第11話幼女襲来
そんなとりとめもない話をしている間に、部室到着。
「失礼しまーす。深会先輩、お客さんですよー」
そういって、僕がやや勢いよく栄華部の部室のドアを開けると、そこが定位置と言わんばかりに部屋の中央の長机の窓側の隅に深会先輩は座っていた。
「あら、そんなに小さい子を連れて私に幼女誘拐の片棒を担がせるつもり? ……って菜凪?」
どうやら深会先輩の方にも菜凪ちゃんとの面識はちゃんとあるらしい。
深会先輩の顔がややひきつる。
これは表情の起伏の少ない深会先輩にしてはかなり珍しい。
その時点で僕は気付く、僕の背中の後ろにいた菜凪ちゃんが消えている。
「ミャーコちゃーん‼」
消えた菜凪ちゃんは、深会先輩の懐へダイブしていた。
深会先輩は、苦しそうにもがきながら僕を一睨みする。
「これは、また随分厄介な幼女を誘拐してきたわね」
そう言っている間にも、菜凪ちゃんは、深会先輩の引き締まったウエストや豊かなバストに「ミャーコちゃん、ミャーコちゃん」と言いながら顔全体を使って擦り付けている。
いいなー、いいなー、幼いっていいなー、おっと無意識で、あの有名な歌詞を心の中で口ずさんじゃったぜ。
幼ければお尻を出しても一等賞‼
目の前には、視聴料が取れそうな構図が出来上がっていたが、いつまでもこれを眺めているわけにはいかない。
なぜなら、深会先輩の目が、無言のプレシャーを僕にかけている。
訳は「早くこれを何とかしろ」ってところではないだろうか。
僕はそのサインを受けて、深会先輩救出に取り掛かる。
「えーっと、菜凪ちゃん? 深会先輩がちょっと困ってるみたいだよ」
菜凪ちゃんは、その言葉を受けてハッとした表情を見せ、体を深会先輩から少し離す。
よかった、分かってくれたみたいだ。
根が素直そうだから話せばちゃんとわかってくれるとは思っていたよ。
お兄ちゃん信じてた‼
「ミャーコちゃん、ごめんなさい。久しぶりに会えて菜凪うれしかったから、つい」
菜凪ちゃんの言葉に、深会先輩も表情が柔らかくなった気がする。
「いいのよ、菜凪。私も久しぶりに会えてうれしいわ」
なんか、感動的な感じになってきたな。
「ところで」
菜凪ちゃんの声がワントーン落ちて、こちらを見てくる。
「まだ、いたんですか? ………敬馬さん」
ガーン、頭の中でピアノの鍵盤を適当に思いっきり打ち付けた音がした。
なっ、なんて余所余所しい呼び方。
敬馬お兄ちゃんって呼んでもらうために、さり気なく苗字は告げずに名前だけで互いに自己紹介をする流れにしていたのに‼
僕のそんな戦術も一笑するがごとし冷たい呼び方だ。
僕なんかしたっけ?
せいぜい視姦したくらいでしょ。
「ごめんなさいね、この子人見知りなの。懐いたらとことん懐くんだけど、一緒にここに来るまでも丁寧な言葉遣いだったでしょ? 知り合いの私と会ったことで、安心して笹箱君を警戒心をあらわにできるようになったってところかしらね」
なんてことだ、あの可愛らしい敬語は、ただ単に警戒されてたというだけだったのか。
「ただ、懐かれたら懐かれたで、さっきのようなことになるわ」
断然、懐かれた方がよさそうだ。
ぜひ、懐かれたい。
「菜凪ちゃーん、僕は別に怪しい人じゃないよー」
僕は、できる限り警戒されないように優しい声を出したつもりだったが、ジロッと横目で菜凪ちゃんは、僕を見ると深会先輩の背中に隠れてしまった。
これは手こずりそうだ。
だが、人の背中に隠れてこちらを窺っている幼女なんて、萌えるだけだってことを菜凪ちゃんは分かってないなー。
仕方がないので、なにか小学生が興味ありそうなものを持ってなかったかなと『物で釣ろう作戦』の物を探してみるがポケットに飴が一つ入っているだけで、めぼしいものは特になかった。
残念だ。
飴一つ持っていても仕方ないので、今あれだけ警戒している菜凪ちゃんがもらってくれるか怪しいところだが、一応声を掛けてみる。
「はぁ、菜凪ちゃん飴いる?」
「はい‼ ぜひ欲しいです‼ 敬兄ちゃん‼」
「ちょろ‼ ちょろ過ぎるよ‼ 菜凪ちゃん‼ 後何気に呼び方にオリジナル要素入れて萌え度あげてるし‼」
菜凪ちゃんは、飴玉一つで目を輝かせて僕の方へ近づいてきた。
「これ、もはや人見知りとは言えないと思うんですけど」
飴玉一つで懐いちゃうなんて、怪しいおじさんとかに声かけられた時が心配だ。
「そんなことはないわ。その飴『アメージング飴~親父の涙味~』は、菜凪の数少ない好物の一つよ。それをこの場で持っていた笹箱君の幼女運の強さといい、幼女当たりよさそうな物腰を持つ対幼スキル、とどめのその幼力………相当な鍛錬を積んでると見たわ」
