草臥れ幽霊の鴎くん

山波

第1話

 いわく付きの物件だけど、安くて学校に近い優良なアパートが有るんだ。

 なんて、不動産屋の受付でアルバイトをしているクラスメイトの夏菜子の言葉をまにうけた私。

 けれど、まさかこんなにも草臥れたボロアパートだったとは思いもよらなかった。

 今どきこんなに古い建物ならば、取り壊して建て直すのが常識なのだと頭のどこかで思い込んでいたらしい。

 過去の自分をとにかく、叱りつけてやりたい。たしかに、安いことは正義だ。

 だとしても、身の安全を考えるならばもっとお金をかけてもいいはずだ。

 セキュリティも指紋認証までとはいかなくていいから、古臭い木製の鍵しかついていないこの家よりも、しっかりしているマンションとかあるだろう。

 いや、お金がないのは自分のことだからわかるけどさ。

 もうちょい、何かあるはずでしょう。

 そうしていれば、今ほど自分の軽率さに呆れていたりは、してないはずだ。……たぶんだけど。これ以上のグレードのアパートを借りるお金はないけどね!

 嫌になるよ、もう。


「……これが、本当に人の住める家だとでも言うの?」


 つい、本音がぽろりと口をついて出てしまう。それくらいに、ボロいのだから無理はないでしょ。

 普段ならよく回るこの灰色の脳みそも、現状のあまりの酷さに、まともに働いてくれないくらいなんだから。

 今の語彙力では、アホの一つ覚えみたいにボロであるという言葉しか出てこないことを許して欲しいよ。……って、誰に謝っているの? 私は。

 とりあえず、私のアホさは、横に置いておくとして。

 鼻をつく埃臭さというか、カビ臭さが、さらに私の心に虚しさを運んでくれる。

 こんな筈では無かったのだ。これから始まる、大学生活を思うと『華やかなキャンパスライフ! そんな未来しか思い浮かばないっっ!』 ……なーんて、断言ができる筈だったのに。


「あー! もう信じらんない!」


 外観はとてもじゃないけれど、心が浮き立つような魅力は微塵も感じられない。

 木造で、ところどころ建材が腐っているのが見て取れる。これで、どう期待しろというのだろうか?

 さらに言えば、まだ部屋にすら入っていないのに漂う臭いから理解出来てしまうことがある。


「これは、経年劣化だけが理由じゃない……?」


 鼻腔にツンと刺激してくる腐乱臭。

 これは経験上、ろくな事の起こらない前兆であることにたがわない気がする。間違いであってほしいが。

 そうだ、私は霊感を生まれつき有しているんだ。

 他の霊感のある人間に、私は出会った事がない。だから、他の人の感じ方は知らないという事を伝えておく。

 私の場合は、臭いから見えない者を感じる事が多いの。

 この種の腐乱臭のする時は決まって、地縛霊というのだろうか? その場に酷く執着心を持っていて、動く事のない厄介な霊の事だが。

 ソレが、居ることが多い。


「うわー……一番嫌いなタイプだ。ねちっこい奴らが多いんだよねー」


 事態はそれだけに留まることは無かった。

 どうやら、私の暮らす予定の部屋から濃厚なその臭いが、漂ってきていることがわかってしまったのだ。


「102号室……間違いない、ね。最悪!」


 これは、決定だろう。何度契約書を確認しても、この部屋に間違いはないみたいだ。こんちくしょうめ。夏菜子、覚えてろよ。

 私は意を決して、そのボロくさい扉のドアノブを右手で掴むと、時計回りにまわして手を引いた。


「おじゃましまーす……」

「はい、どちらさまですか?」


 そこには、長い前髪で目元を隠した草臥れた男がいたのだった。彼は、右手に重たそうな革装本を持っている。

 どこか草臥れている、哀愁を漂わせた幽霊だ。返ってきた声は、しかし若者のソレだった。


「はじめまし……て?」


 私は彼の左手首から先のない腕を見て、やはり幽霊なのだな。と、確信を深めました。さらに言えば、足もない。どういう理屈か、床から数センチ浮いている。


「どうも、わたくしはかもめといいます」

「ど、どうも鹿目水鳥かのめみどりです?」


 こうして、私と鴎くんとの永い同居生活は始まりを告げたのでした。

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