拳を繰り出す。
アンナだった。手にはランタンを持っている。
「自殺するつもりだったのか? のろま」とエリオットを見る。
「待ってたんだ」
「ここの死体はこれで全部か」
アンナは首を鳴らした。
「いや、まだだ。仲間は続々登場してるよ」
「いいもんを持ってる」
アンナは瓶の蓋を開け、それをばら撒いた。
「油だ」
ランタンを地面に叩きつける。蝋燭の火が油に燃え広がった。エリオット、アンナの後ろに炎の壁が出来上がった。
「これで死体は入ってこれない」とアンナはほくそ笑む。
夜風が吹き、炎は燃え広がる。死体たちの乾いた身体は、炎のよい燃料になった。破裂音と呻き声が交じり合い、夜の墓地に響き渡る。
「二対一だな」とアンナ。「私はこの状況を少しも卑怯だと思わない。容赦なく、お前を殺す。ドミニク」
「まだだ。まだいる」
ドミニクの足元から死体が出てきた。
「ゲルオクか」とエリオット。
「背格好はヴォルフにそっくりだな」
アンナが続けた。
「ゲルオク――。お前の兄だ。ドミニクだ。わかるか? 今から俺たち二人であいつらをやっつけよう」
ドミニクはゲルオクの前に回った。
だがゲルオクの顔を見て、後ずさりをする。
土に汚れ、左眼からは蛆が沸き、蚯蚓が口から飛び出していた。肉はただれ落ち、骨が露出し、髪の毛はまだら。
「馬鹿な男だ」
アンナは吐き捨てる。「無駄なんだよ」
エリオットにもアンナの言葉の意味はわかっている。背後で燃えている死体どもを見ればわかる。
奴らには心がない。ドニミクに操られて、攻撃を繰り返し、彷徨うだけの屍だ。
「悪魔の化身に人の魂が天から戻ってくるはずがない」とアンナ。
「ゲルオク」
ドミニクは弟の名前を呼ぶ。
「ゲルオク、わかるか?」
だが唸り声を上げるだけだ。猿と変わらない。
「なんで――」
ドミニクの失望したかのような声。
「お前、そいつを他の死体と同じように道具みたいに扱えるのか?」
アンナがドミニクに尋ねた。
「おい、アンナ」
エリオットは言葉を制しようとする。
「同情はいいんだよ」とアンナ。
「なんでなんだ!」
ドミニクが声を張り上げる。ゲルオクは呼応するように遠吠えのように天高く声を上げ、走り出した。
「あっちはやる気だ」
アンナは構える。
「アンナ、待て」とエリオット。
ゲルオクを殺す気だ。
「お前もそろそろ決めておけ」
アンナはエリオットに言った。
ゲルオクは大男とは思えないほどのスピードで走り迫ってくる。腕を振り上げ、そのまま振り落とす。
アンナは横っ飛びで躱す。ゲルオクの拳が落とされた土が砕けるように舞い上がる。
「こっちだ、うすのろ」
回し蹴り。ゲルオクの首が曲がった。
だが死体には関係ない。その攻撃からアンナの位置を捉えて、腕を振り回した。
アンナは回転。身を翻して、着地。ゲルオクと距離を空ける。
「ドミニク、もうよせ」
エリオットはドミニクを見る。「弟を二度、死なせるか。弟に名誉と安らぎを与えろ。お前なら出来る」
「煩い」
ドミニクは手を向け、魔力をドミニクに送り続けているようだ。既に正気ではない。身体は小刻みに震えて、目は充血により赤く染まっている。魔力がドミニクの心と身体を蝕んでいた。
「ゲルオク行け!」と叫ぶ。
ゲルオクはドミニクの指示に従う。生きる屍にもなれない、奴隷の屍だ。アンナに接近。拳から突っ込んだ。
「だから言ったろ? うすのろ」
アンナは片手でゲルオクの拳を受け止めた。ゲルオクの身体がぴたりと止まる。アンナはドミニクを見た。そして見ながら、受け止め掴んでいるゲルオクの拳を砕いていった。
骨が割れる音。ゲルオクは唸り声を上げることしか出来ない。だがその言葉にもならない、動物のような唸り声がエリオットの耳には助けを求める声にも聞こえる。
アンナはゆっくりと視線をエリオットに移した。
そろそろ決めておけ――。
言葉の意味がわかる。
「ドミニク――」
エリオットは自分の親指を噛んだ。親指の腹に赤い血が滲む。
ドミニクはエリオットのことに気づいているかも怪しい。魔力に蝕まれ、無残なゲルオクの姿に幻滅し、精神が崩壊している。呼吸だってままなっていないようだ。
アンナに破壊されていくゲルオクを必死に死霊術で動かし、生きているように見せかけているのに精一杯だ。ドミニクは膝をついた。気力が限界なのだろう。
エリオットは剣を抜いた。
錆びついたボロの聖剣だ。
親指の血を垂らす。
聖剣が白く輝き、生まれ変わった。炎の赤を映すほどに滑らかで美しい刃を持つ剣。柄を両手で強く握り、円を描くようにして頭の上に掲げる。
「エリオット、やれ」
「わかってる」
エリオットは錯乱したドミニクの後ろに立った。
剣を振り上げる。
ドミニクは無抵抗だ。自我を失い、死んだ弟に執着するだけの生き物だった。
「どうした?」とアンナの声。
エリオットはドミニクの首を見る。斬るのか。頭を跳ばすのか。自問。答えが出ない。こいつには家族がいて人生があった。それを奪えるのか。ここで俺が止めを刺すのか。
「クソ」
止まった。「出来ない」
「エリオット!」
「俺には無理だ。人を殺すなんて出来ない」
「腰抜けが」
アンナが駆け寄ってきた。
聖剣を持っている彼の手首を握った。
「おい、やめ――」とエリオット。だがアンナは止まらない。
アンナは握ったエリオットの腕を振り落とした。
ドミニクの首が飛んだ。
「今度は剣を下ろす場所を間違えるなよ」
アンナの手がエリオットの手首から離れた。
「そんな」
呟いた。
「これが仕事だ」
アンナは言った。
「クソ――」
エリオットは後味の悪さに呟いた。
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