第9話変態襲来
「……伊勢」
そこには、僕の愛すべき幼馴染みの伊勢が突っ立っていた。
完全に目が座っている点が、とても気になるところだ。
「あら、誰かと思ったら…誰だったかしら?」
相変わらず、深会先輩の伊勢に対する刺々しさは半端ではない。
深会先輩の先制攻撃にこめかみをピクリとさせながらも、無視してぼそりと声を漏らした。
「……入部してやるわよ」
僕の耳が確かなら、信じられないことに伊勢は、この部に入部したいと言った。
「は? 何か言ったかしら」
深会先輩は、聞こえていて聞こえないふりをしているのか、本当に聞こえていないのか伊勢にリピートを促す。
「だから入部してやるって言ってるのよ‼」
「え? トイレ? トイレならここの窓を飛び下りてすぐのところよ」
聞こえないふりのようでしたー。
「飛び降りたら死ぬでしょうがー‼ て言うか、あんた聞こえていて聞こえないふりしてるわね‼」
あっ、伊勢さんもお気付きになられたようです。
「にゅ・う・ぶ‼」
伊勢は部室の窓が割れそうなほどの大声で、愚直に同じセリフを繰り返す。
僕は耳を塞いでいたら、深会先輩が立ち上がって、
「わかったわ。……あなたには負けたわ」
僕は、深会先輩にしては早く折れたなと思っていたら、
「私と笹箱君は退部するから、これからはアマ、あなたがこれからの映画部を作っていくのよ」
「そんなに私が嫌いか⁉」
そんなに嫌いなんでしょうね。
「別に冗談ではないから、頑張ってね」
「うっ、それなら私も入んないわよ」
「どうしてかしら? あなたは、純粋に映画という人類の生み出した至高の娯楽の一つに興味を持ち、高校でそれを学んでいこうという向上心の元、この映画部の門を叩いたのではないの? ……それとも何かやましい不純な動機でもあるのかしら?」
「なっ、ないし!」
かなり執拗に入部を拒否する深会先輩。
映画部のというより、深会先輩の複雑な事情をかんがみればしょうがないことだとは思う。
入部する以上事情を話さざる得なくなるし、そんな簡単に話してしまえば、情報の機密性など守れなくなっていくのは目に見えている。
決して、深会先輩は、伊勢にただ意地悪がしたくてしているわけではない。
…多分…きっと…だと思う。
「もう! そんな意地悪ばかりしないで、入部させなさいよ!」
ついに伊勢も我慢できず、直球勝負だと言わんばかりに怒鳴る。
「しつこいわね。警察呼ぶわよ」
「呼ばれてたまるか‼」
冗談が辛口すぎるな。
僕が苦笑気味に二人を見ていると、深会先輩はカーディガンのポケットから携帯を取り出して、どこかに電話し始めた。「えぇ、今すぐ」「えっ? 今、忙しい?」「私を誰だと思ってるの?」などと、何言か短く話すと通話を止めて、
「今、警察を呼んだわ。五分以内に来ると思うから」
「マジかお前‼」
伊勢も僕も驚愕する。
僕に至っては開いた口が塞がらない。
いくらなんでも冗談だろ。
五分後
「失礼しまーッス! 刑事部捜査一課、三星みほし茜あかね! 深会先輩の言いつけ通り、五分以内に到着致したッス」
……ほんとに来やがった。栄華部の扉の前には、女性物のパンツスーツを着たショートヘアのよく似合った少し青みがかった黒髪の女性が、快活そうな笑顔と敬礼の姿勢をひっさげて立っていた。
「三秒遅刻よ。後で鑑別所固めね」
「ハッ! それは木村健悟さんがマサ斎藤さんの鑑別固めに対抗して開発した足技殺しの関節技‼ 形としてはナガタロックIやグランドクロス200などと同じですが、使用順で言えば木村健悟さんが初代! ありがとうございまッス‼ 最高のご褒美ッス」
うわー、この二人の関係知りたくねー。というか関わりたくねー。
