ようこそもう一つのVR(現実)へ
@alphaveda
第1話 SwitchTool
「やっとこの日がやって来ました! 全国のゲームファンが待ち望んでいたVR専用ゲーム機、SwitchToolの発売です。連日お店の前には、行列が並び昨日の朝から待っていた人も少なくないようです。ここで、並んでいる人にインタビューをしてみましょう。」
テレビの画面には、ニュース番組のアナウンサーがマイクを持って、興奮の色を隠しきれないまま、ひたすら喋り続けている。
ショップの前には、5、6人で肩を組みながらカメラに向かってピースサインをしている人。
また、眼鏡をかけてチェック柄のシャツを着ている男性も映っている。
典型的なニートの格好だ。
まあ、誰が買っていようがもう、俺には関係がない。
「俺は既に、買い終わっているからな。」
誰がいるわけでもないのに独り言を言った。
左手には、アナウンサーより正確に言えば、フルダイブ専用VR機器【SwitchTool】を持っている。
それは、サンバイザーのつばの部分をそのまま下に折って、半透明のつばが目を保護する。
その機器に向かって右側に、〈power〉の文字がある。
本体の色は完璧な白。
本当は他の色が良かったが、在庫が残っていたのは人気のない白色だけだったのでしょうがない。
ゲームを始めるために、SwitchToolから伸びるコードの先のUSB端子をパソコンにつなげる。
買ったばかりの状態であるならば、ゲームソフトが入っていない少し高めな鉄の塊と成ってしまう。
ゲームソフトをダウンロードするべく、パソコンで公式サイトへ飛ぶ。
サイトには、ファンタジーワールドというゲームの紹介映像と、ダウンロードリンクが貼ってある。
しかし、それ以外のダウンロードリンクはなかった。
それはそうだ、これは今日発売されたのだから、ゲームソフトが多いわけがない。
むしろ、今日に合わせて専用のゲームを作れたことはすごいことだ。
名前のファンタジーワールド(略してFW)は、名前だけを見ると単純すぎて面白くなさそうなイメージがあるのだが、実はその逆だ。
特徴として、ゲーム内通貨が現実のお金に換金できる。
FWでの最小通貨である1Mは、現金にして0.01円。
これが、初のフルダイブVRゲームの人気にさらに火をつけた。
まだ他にやり込み要素があるのだが、きりがない。
ダウンロード完了すると、ぴこん、と音が鳴ってSwitchToolの半透明の部分に〈complete〉の一文字が表示される。
それを確認して、パソコンのウインドウを閉じてから、正面から見て左側にある電源ボタンをつける。
右側にある〈power〉の文字が、緑色が点滅する。
これはデータを立ち上げている途中の印で、点滅が終わると使うことができる。
やがて、点滅しなくなった。
あとは、起動させるための言葉を言うだけである。
その言葉は、〈リードオフ〉だ。
SwitchToolを帽子のように頭から装着する。
とうとうこの時が来たのだ。
あまりの興奮のせいで手汗が滲んでいる拳を握りしめた。
そうして、勢いよくその言葉を言い放った。
「リードオフ!!」
ブゥゥゥン、と言う機械音の後に暗くて何もなかったのに目の前が真っ白の世界に変わった。
首を左右に回すと視界もそれに連れて移動する。
これが、VRなのだ。
今この瞬間が、俺の初のフルダイブVR体験であるから、実を言うとどんな風なのか全く知らなかった。
初めてであるのは当然である、と言うのはアナウンサーも言っていた通り、この機械こそがフルダイブVRの第1号機であるからだ。
なので、不安に思うところはたくさんある。
政府によって認可された機械であるから、ログアウトできないなどと言った事件は起こらないと思うが、万が一バグか何かの不具合で、ログアウトできなくなったらどうしようと言う不安はある。
だが、それが起こる可能性は限りなく0%に近い。
なぜなら、SwitchToolは脳波を常に観察してもし異常が見られた場合には電源が落ち、強制ログアウトさせるようにプログラミングされている。
その他にも、ちゃんとクエストをクリアできるのかとか、【CSS】についての不安は消えない。
CSSの概要については、以前ゲーム特集本に載っている際に興味が湧いて、少し読んだから大雑把には理解している。
わかりやすく言うと、ゲームを長く遊べるようにするシステム。
確か本に載っていたのを使わさせてもらうと、例えば楽しいことをしているときは、時間が早く流れているような気がするが、反対に嫌なことをしているときは時間が遅く流れている気がする。
そのロジックを科学的に再現して、長く遊ぶようにするシステムがCSSであると。
ゲームを起動させてから、5分ぐらいたった頃、目の前にカラフルな色で文字が浮かび上がった。
〈Welcome To FW!!!〉
不思議なことに、それまでどこまでも白かった空間から、次々に生き生きとした艶のある緑色をする草が生えてくる。
一本また一本と生えてくるスピードが、徐々に増えていく。
草が生えるのに見とれていて気がつかなかったが、いつの間にか上空には青空が広がっていた。
ある程度の地形の生成が終わると、そこは限りなく緑の草原が広がる場所になっていた。
頰に何かが触れるような感覚がしたけれど、触れたものに実態はない。
左から右へと絶え間なく、続いて流れていく。
それに合わせて草も波打つ。
つまり、風が吹いているのである。
「すごい……。」
思わず口から溢れてしまった。
俺がいるこの空間は、本当にVRの中なのか、そう思わせるぐらい現実の世界で起こる風に酷似している。
体にあたる感覚、風が吹いてくる方から草が波打つ。
耳に入ってくる音や空に浮かぶ雲の動き。
どれを取っても、完璧としか言いようがない。
ここまでリアルに近づけることが、出来るロジックを搭載することに感動した。
