第16話迷い人は目を背ける

人生には以下略なんてできないけど、それからの一週間は大体同じ感じで流れていった。

僕も、周りも。

しかし、ここで一週間と銘打ったからには一週間と一日後には何か変化があったのだ。それもそれによって唐突に流れが変わった。

 それは帰りのホームルームの事だった。正確にいえば、事だったらしい。


僕は昼休みに食べた『ヨーグルトメロンパン』のヨーグルトの部分が腐っていたようで、腹を下して帰りのホームルームには欠席していた。

ヨーグルト自体を、もう少しクリーム状にしてメロンパンのサクサクの部分と合わせれば大ヒットだと思うのだが、いかんせんヨーグルトの方を前面に押し出し過ぎていて、メロンパンのサクサクのところがフニャフニャになっているし、菓子パンの棚に置かれるので冷蔵保存じゃないので腐りやすくて最悪だった。

こんな新商品が、半額になっているのをホイホイ買った僕も僕だが、これは出るとこ出たら勝てるんじゃないだろうか?

おっと、何の話だったっけ? 


そうそう、帰りのホームルームでの話だった。

今日のホームルームでは二、三日前から言っていた一週間後に迫った『スポーツ大会』なるイベントでの各自が参加する種目を決めるんだった。

我が校では、毎年新入生歓迎の意味も兼ねて、全学年で五月の中旬頃に様々なスポーツをクラス対抗で競うのだ。三年生や二年生にとっては、ちょうどいい息抜きで、新入生にとっては初めてのイベントをまったり楽しもうなんて感じ………………ではない。

ここが我が校の少しユーモアがあるところで、各種目ごとにちょっとお得な学校内での権利がかかっているのだ。

 例えば、バレーボールなら優勝したクラスから、その年のクラスの担当する掃除区域を決める権利が授与されたりする。

 これは単に最下位になるとトイレ掃除しか残ってないから、優勝したいというより負けたくないっていうのが本心なのらしい。

 他にもサッカーで学食の割引券、バスケなら夏休みの課題十パーセントカット券といった具合だ。

 まぁ、どれもこれも伊万里さんの受け売りなんですけど、トイレから帰ると『スポーツ大会』についての詳細を教えてくれて大変助かった。

彼女は本当に情報屋なんじゃないかと思うくらいの便利度です‼

 だが、問題はそこではない。問題はその出場選手にある。

 今はもうホームルームも終わったので、『スポーツ大会』の選手決めを議題とした内容の黒板の板書は、今日の日直がもう半分近く消しているが、まだ消えていない方の半分にはっきりと書いてあるのだ。


 ソフトボール 安藤、進藤、江藤、小林、、川藤、佐々木、末松、藤川


 何が言いたいかわかるか? 

決して藤の字つく奴が多いなとかいうことではない。

 ……………なぜ、俺の名前がそこにあるんだ? 


確かにまだ足に違和感を感じるが、今でも体育とかには適当に流して参加しているので、二、三日前に出たい種目を決めておけと言われた時にはバレーボールとかなら無理に走ったりする場面もないし、丁度いいかなぐらいに考えていたのに、よりによってソフトボール? 

男子が選べる種目は四種目、当然複数出たい奴は被ってる奴もいる。でもそれほどスポーツに関心のない奴や苦手な奴は、一つ出ていれば十分に四種目分の参加人数は埋まる。

 僕が、勝手にトイレに行っていたので適当に割り振られるのはしょうがない。

 でも、よりにもよってソフトボールと言うには合点がいかない。藤の人達にも大人気だったように二、三日前に軽くアンケートを取った時には、サッカーとソフトボールは大人気で参加人数を若干オーバーするほどだった。これは他のプロ競技に比べ、プロサッカーとプロ野球のファン人口を考えればわからなくもないことだ。

 ここまで踏まえれば、ならなぜ僕が? という話だろう。

僕が中学の時野球部だったのは誰にも話していない。僕がこの腑に落ちない現状に困惑し、面倒くさい状況に打ち震えていると、事の深刻さが全く分かっていない隣にいた伊万里さんが、それでいて僕の疑問には感づいたようで

「あっ、笹箱君はソフトボールに決まったよ。笹箱君、中学野球部だったんだね。伊勢さんが推薦してたから、みんな満場一致でソフトボールにしといたからねー。みんな勝ちたいしね」

 うすうす感づいてはいたが、やはり諸悪の根源は奴か。ここのところ一切話しかけてこないし、話しかけようとしたら、そそくさどこかに行きやがってたが、その次にこの仕打ちか。

 だが、僕らならわかるはずだと思っていたんだがな。


 これは、冗談や嫌がらせでは済まない。


 現に、今も胸のあたりが気持ちの悪い感情で渦巻いていてむかむかする。

教室を見渡しても、もう伊勢はいない。どうする、明日問い詰めるか? 