しかし、僕の思いとは裏腹に、三星へんさん(たい)と名乗った女性は、僕に気づいていまったようで、気さくに話しかけてきた。
「あっ! 新入部員さんスか。どうも私も元栄華部員なんッスよ。気軽に名前で呼んでくださいッス」
「どうも、僕は笹箱敬馬って言います」
「敬馬君ッスね。よろしければ、挨拶がてらに四の字かけてくれません?」
「遠慮しときます」
大体、事情は分かっちゃったよ。要は元深会先輩の後輩ってわけなんですね。そして、今は体のいい手足だと
「あっ、誰にでも技かけてくれって言ってるわけじゃないんッスよ? 私が気に入った人か、美女、美男子に限るッス」
「そんなビッチ臭くて、よくわからないツンデレ見たの初めてです」
濃いよー。この人濃いよー。
三星さんに絡まれている僕を、さすがに見かねたのか深会先輩が助け舟を出してくれた。
「それはそうと、さっき何か事件を追っているとか言っていたけど、それは片付いたの?」
「あっ、さっきは単独で連続強盗殺人犯を追っていたんスけど、深会先輩のお呼びがかかっちゃったんで、小五の妹に任せて、こっちに来ちゃいました」
「妹さんへの期待値が高すぎるよ‼」
同僚じゃ駄目だったの? 妹さんも急な無茶ブリで困り果ててるよ。どこかで奮闘しているかもしれない妹さんを不憫に思って、三星さんを睨むと三星さんは一切悪びれる様子もなく、頭の後ろを掻きながら、テヘッてな効果音が聞こえてきそうな具合に舌を可愛らしく出すだけだった。
すると誰かの携帯が鳴った。どうやら三星さんのものらしく「ちょっと失礼しまッス」と言って電話に出るとすぐに通話が終わって
「どうやら、妹が犯人ほしを確保したみたいッス」
「妹さん頑張ったな‼」
なんで、本当に犯人追ってるの⁉ 危ないからやめときなよ‼
「……それで万が一大事おおごとになっても、私の呼び出しのせいにするのはやめて頂戴ね」
さすがの深会先輩も少し引いているようだ。
「勿論ッス! ところで今日は何の用なんッスか?」
何も知らされずに来たんだ。
深会先輩は、伊勢の方を指差すと
「そこにいる不審者を、追い出してほしいのだけど。そういうのも警察の仕事でしょ? 抵抗するようなら発砲してもいいわ。発砲許可は私が出すから」
普通に考えて、無茶苦茶言ってるな。それでも三星さんにはいつものことのようで、特に気にした様子もなく、承諾して伊勢に声をかける。
「じゃあ、お嬢ちゃん私についてきてくれまスか? 暴れたら撃つッスよ」
「あんた本当に警察⁉」
伊勢のツッコミも虚しく、三星ふしんさん(しゃ)に腕を掴まれ引きずられていく伊勢。腐っても刑事なだけあって、あっと言う間に伊勢を連れて行った。
「……あそこまでして、伊勢を入部させたくありませんでした?」
「……正直、伊勢さんに私の事情を話すのと茜を呼んで数分間とはいえ、あの子の相手をするの、どっちが面倒かかなり考えたわ」
深会先輩は、額を抑えて溜息をつく。
「ですよねー」
「……それでもね」
深会先輩は小さく呟いて、どこか遠い目をして
「それでもね、私の事情は本当にできる限り人に漏らさない方がいいの」
それは、どこか昔の失敗をしみじみと口に出しているようにも思えた。何か昔あったのだろうか?
深会先輩の意志は分かった。それでも、僕は伊勢のことをもっとよく分かっている。恥ずかしながらこれでも幼馴染みだ。
「多分、伊勢はここからが長いですよ」
僕も、しみじみと昔の失敗を思い出すように言った。そういえば深会先輩は伊勢のいないところでは普通に名字で呼ぶんだな。
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