「すいません、大半なんて言ってるか分かりません」
幼女専門単語が出過ぎて、僕程度では理解できなかった。
有段者以上の猛者にしか、今の言葉を理解するのは無理だろう。
それにこの飴、伊万里さんにもらっただけなんだけどな。
そんな会話の中、菜凪ちゃんが待ちきれなくなったのか、僕のズボンの裾を引っ張ってくる。
「……敬兄ちゃん、早く下さい」
………まっ、可愛いから何でもいいか
可愛いは正義だし。
僕は菜凪ちゃんに飴を手渡す。
菜凪ちゃんはそれを受け取ると、飴を口の中で転がし始めた。
人間、食べ物を食べているときはおとなしくなるものだ。
菜凪ちゃんもおとなしくなったので、いいタイミングだと思い深会先輩に当初の疑問をぶつけてみた。
「それで、菜凪ちゃんは、深会先輩とどういった関係なんですか?」
まぁ、交友範囲の広い深会先輩なら知人の妹や娘と言った可能性も存分にあるけれど、菜凪ちゃんに聞いた時のリアクションが微妙だったから気にはなっていた。
「………………………」
それはどうやら深会先輩も同じなようで、僕から目線をそらし、言いたくないオーラを出して僕からの質問をシャットダウンしている。
「あの? ………深会先輩?」
「………………………………………………」
おっと、次は不機嫌オーラまで出してきましたよ。わかりましたよ、わかりました、これ以上この話は聞かないでおきますよ。
と僕が完全にこの話題を諦めたところで、深会先輩も何かを諦めたように呟いた。
「………そうね、菜凪にこの場所を突き止められたのだし、これから頻繁にやってくるだろうから、知っておいてもらった方がいいかもしれないわね」
深会先輩の眉がうっすらとハの字に開き、やや苦しそうに言葉を続ける。
「………菜凪は私の兄の息子の娘よ」
「………はい?」
ん?
それってどういうことだろう?
整理しよう。
深会先輩には兄がいて、その人の息子が深会先輩の甥にあたるわけで、その子の娘ということは………深会先輩の何にあたるんだろう?
そういう関係に呼び名ってあるのかな?
「それって何て呼ぶんですかね?」
僕は、素直に聞いてみることにした。
「私にとって姪孫てっそん、もしくは又姪とかも呼ぶみたいね」
へぇー、勉強になるなー。
「って、なんですか‼ それ‼」
僕は、ゆっくりと菜凪ちゃんの方に顔だけを向ける。
菜凪ちゃんは飴玉を舐めるのに夢中で、こちらの話はあまり聞いてないようだ。(そんなにおいしいのだろうか? 今度買ってみようかな)
それにしても、そりゃ菜凪ちゃんには説明が難しいはずだよ。
僕だって今呼び方とか知ったもん。
それどころか、深会先輩と関わらなければ一生知らなかったかもしれないし。
「笹箱君、落ち着いて聞きなさい。これは決して私が年を食っているわけではないわ。私のお兄ちゃ……兄の子作りが早かっただけよ。そして、その血筋は兄の息子にも受け継がれていたらしく早々に菜凪が生まれたというわけよ。決して、決して私が年を食っているというわけではないわ」
深会先輩の言葉が後になるにつれて、まるで強調するかのように力強くなっていく。
どっからツッコムべきかわからないな。
それに、そんなに早いかな?
えっと逆算して深会先輩の歳に三十一を足して……兄だから最低でも一歳以
「痛っ!」
僕の思考が読まれたのか、深会先輩の白魚のような手が、僕の頭にチョップといった形で襲来してきた。深会先輩の方を見るけど、そっぽを向いているだけで、チョップについての弁明が特にはない。
「あの? なぜ僕はチョップを食らったのでしょうか?」
「今のは只のチョップではないわ。脳天唐竹割りよ。馬場チョップと言った方が通りがいいのかしらね」
「いや、そこの補足はいらないんですけど」
「笹箱君から不穏な気配がしたから、脳天唐竹割りをお見舞いしたってだけでは駄目かしら?」
「………駄目じゃないです」
普通なら駄目だけど、その不穏な気配がバッチリ当たっちゃってるから駄目じゃないんだよなー。
この人、ちょいちょい人知を超えた力を見せるな。
「まぁ、私も子供は嫌いじゃないから、菜凪とたまに遊ぶ分には全然構わないのだけど、この子は懐いちゃうとたまにの頻度では済まなくなるから困りものなのよね。今だって菜凪と私の家は結構離れているはずなのだけれども週五で来ているわ」
「安定したサラリーマン張りの出勤頻度ですね」
お給料が出る仕事なら週休二日で十分すぎるが、突発的にその頻度で来られては確かに疲れるかもしれない。
「なので、これは部長命令です。菜凪が部室に遊びに来たときはあなたが相手して頂戴」
つまり合法的に幼女と遊べると?
