第9話 靴磨き

 よう、あんちゃん。久し振りだな。

 最近は就職の面接で、ここにはパッタリ来なくなっちまったな。確か「しゅーかつ」とか言うんだっけ?


 ほぅ、あの会社に就職できたのかい。そりゃよく頑張ったじゃねぇか。よし! 今日は俺のおごり。好きなヤツを飲みな!


 んで、部署はどこだい? 営業か。多少は難儀なんぎするだろうが、あんちゃんならやって行けるよ。オイラが保証するよ。







 そうそう。餞別って訳じゃねぇけど、一言オイラから『あどばいす』ってヤツをくれてやろうじゃねぇか。なーに、細かい事じゃねぇのさ。誰でもできる事さ。


 あんちゃんも営業回りでいろんな人間と出会うだろうよ。でもな、本当に信頼できるのは一握りだ。その見分け方さ。


 『靴』だよ。相手の靴を見てみな。ちゃんと磨いて手入れをしていれば、そいつは信頼できるぜ。


 なぜかって? よく『足元を見られる』って言うだろ。苦しい時や辛い時は、すぐさま靴にそれがあらわれちまうのさ。理由は簡単。身なりで真っ先に手抜きができるのが、靴だからさ。だからこそ、ちゃんと靴墨を塗って磨いて、型にはめて休ませるのが必要なのさ。


 オイラの所の若い営業と一緒に仕事をした時があったけど、そいつ、身なりはちゃんとしたスーツ姿だったんだけど、靴がダメだったんだわ。どこをどう歩いたらあんなにズタズタに傷だらけになるのか、ってくらい引っかき傷が爪先に付いていたよ。その時思ったね、オイラの会社は信頼できないって。


 確認の仕方も教えてやるよ。営業なら、名刺を交換するだろ? その時に何気なく、名刺の向こうの靴をチラリと見るのさ。それに、わざと物を落としてしゃがんだ時に見るって手もある。


 昔から、いっちょまえに見られたかったら、靴磨きとアイロン掛けはしっかりやれ、って教わったものさ。ま、道端に靴磨きの職人さんが居た頃の話だ。今じゃもう古くさい話だがね。







 とにかく、就職おめでとさん! 前途洋々たる若人わこうどに、かんぱーい!!!

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