影山君は影が薄い

非生物的因子

1話 影山心介は影が薄い

1-1 影の男

僕の名前は影山心介、年齢は20歳、女性経験なし、今後もないであろう。僕は俗にいう、非リア充というカテゴリーに属しているのだろう。そして、そんな僕は高校生の時周りからこういわれるんだ。影が薄いと。名前が影山っていうのも、笑えない冗談だが、今では話題にすらされない。僕は本当に影のような男になってしまった。大学生になれば、何かが変わると思っていた。しかし、何も変わらない。みんな彼女ができる、遊べる、人生の最後の青春などといったのは神話だ。実際に通ってみるとわかる、高校時代の延長戦。張り合いのない毎日、張り合いの無い周囲、そして変わることなき日常。もう、大学生活なんてうんざりだ。いつも、僕はこんなことばかり考えている。今もそうだ。校舎内を意味もなく散歩しながら、悶々と一人歩いている。


「すいません」


どこからともなく声が聞こえる。高く、透き通った良い声だ。しかし、それは僕に対して発せられた声ではないはずだ。なぜなら、僕が女子から話しかけられることは、大学に入ってから数を数えるほどしかない。しかも、その全ては実習などの業務連絡なのだ。


「すいません」


再び発したその声と共に、僕の肩をポンとたたいたその女性。ながい黒髪のぱっつんが良く似合う女の子、同じ学科の御津飛鳥だ。そのかわいさは他学科でも噂されるほどだ。僕なんかが到底つりあうお方ではない。


「どうも」


「いま、時間あるかな??」


「あ、うん」


無駄に体に力が入ってしまう。女性に免疫がない僕にとっては、会話だけでもものすごく困難だ。それにしても、飛鳥さんから話しかけて来るとは、いったいどんな話なのだろう。もしかしたら、できるかもしれない。世間話が。


「今度の実習ってレポートって何文字とかあったっけ??」


「い、いやたしかそんなのないよっ」


やっぱりそうかああああ。いや、待て、語尾の最後のっはなんだ。動揺していることがバレバレじゃないか。好意を悟られて、後から学科の女子全体にネタにされたらどうするんだ。終わっている、学園生活がさらにおわるぞ、どうする、どうする。


「影山…くん?」


「い、いやいや、何でもない。レポート頑張ってね、それじゃあ!!」


もう動揺しまくりじゃないかああああ。ボロが出ないうちにさっさと帰ろう。


「まって、影山君」


僕は少し、ぎょっと体を浮かせ、足を止めた。もう心臓はフル稼働していて、鼓動が頭中を駆け巡っているようだ。呼吸もあらくなっていて、なんか視界もふにゃふにゃしている。健康診断だけは自慢なんだが、女性の前だとこうなってしまう。非リア充の宿命か。


「一緒に帰りません??たしかバスでしたよね」


「あ、うん。バスだよ」


「なら帰りましょう」


もう心臓がどうなっているかもわからなくなってきた。幸いにも、飛鳥さんの笑顔を直視していない。直視していたら、石化していたかもしれぬ。ああ、あの悪意のない笑顔で今まで何人の日本男児を海に沈めてきたのか。あぶないところだった。


幸いにもバスはすぐに来た。バスの中、午後6時となるとやはり混みあっている。バスで一番怖いのは知り合いに会うという事。さらに、今日は隣に飛鳥さんがいる。普段は目立たず、知り合いの目から免れることはできるが、飛鳥さんは目立つ。


「影山くんは、普段何されているのですか?」


「あ、うん、ランニングとかかなー」


バスが停留所に停まるため、バスがゆっくりとスピードを落としていく。窓から見たくないものが見えてしまった。あれは、同じ学科の女子の山北と村崎だ。僕みたいな内向的な非リア充を嫌い、真逆の世界の住民。イケイケ大学生なのだ。


「へえ、なんかスポーツとかやってるの?」


停留所に停まり、ドアが開く。バスに入ってきたやつらとの距離はおよそ3メートル。ばれるのも時間の問題だ。幸い、飛鳥さんはまだやつらの存在には気づいていない。


「スポーツは、空手かな」


「へえー、空手すごい!!」


声が大きい。やつらにばれる。やつらにばれたら、からかわれるに決まってる。


「お、飛鳥じゃんか」


気づかれた。もう、他人ふりをするしかない。


「飛鳥、ひとり?」


「ううん。影山君と話してたんだ」


「どうも」


「飛鳥ってこういうのタイプなの?」


おいおい、土足で人の心に入るなよ。この礼儀知らずが。飛鳥さんから嫌な言葉は聞きたくない。耳の鼓膜破ってくれえ。僕は耳を塞ごうとした。


「どういうこと?」


「飛鳥って、すぐごまかすよねえ。まあ、ないかこんな根暗。じゃあ、降りるからまたね」


助かった。飛鳥さんの神対応なのか、天然なのか知らないが、僕の自尊心はなんとか保たれた。全く悪魔のような奴らだやつらは。


「どうしたの影山君?」


「う、ううんなんでもないよ」


また動揺を見してしまった。せっかく飛鳥さんと話せるという空前絶後のイベントが発生しているというのに、非リア充の僕は何をしている。


「じゃあ、影山くん私は、降りるねまたね!」


「あ、」


僕は小さく手を振った。いや、小さくしか振ることができなかった。僕が普通の大学生なら、連絡先とか聞いただろうな。でも、僕にはそんな勇気もないし、あったとしても相手にされない。僕は影のような男なんだ。ひっそりと生きていけばよい。


いつもの夕日が、歩く飛鳥さんの背中を照らした。今日の夕日はなんだかいつもより、やけに明るく、また色濃かった

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