いや、今手当たり次第探すか? でも、問い詰めてどうするんだ。僕は何を言って、何を言わせたいんだ?


 僕の考えがまとまらない中、自分の発言で固まってしまった僕を、気遣ってくれる伊万里さんが恐る恐る声を掛けてくれる。

「あの……もしかして嫌だった? 嫌なら鈴原先生に行ったらまだ変更させてくれるんじゃないかな?」

「ハッ‼ それだよ、伊万里さん‼ ありがとう」

 そうだよ、今、すべきことは間違いを咎めることじゃなくて、正すことじゃないか。伊万里さんの発言が、僕にとっては青天の霹靂にあたり言葉では伝えきれない感謝の気持ちでいっぱいになる

「ほんとにありがとー。今度、何か奢るからねー」

僕は急いで職員室に向かいながら、もう一度、伊万里さんに手を振って感謝の意を伝えた。




「駄目だ」

 面倒くさがりの鈴原先生は、端的に結論を申し上げました。

駄目ならしょうがないなー帰るかー。

「って、何でですか‼ ちょろっと入れ替えてくれればいいじゃないですか」

 そんなに難しいことじゃないのに一瞬も逡巡せずに答えたから、こっちもあっさり帰るところだったよ。

「だってなぁ~、お前メンバー入れ替えるとお前と入れ替える奴にも確認とらないといけないしなぁ。今更面倒くせーよぉ」

 ついに、本音が出やがったな。

だらしのないしゃべり方が、心の底から面倒なんだろうなと読み取れる。

「それこそ、明日、僕が誰か適当に了解とってきますよ」

「ごめん、それ無理。メンバー表提出が今日の五時までだから」

 ちらりと職員室にかかった壁時計を見れば五時まで後十分もなかった。

「なんで、そんなにそれの提出が早いんですか」

 僕は、鈴原先生の机の上に置かれた『スポーツ大会』のメンバー表らしきものを見る。

「いや、ほんとはもう少し前から聞いとけって言われてたんだけど、私がだるかったから今日まで聞くのが伸びちゃってさー」

「百パーあんたのせいじゃん‼ それ、そっちの事情なんだから何とかしてくださいよ」

「なんだよぉ~、私を責めるのか? 泣くぞ? そっちだってそっちの事情じゃんかぁ~」

「うっ」

 それを言われるときついところだ。トイレに行ってた僕にも非があるし。

「そこを、何とかしてもらえませんかね。僕、実は少し足を怪我してまして、あんまり激しい運動はちょっと」

 足の事とか掘り下げられたくないから、あんまり言いたくなかったが、背に腹は代えられない。

 だが、怪我の事を出せば、さすがに担任としては代えざるを得ないんじゃないんだろうか。

だが、僕の予想は外れ予想外な答えが若干、本当に若干締まった口調で鈴原先生の口から出てきた。

「知ってるよぉ。それは入学してすぐに伊勢がわざわざ私に教えに来てくれたよ。少し気に掛けてくれってなぁ」

「………………………はっ?」

 僕の普段からさほど作動させていない思考回路が、完全に停止する。

 今、この人なんて言った? 僕は、何とか頭の中から言葉を絞りだす。

「じゃっ、じゃあ怪我のことを知ってるなら、なんで伊勢が僕を推薦したとき止めてくれなかったんですか」

 それが当然の判断じゃないのか?

。私はそれに対して何も言うことなんてないよぉ」

「でっ、でも俺の意思は‼」

「これはあまり言うまいと思っていたがなぁ、あいつはお前なんかより、お前のことを考えているよ。あいつがお前に必要と判断したんなら、多分必要なんだよ」

 頭の中が熱くなっていく。

「なんだよ、それ、それで俺の怪我が悪化して二度と完治しなくなったらどうしてくれるんですか」

 どう考えてもおかしいのは先生と伊勢だ。

 それなのに鈴原先生は、入学してから一ヶ月ちょっとの付き合いの中で一番男前な顔をして言うもんだから焦ってしまう。

「そん時は、私が一生面倒見てやるよぉ。それで、ここからは私個人の意見だが、私もでやった方がいいと思うぞ」

 一瞬、女教師に面倒見てもらえる一生ってのもいいかな、なんて考えた自分を殴りたい。

後、たぶん最終的に僕が面倒見る羽目になるだろうし。

さっきから一向に思考回路が復旧しない。

 思考回路が停止しているので、僕自身今からどんな行動をするかわからない。気付いたら僕は職員室を飛び出していた。

 職員室のドアに手を掛けたとき、鈴原先生の溜息が聞こえた気がした。

 溜息つきたいのはこっちだよ、ホントに。

「だから、やりたくてもできないんだって」

 僕は、溜息代わりに溜息のような小さな息を吐いてボソッと声を漏らす。

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