でもなー、一部の人にとってはご褒美でも、一般の人にとって元気いっぱいの子供と遊ぶのって結構疲れるんだよなー。
気乗りしないなー。
でも深会先輩も大変そうだしなー。
「あら? どうしたの笹箱君? 敬礼なんてしちゃって」
「はっ⁉」
気付けば僕は、深会先輩の前で敬礼をしていたらしい。
「? まぁ、いいわ。了解ってことね。試しに今遊んでみたら?」
そう言って、深会先輩が指差すほうには、すでに飴玉を食べ終わり、こちらを見つめている菜凪ちゃんがいる。
「ミャーコちゃん、おはなし終わった? 終わったなら菜凪と遊ぼう」
「菜凪、私とはいつでも遊べるでしょう。今日はこのお兄ちゃんと遊びなさい」
深会先輩はそう言って僕の肩を持ち、ズイズイっと菜凪ちゃんのほうへ押しやる。
「ちょ、ちょっと、僕これくらいの年の女の子と何して遊べばいいかなんてわかりませんよ」
「適当でいいのよ、適当で、菜凪に合わせて遊んであげればいいでしょ」
それもそうかと思い、かくして男子高校生が幼女と校内の人通りの少ない建物の一室で戯れるという構図が完成した。
「じゃあ、今日は僕と遊ぼうか、何して遊びたい?」
最近の子はませていると聞くし、もしかすると菜凪ちゃんも僕のきいたこともない遊びを提案してくるかもしれない。
期待半分、不安半分といったところだ。
「菜凪はね、ケイドロがしたいです」
相変わらず、僕に対しては敬語のようで少し残念だが、その口からはなんとも懐かしい言葉が出てきた。
「あー、なつかしいな。確かそれって地方ごとに呼び方が違うんだよ」
「へー、そうなんですか。全然知りませんでした」
「ケイドロの他にもドロケイ、ジュンドロ、ドロタン、助け鬼なんて呼ぶところもあるらしいよ」
僕は菜凪ちゃんに博識ぶりをひけらかし、尊敬の目で見てもらったが根本的にケイドロは複数人で屋外でやる遊びなので残念ながら今日はできない。
「じゃあ、菜凪は刑事しますね」
「いや、ちょっと室内じゃ厳し—」
そこまで言いかけた時、菜凪ちゃんの目つきが鋭いものへと変わった。
「おいコラ! さっさと吐いちまえよ‼」
「そっちかよ!」
ままごと的に刑事と泥棒役を演じる感じなのね。
それをケイドロって言うのかは怪しいけどね。
そんなことよりも、菜凪ちゃんの迫真の演技にタジタジだ。
「てめぇが下着ドロなんだろ!」
………僕、下着ドロなんだ。
「さっさっと下着吐いちまわねぇと体がどうなっても知らねぇぞ!」
「吐くって下着かよ⁉ 大分、末期な奴だな⁉」
どんな下着ドロだよ。
「早めに吐いてくれれば、俺の驕りでお前の好物のパンツ丼食わせてやっから」
「結局、下着食べてるじゃん⁉」
何なの、このやり取り。
このままじゃ終わらない気がしたので、僕は適当に役を演じて終わらせようとする。
「しっ、知らないよ。僕はやってない」
すると、その返しとして菜凪ちゃんはベテラン刑事の哀愁たっぷりで
「なぁ、頼むからはいてくれよ。………頼むから下着を履いてくれ」
「僕、ノーパンなの⁉」
このテンションのやり取りを、二時間ほどやったところで、菜凪ちゃんは満足して帰って行ってくれた。
「………あの、謎の演技力と天然なのか計算なのかわからないセリフを連発されて、私すらツッコみに回る羽目になり、異常な疲労感を与える。悪意がない分、無下にできないのも厄介ね」
「………………」
まさか、僕が幼女の相手をして疲れるとはね。世の中、広いや。
ちなみに、僕が菜凪ちゃんの相手をしている間に、伊勢がやって来たが、三星さんを深会先輩が召喚して追い払っていた。
僕は幼女の相手に忙しくて、よくわからなかったので描写は割愛します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます