思い立ったら書くBL短編いろいろ
氷川白丸
ゆく年、くる年
「はぁー寒っっ!」
隣の少年は、ぴょんぴょんとその場で軽く跳びはねながら悪態をついた。
「言うな、言うだけ寒くなる」
俺はポケットの中でカイロを
年の瀬も押し迫った東京。俺とそいつは、いつ果てるとも知れない長蛇の列のただ中にいた。天気図は絵に描いたような西高東低、関東平野を冷たく乾いた風が吹きすさぶ。雲ひとつない冬晴れの空も暖房の効いた室内から見れば美しかろうが、こうして屋外にいると、放射冷却を生んでいるであろうその抜けるような青さが憎らしく思えてくる。
「しかしまぁ、何か話してないとやってられない気分にはなるな」
「ですよね~」
相変わらずの軽い口調だ。出会った頃には、その口調を「若者らしい」と形容したくなる自分の加齢を実感し、微妙な気分になったものだが、このところはこの口調も愛嬌だと思える。
「前にさ、成田山でも並んだことがあるんだけど。大みそか。あれを思い出すなぁ」
「成田山?」
「そうそう。千葉のね。ちゃん君、知ってる?」
んー、と一考し、「お相撲さんとかが豆まきしてる……?」と少年は言った。
「あはは、そっか、そういうイメージかぁ。節分のやつね」
「悪いスか」
「悪くない悪くない、たしかにあれは有名だもんね」
「
「そういうわけじゃないけど、実家が千葉だから、まぁ何度か行ったことはあるな」
「へぇー、俺は行ったことないや」
……可愛いな。じゃぁ今度案内しようか、と冗談にならない冗談が口をついて出そうになる。
「芋サン」こと俺は、チェーンの書店に勤める平凡なサラリーマンだ。ただひとつ平凡でないところがあるとすればゲイだということだが、この少年、すなわち「ちゃん君」とは決してアレでソレな関係などではない。きわめて清廉潔白な……と言い切れるかどうかは微妙だが、清い関係であることは天地神明に誓って事実だ。
俺とちゃん君は、都内の公園で知り合った。そこはスマホで遊べる拡張現実ゲームの中でアイテムがもらえるポイントになっていて、俺は初心者プレイヤーとして訪れたのだった。仕事でIT系の書籍も担当している関係上、流行りのゲームは一応知っておかねば、という我ながらマジメな動機だった。が、そのおかげで出会えたのだから、人生ってやつは何がどう転ぶかわからないものである。
そんなわけで、初心者の俺はゲームのポイントの操作がいまいちよくわからず、悪戦苦闘していた。すると
「ここっすよ、ここ、これをこうして下さい」
と教えてくれたのが、ちゃん君だった。すんません、見かねて助けたくなっちゃいました、と軽く会釈する坊主頭がチャーミング。
「あ、ありがとう。いや、助かりました」
季節は春だった。俺の心もにわかに春めく、そんな瞬間。
「そっすか。よかったです」
「教えてもらったついでに、恥ずかしながらもうひとつ、いいかな」
「はい! なんですか」
「この、花びらみたいのが舞ってるのは……」
「あー、モンスターをおびき寄せてるんスよ。たとえばですね……」
と、少年は自分のスマホを見せて説明しようとしてくれるのだが、ちゃらん、と揺れるストラップに俺は気づいた。
かわいらしくデフォルメされた男性キャラ。それは「すずめタイトロープ」という日常系アニメに登場する南田というキャラクターだった。南田は主人公の叔父で、電器店の店主。俺はその南田と、主人公のクラスメートの男子高校生、嶋野の二人がお気に入りだった。
そう、俺たちはとても、とても
ちゃん君も、南田と嶋野が好きだった。「すずめタイトロープ」は女性ファンが多い作品だったが、一部の男性にも人気は高く、ちゃん君はいわゆる腐男子というやつだった。しかも、それを話すことにためらいがなかった。その
俺たちはその場でSNSのアカウントを教え合った。「ちゃん君」は、ハンドル名「ちゃんぽん山」君のこと。俺は「うめぼし芋」が「芋サン」となった次第だ。今ではお互い実名も知っているのだが、ハンドル名で呼び合うのに二人ともすっかり慣れてしまい、そのままになっている。
そして気がつけば、こうして一緒に出かけるくらいの仲になってしまった。
「しまった」と形容するのは、まぁ、何と言うか、一応成人したとは言え相手は学生、二ケタの年の差、どことなく背徳感を感じないではないからだ。それで俺は、自分からは手を出さないと、俺なりに一線を引くことにした。そもそも、ちゃん君は腐男子ではあるものの、ゲイかどうかはわからない。
列はなかなか進まない。
「それで、成田山はどうだったんですか」
SNSではタメ口のちゃん君も、現実では敬語になる。そういうあたり、律儀だ。
「お
「はー。フンパツしましたね。でもそれならお願いは叶ったんじゃないすか」
「んー、どうかな」
「何お願いしたんすか」
「……忘れちゃったよ」
「えー、なんだ。話続かないじゃないすかー。何でもいいから話してた方が気が紛れるのに」
「すまない」
「まぁでも、今日は俺、ちゃんと小銭の準備ばっちりです」
「そりゃ、俺もね」
スマホごしにSNSで会話しているのも楽しいが、こうして並んで実際に話していると、それはそれで楽しいものだな、と俺は思った。向かい合って話すのではなく、横に並んで、というのがまたいい。真剣に話すのではなく、本当に他愛もなくだべる、という感じなのだ。学生の頃に戻ったような気分を味わっているのだろうか、これは。思えば最近、こんなに長く時間をつぶす機会はなかった気がする。
ちゃん君は、また思い出したようにぴょんぴょんと小さく跳ねている。多少は暖まるらしい。
「そういえばさ、話変わるけど、商店街に二人、買い出しに行って、それから神社にお参りした時の……十月ごろの話」
「ああ、うん」
俺は記憶をたどる。
「あれは、面白かったな」
「でもあのとき、ちょっと周りの目を気にしてる感じありませんでした? なんかほら、周りカップルとか家族連ればっかで、ちょっと浮いてんじゃないか、みたいな」
「ああ、まぁ、そうだな……そんな感じだったかもしれん」
我ながらあいまいな答えだ、と思った。
「年の差とかさ、やっぱりちょっと、気にしてるんすかね?」
年相応には無邪気なちゃん君は、不意にこちらがドキリとすることを言う。
「まぁでも、周りはそう思っても、本人は意外と気にしてないんじゃないかな」
「そういうもん?」
「そういうもんさぁ」
「はー。さすがに三十代が言うと言葉の重みが違いますな」
「っ……」
三十代と言っても、俺はなりたてだ。
「でも俺は、ああいうの好きなんすけどね」
「……ああいうのって?」
「はっきり表に出さないんだけど、微妙な表情とかさ。おっさんとおにーさんのどちらでもない感じ。大人っぽくって、筋張った感じの顔が、ちょっと子供っぽい笑い方するところ。先月の伊豆旅行の、あの時もそういう感じがして、良かったな」
「ああ、小学校のクラスメートに遭遇して、
「そーそー」
ちゃん君はくっくっと思い出し笑いをしている。
「普段クールなのにさ、大人のくせにちょっとしたことで子供っぽいところが出ちゃうの、かわいいなあって思うんすよ」
「そうか、そういうところに反応するのか……」
「じゃあ芋サンはどうなの? 今年いちばんのエピソードって何?」
「そうだな、おれがいちばんグッときたのは、キャンプで食いすぎてたところだな。食いまくってる時の表情とかさ。夜に二人で外に出て、月明かりの中、あの雰囲気も良かったなぁ。普段は元気で男らしいのに、二人でいると、たまにああいう顔する瞬間がさ……」
「あー。芋サン、そういうの好きだよね。普段は生意気なのに、たまに年下らしさが出る、みたいな」
「ほっとけ」
「いやいや。いいと思いますよぉ」
おどけたように言う。
少し間を置いて、ちゃん君はふとこちらを向いた。
「じゃあさ、もし二人、初詣に行くとしたら、何をお願いすると思いますか?」
「そりゃ……まぁ、今年も二人でいられますように、とか……」
「そんだけ?」
「そんだけ、って……」
下を向いて、ちゃん君はぼそりと言う。
「……俺はやっぱり、もっと……」
それ以上は、聞いてはいけない気がした。
一瞬、風が強くなる。列のあちこちで人々が身をちぢこめる。
「……寒いな」
「……そうっすね。まだですかね」
すぐ隣でポケットに両手をつっこんだまま肩をすくめ、ネックウォーマーに顔をうずめているちゃん君を見て、俺は落ち着かない心持ちになった。言うなれば、そう、抱きしめたくなる。
ようやく列が動き出す。角を曲がると、大きな入口が見えてきた。
「……でもさ、俺、今年はいい年だったと思う。芋サンと会えたし」
「そっか。そいつぁどうも」
マフラーの下でにやけそうになる口をこらえるのに必死だ。
「俺、南田×嶋野みたいな年の差カップリングすげぇ好物なのに、周りに同じ人いなくてさ、しかも俺、男だから、やっぱりなんか気後れしちゃって。だからこうやってアニメ各話のネタで萌え語りができて、イベントにも一緒に来られるようになるなんて、ほんとラッキーだなって」
「うん。俺も……」
言いかけて、言葉を飲みこむ。
「……俺も、楽しいよ」
嘘だ。本当は、楽しいなんてもんじゃない。
ちゃん君は、小さく頷くようにしていた。ややあって、顔を上げる。
「芋サン、来年も、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。でもその前にまずは……」
「今日一日、がんばりましょう!」
「じゃあ、おれは東3ホールから」
「あい。おれは東6の壁からね」
「「うぇい!」」
時は年末、所は国際展示場。推しキャラこそ違えど、カップリングを同じくする俺たちは、一般参加で共同戦線を張ったのだ。
今のところ、ちゃん君とは萌え語りを楽しみ、イベントで共闘する同志。それだけでもいいと、今は思っている。でも、この気持ちの正体が何なのか、いつかはっきりさせなければいけないだろう。それがいつなのか、俺にはわからない。
「あー、くそ! 寒ぃ!」
そう言う彼は、満面の笑顔だった。
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