まず最初に自分のアカウントを作った。
髪の毛は、薄い紫色である。
目の色は現実と同じく黒色で少しつり目、身長と体重は平均的な設定にしておいた。
アカウント作成を終了して、名前を決める画面に切り替わった。
体から20センチメートルぐらい離れたところに半透明のキーボードが現れ、その上にモニターが配置されている。
一体どのような名前にするのか迷ってしまう。
悩みに悩んで、他のゲームでも使っている名前を使うことに決めた。
〈kamiya〉
そう入力するとモニターに表示されたロード中のマークが、ぐるぐる回ってからokマークが表示される。
この世界では、同じ名前を持つアカウントが存在しないように設定されている。
なぜなら、今後開催する予定のイベントでの報酬の譲渡する時にスムーズに行うためだからだ。
名前の入力を終えれば、次はチュートリアルの始まりだ。
まずは、メニュー画面の出し方。
左手のどの指でもいいからそれを左から右にスライドさせれば、下に道具やフレンドといった各メニューが出てくる。
やっと終わった。
次からは、普通のVRの世界へと行くことができる。
胸の高さぐらいのところに〈Let's start〉の文字が表示される。
右手でそれを触れた、いや、手に何かが触れた感覚はなかった。
正確には、手をかざしたと言った方が近いのかもしれないが、ちょうどその二文字の間から光が空間を切り裂きながら差してくる。
あまりの眩しさに手で目を覆いながらも、裂け目の奥に何があるのかを見るためにじっと視線をそらさない。
しかし、奥にあるものを見ることができず光しか見ることができない。
やがて、裂け目から出てくる光が全てを包み込んだ後、目の前が一瞬にしてブラックアウトする。
意識を失ったわけではない。
目はしっかり開けているつもりだったのに、視界に暗黒が広がるばかりである。
気がつくと、広場の中にいた。
その広場には、真ん中に塔がそびえ立つ円形の噴水があり俺はその前に転送された。
周りを見渡すと、おそらく俺と同じように設定を終えたプレイヤーが、次々に転送されてくる。
広場の噴水から30メートル四方の床には芝生が植えていて、その端より3段の階段が上方向に伸びている。
階段には、座りながらこちらを見ている人が何人もいた。
その人の中には、転送されてくる人に話しかけたり睨め付ける人がいる。
知り合いもしくは、スカウトをするのか、理由は人それぞれだと思うが、俺は誰にも話しかけられなかった。
発売前から各SNSを使って、クランやグループを作り活動する団体が何個かあった。
最初からみんなでやっていれば、達成感が薄れるので、もし一人で攻略しにくい状況になったらクラン活動を開始するつもりだ。
それらの人を横目に見ながら、宿屋へいくためにとりあえず広場を後にする。
左手の人差し指を左から右へとスライドさせて、メニュー画面のマップを開いたから宿屋をマーキングする。
視界の左下端にマップを移動させ、マップのウィンドウを開いたままそれを目指して歩いていく。
思ったほど距離は遠くなかった。
宿屋は、木製ではなくレンガで作られていて、ヨーロッパを彷彿とさせる建物である。
屋根は黒いレンガで、壁は蔦が覆っているため、その表面は少しの白色しか見えなかった。
窓は、先客がいたのか所々カーテンが閉められている。
扉を押して中に入ると暖かく、オレンジ色の灯が照らしている部屋の正面には、この宿の家主であろう女性が一人そこに立っている。
しかし、彼女は現実には存在しない、つまりNPCである。
驚くことに、普通のNPCではなく人工知能が役割を果たしているから、決まった通りの会話以外もできるということであるのだ。
彼女の方に近づくと向こうから話しかけてきた。
「こんにちは。ようこそ、【イン】へ。宿泊希望の方は、この用紙に名前を書いてください。待ち合わせの方なら、向こうの椅子におかけになって待っていてください。」
その口ぶりや表情、どれを取っても普通の人間としか思えない喋り方だった。
その現象に心を奪われ、見とれていると彼女が不思議そうな顔をしたので、急いで用紙に名前を記入した。
記入後、彼女から渡された部屋の鍵には、08と書かれている。
また、宿泊代はチェックアウト時に払えばいいらしい。
ちなみにこの宿の1日の宿泊代は50Mであるが、俺が今いくら所持していて、その値段は高いのかわからない。
部屋には、受付の両側に設置されている階段の右側を通って行った。
部屋のドアの鍵穴に鍵を通し、会場を確認してから、ドアノブを右へと回す。
ドアノブが、錆びで少し回しにくい感覚や音、手に付く鉄特有のあの匂いまでもが、しっかりと忠実に再現されている。
部屋の中は、木の枠組みのベッドに木製の机、小さい洗面台と冷蔵庫、空調設備といったシンプルな作りとなっている。
一目散にベッドに飛び乗った。
ベッドで横になって、ひと段落したところで、あの言葉を言う。
「リーブ!!!」
その一言を言った途端、目の前が真っ暗になる。
少しの沈黙の後、目の当たりに重みを感じ始め、それを外そうと手探りで探す。
それの正体を確かめると、重さの原因はSwitchToolであった。
そう、さっきの一言によってVRの世界から現実世界へと帰ってきたのだ。
向こうの世界では、とてつもなく長い時間を過ごしたような気がするけれども、実際はそうでもない。
その証拠に、ログインしてからまだ、10分程度しか経っていない。
これが、【CSS】の効果の真髄であり初めて体験したのだが、これ程までとは思ってなかった。
そんなことを考えている時、急に睡魔が襲ってきた。
必死に抗おうとするが、初めてのVRで疲れがたまっているせいなのか、そのまま飲み込まれてしまった。
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