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ヴァレンシュタインの屋敷を出た。エリオット、アンナ、ヴァレンシュタインとハンスの四人は市庁舎へと移動をした。
「どうしてこの二人がいるんだ」
八十グルテンを手に入れたアンナは、ヴァレンシュタインとハンスを邪険に扱う。本人に聞こえてるのもお構いなしだ。
もちろんエリオットは何も答えない。火に油を注ぐ必要はないからだ。
「少しここで待っててくれ」
市庁舎の前に着くと、エリオットはアンナへ言った。アンナの後ろに噴水がある。周りでは女たちが立ち話をしていた。
「外で?」
「中でもいい。ですよね?」とエリオットは市参事会員のヴァレンシュタインに許可を求めた。
「来賓用の部屋で待っていてくれればいい」
どうやらヴァレンシュタインもこのじゃじゃ馬の扱い方をわかってきたらしい。「ハンス、案内して差し上げろ」
「来い」とハンスは一言。
アンナは黙って彼に着いて行った。
残されたのはエリオットとヴァレンシュタイン。
「聖剣ですよね?」
「地下の宝物庫にある。鍵を持っているのは、もう私だけだ」
二人は市庁舎の地下へと向かった。
■
市庁舎の地下には拷問部屋と牢獄がある。床に広がる黒い影は、罪人が流した血の痕だとはっきりわかった。牢獄には今も数人と犯罪者が捕まっていた。酷い格好だった。酸っぱさと腐った木ような土臭さが混じった匂いが立ち込めていた。ここはかつてエリオットの父の仕事場でもあった。
「ここへは?」とヴァレンシュタインはすまし顔で牢獄の前を通り過ぎていく。
「二度目です」
捕まり鎖に繋がれた罪人の中には二人を見るなり、罵詈雑言を浴びせてくる者もいた。門番は、二人が入る前に外へと出された。
「少ないな。もっと来ているものかと思っていた」
「好きじゃないんですよ、この雰囲気」
「じきに慣れる」
「戦地ではあんな風に叫ぶ奴なんてたくさんいたんでしょうね」
「一番酷いのは戦いの後の略奪だ。勝った者は敗戦した兵士から全てを剥ぎ、それでも満たされずに近くの村を襲い、食料、金、女。全てを力ずくで奪う。その時の叫びに比べたら、あんな奴が何をいおうと、犬の鳴き声にしか聞こえない」
牢獄を抜け、さらに通路を進む。ここからは蝋燭の灯りが必要だった。エリオットが火をつけ、灯りを持つ。
以前に来たときは、父親と一緒だった。
「ここの存在を知るものは少ない」
ヴァレンシュタインは鍵を取り出し、扉を開けた。
「火をもらえるか?」
エリオットは、ヴァレンシュタインが手に取ったランタンに蝋燭の火を分けてやる。左右の壁に一つずつ。ヴァレンシュタインはランタンをかけた。
小さな部屋の視界が開ける。埃臭い。部屋の中央には、オークの板に銀を被らせ、さらに金細工の意匠を施した箱が置いてある。
「誰もこんな牢獄の奥に、本物の帝国宝物があるとは思うまいな」
ここは存在を隠された聖具室だった。
帝国自由都市、ニュルンベルクが保有している帝国宝物がここに保管されている。
「他には誰が?」とエリオット。
「皇帝とその側近。この街では今や私と君だけだ」
市民は、この街に帝国宝物が保管されていることを誇りに思っている。そして人々はその帝国宝物が街の聖霊救護院で保管されているものだと考えているが、それは違った。
「年に一回の展覧会で開示している十字架の欠片、聖槍、そしてカール大帝の聖剣。それが偽物だなんて、これから先、誰も気づくまい」
エリオットは呼吸を整えた。
自分が持つべき物はわかっている。
「聖遺物容器を開くんだ」
エリオットは中央に保管されている金銀の箱を開いた。
十字架の欠片、聖槍、聖剣が収められていた。
「見るのは初めてですか?」とエリオット。
刃が錆びて黒くなったボロボロの剣。帝国宝物の一つで聖剣と呼ばれているが、今にもその刃は崩れ落ちそうだった。
エリオットの目的の品だ。彼の一族と深く結びついている聖遺物。
「そうだな」
「別に大したものじゃないですよ」
エリオットは親指の先を噛む。赤い血が膨れる。
それを一滴、錆びた聖剣に落とした。
これをするのは人生で二度目だ。
「素晴らしい」
エリオットの血に触れた途端、黒く錆びていた聖剣が息を吹き返す。鋼の輝きと強さを取り戻していった。その刃の光は見ている者を吸い込むように神秘的だった。
「これが奇跡か」
ヴァレンシュタインは手を叩く。右が義手なので鉄の音が響いた。
「魔女殺しの剣です」
「不老不死の存在を殺す唯一の武器」とヴァレンシュタイン。「妖艶だ」
「しばらくすればまたボロに戻ります。では預かりますから」
壁に掛けてある鞘を取ると、聖剣を収めた。「戻りましょう」
待たすとアンナが怒る。
「戻る前に少し話がある」
扉の前にヴァレンシュタインが立ちふさがった。
「少しだけだ」
ヴァレンシュタインはわざとらしく咳払いをする。
悪い予感がした。
「構いませんよ」とエリオット。
「アンナを殺して欲しい」
エリオットの時が止まった。
「魔女だから?」
理由は十分だ。
そもそも魔女が市民として暮らしていること自体があり得ない。
「マルコは彼女に弱みを握られていたとか何かで、ずっと生かしておいたようだが、その庇護者がいなくなってはな。魔女はニュルンベルクにとって一利とならない」
「ドミニクを殺した後にアンナも、ということですよね?」
「その通り。アンナの取り分の半分を君にやろう」
「太っ腹だ。驚きます」
アンナの取り分が二千グルテン。。
「返事を聞きたい」
「善処します」とエリオット。
「惚れたのか?」
「嫌いですよ」
自分にとっては魔女と悪魔が合わさったような存在だ。好きなはずがない。だが命の恩人でもある。「ただ、アンナが何を司るのかわからない。ドミニクが死霊術を手に入れたように、アンナも何かを司る魔術を使えるはずです。それがわからない段階で返事は難しい。知っていますか?」
「それについては答えられない。実は私も知らないのだよ」
能力は不明、か。
「僕は弱いですよ。とても」
「そんなもの理由にならない。それに見たところアンナは君を信用しているようだ。仲間の首を取るのなら、弱い君でも簡単だろう。裏切ればいい。断ることは出来ないはずだ。死刑執行人エリオット・アングストマン」
それから二人は聖具室を出た。
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