5-2

 それから二人が向かったのはシュミール通りと呼ばれる場所だった。

「確かに宿屋は多いな」

 アンナの言ったことは間違っていなかった。

 四つのジョッキ亭、赤煉瓦館、双子の天使亭、白馬亭、大釜亭。だがそれ以上にこの通りで気になるのは行き交う人々の層だった。明らかに柄が悪い。都市の恩恵を受けているとは思えないような人間ばかりだ。洗練されていない。つまり貧困層。物乞い、放浪者、病人、娼婦、育ちの悪そうな連中ばかりだった。

「得意だろ? こういうの」とアンナ。

「それはこっちの台詞だ。あんたこそ、こういう奴らを相手に仕事してるだろうが」

「大好物だよ」

「で、宿屋はどれだ?」

「それだ」

 エリオットのすぐ手前にある民家だった。横には裏の庭へ続く小道がある。

「宿屋は?」

「ここは一泊一クロイツェルだ」

 パン一つ分にも満たない金額だ。冗談のような価格。格安だ。

「訳ありか」

「この通りはならず者ご用達の隠れ家が何件かある。家の主人からしたら簡単な副業なんだよ」

「別に俺たちはならず者じゃないだろ」

「ドミニクに居場所を知られたくない。ここはケルンだ。故郷じゃない」

 アンナの言うとおり、警戒して損はないだろう。「それにここは特別だ」

「ノックすればいいのか?」

「足の悪い爺さんが出てくるぞ。悪魔じゃないから殺すなよ」

「そんな奴、ほっといても死ぬだろ」

 エリオットは扉をノックした。

「誰が死ぬって」

 扉が開いた。中から老人が顔を出す。

「うちの扉は薄いんだ」

 老人は続けた。前歯が欠けており、禿げ頭の所々には茶色い染みが目立つ。「けっ。入んな」

 足を引き摺りながら、家の奥へと消えていく。

 エリオットはアンナを見る。

「お互いに最悪の第一印象になったってだけだろ」

 アンナの口元は緩んでいた。

「いつも貧乏くじばっかだ」

「馬は庭に繋いでおけ」

 部屋の奥から老人の声が聞こえた。言われたとおり、まずは庭に入って馬を繋いだ。

「金払え」

 裏口から足を引き摺った老人が出てくる。

「二人で二クロイツェルだ」とエリオット。

「しけてんな。他には?」

「他ってなんだ」

 エリオットには訳がわからない。

「最近、居酒屋で殺された鍛冶屋見習いの男がいる。そいつの父親がどこに住んでるか知りたい」

 アンナが割り込み、老人に三グルテンを支払った。

「いつまで?」

 老人はぶっきらぼうな口調だった。目線は敵意のようなものが剥き出しだ。

「明日の夜だな」

「けっ。たったこれだけか?」

「ほら、じゃやるよ」

 アンナがもう一グルテンを老人に握らせた。

「けっ。しょうがねぇな。クソが。そこの納屋で寝てろ」

 老人は足を引き摺りながら、家の中へ消えた。

「あの爺さん、人探しなのか? 金も随分払ったみたいだ」

 一晩一クロイツェルだが、その何十倍もあるグルテン金貨を四枚も支払っていた。

「特別だ。あいつはならずの王の一人なんだよ。ケルンの物乞いと浮浪者を管理してる。市参事会にも顔が利くし、四人いるならずの王の中では一番連絡が取り易い」

「あの爺さんがならず王ね。意外だな」

 見かけによらないものだ。

「ここに泊まっておけば、他のならず者連中へのけん制にもなる。仕事の前に妙なトラブルはご免だからな」

「なるほど」とエリオットは頷いた。

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