サガミネワールド・オンライン
鷲藁 童子
第1話
2057年6月18日、とある男はようやく届いた箱の荷物に胸の鼓動を高めながら自分の部屋へルンルンとした陽気な気分で少し急ぎ足で歩いていた。
家は二階建ての一軒家。男の部屋は二階に堂々と配置されていてその大きさはそこらの家よりも大きな家だった。
男の名前は【須賀羅(すがら)誠二(せいじ)】
誠一の家はちょっとしたお金持ちでこの一帯の家庭よりも裕福だと言えるだろう。
誠二の父親は会社を経営していて手広く商売をする事によって成功を収めている。
そして誠二はその一人息子で現在は高校2年生。卒業すれば父親の跡を継ぐために父親の会社で働く事が決まっている成功者と呼ぶに相応しい人物だ。
誠二の手に持っている箱には大きな文字でV P Iと書かれている。
VPIとは『Virtual person I(ヴァーチャルパーソン アイ)』の略称で世間一般では『VPI(ブイ ピー アイ)』と呼ばれている。
VPIとはVRMMORPGにおいて必須と言えるべきゲーム機である。
5年前の発売当時、従来の手動によるVRゲーム機の操作はあまりゲームプレイヤーの間では浸透せずVRゲーム業界はくすぶっていた。
しかしこのVPIという機械は脳から発せられる信号、『脳波』を読み取る事で「頭だけでの操作」を現実の物にした。
それに遊ぶために必要なのはパソコンとVPIだけという事もあって少々お高めの値段だからと言ってその期待度と合わさり発売して4年、全世界の若者に知らない者はいないとされないほど有名な名前となった。
誠二は自室に入ると鍵を閉め手に持っているVPIの入った箱を開ける。
最初は丁寧にビニールテープを外そうとしたが面倒くさくなり一気に開けると入れ物は破れゴミとなった。
中を覗くと壊れないよう発泡スチロールで守られているVPIを見つけた。
誠一は箱を裏返して上下に揺すり無理やり出すと発泡スチロールの擦れる音に耳を傷めながら発泡スチロールをどかしてVPIを手に取った。
VPIはヘルメット型の顔は鼻と口の辺り以外形で首の辺りまでVPIですっぽりと埋まるような形をしている。
早速使おうと誠一は箱に入っていたUSB端子(大体2メートルほどの長さ)を取り出し片方をVPI本体に、そして片方をパソコンに取り付けた。
VPIは5年前から普及し始めたが値段の割に処理能力が低く発売されて5年が立った今でもパソコンに処理を任せるためにパソコンゲームしか出ていない。
パソコンは冷水のため何も音は聞こえないが確かに起動しておりその画面は一つのパソコンゲームの登録画面が表示されている。
日本の代表的なゲーム会社であるサガミネが開発した
『サガミネワールド・オンライン』
そのゲームは本物の現実世界を忠実に再現しファンタジー要素を取り入れたMMORPGでは王道のジャンルである。
他のゲームと比べて違うのはそのゲームプレイヤーにイベントや自治の殆どを任せた「運営のいないゲーム」だという事だ。
しかし運営が完全にいない訳ではない。現実世界にある法律のような物が存在し、このゲームにおける判断すべき事案は全て人工AIが判断している。
人工AIは決まった性格、思考回路が植え付けられており人間よりもフェアな判断をする。そのため『サガミネワールド・オンライン』が発売されて1年、未だ治安が破られた事はない。
しかしそのゲーム内における法律さえ守ればどんなに悪い事をしてもいいしPK(プレイヤーキル)も容認されている。
そのゲームシステムの内容は追々説明するとして登録画面に必要な入力項目は2つある。
一つはID。これはVPIというゲーム機には個別のIDがありUSB端子で接続した場合自動的にその画面にIDが入力される事になる。
誠二がパスワードを入力し≪登録≫というボタンを押すともう一度パスワードを入力する画面に移りそこでも間違いなくパスワードを打てれば登録は完了となる。
次にパソコン画面に出ている『サガミネワールド・オンライン』のゲームをダウンロードしインストールまでもっていく。
『サガミネワールド・オンライン』はかなり容量が多くインストールが完了するまで約1時間は待たなければならない。
その間に誠二は部屋を出て1階に降り、冷蔵庫を開けて冷えたお茶をコップに注ぎながら一度一気に全部飲み干しもう一度注いで再び部屋に戻るために2階へと上がっていった。
ここまで誰一人として会っていないのは母親も父親も会社が忙しく家の殆どを開けているせいだ。
適当に会社のために必要な心理学やお金の流れの書かれた本を読み返し時間を潰すとあっという間に1時間経過しゲームが起動した。
だがゲーム画面は黒いままで何も映し出されない。
当然だ。ここでVPIの出番になる。
誠二はすぐに放って置かれたVPIを手に取り頭に装着した。
マニュアルは既に予習済みでぬかりはない。
VPIに内臓されている画面モニターからゲーム画面が映し出されていた。
サウンドから盛大なBGMが流れパスワードの入力画面が出ている。
誠二は手を動かす「イメージ」をした。すると何か真っ白な手をした物が動き出した。それは自分がイメージしている手と連動している。
次に操作が出来るのかどうか分からないため足を動かそうとして見ると真正面を向いているため足元が見えない。当然感覚も無いため動いているかどうか確認するために不意に視線を下に動かそうとイメージすると思った以上に滑らかな動作をして画面が動いた。
はっきり言って気持ち悪いと同時に驚くほど感嘆した。まるで自分の身体じゃないのに自分の身体を操っているような不思議な感覚。これがVPIの能力なのだと噂では聞き及んでいたがこれほどとはと数秒意識が逸れた。
誠二は現在VPIに立ったまま動いていない。段々と本物の肉体の方が疲れてきたため寝ててもプレイ出来るというのでベッドの上で寝ながらプレイすることにした。
一度VPIを頭から外しベッドの上に置きベッドの上で横になる。
寝ながらゲームを遊ぶのは初めてのためなるべく身をよじりながら負担がかからない場所を探し、VPIを取って頭に付ける。先ほどは気付かなかったがVPIの高等部には綿みたいな物が敷き詰められていてまるで枕の代わりをして貰えた。
意外と心地いいので目を閉じているとBGMも相まって余計快適な空間になってしまった。
ベッドは高い訳では無いがそこそこのお値段なため身体が包まれているように錯覚する。
おっと危ない。と睡魔に殺されそうになった所でゲームをプレイするという事を忘れていた。
一回VPIを外し目を擦りもう一度被ってようやくゲームを再開した。
先ほどもみたがもう一度真下を見ると丸い形の国のような物があった。上空何メートルにいるとか分からないが遠くのため詳しくは見えないがどうやらあの国全体が『サガミネワールド・オンライン』の舞台らしい。
国から目線を外しその周りにある平原を見る。更に遠くには森が、雲に隠れてよく見えないが山もある。もう一度平原に目線を移すと何か肌色の線が見えある程度までの距離を行くと分岐している。どうやらあれは道のようだ。
だとすれば下の国だけでもここから見ても十分大きいと分かるほどの大きさなのに他にも別の国がある事が分かる。話には聞いていたがこれほどの規模とはこれもまた予想外な事ばかりで反応が仕切れない。
たかがゲームと侮っていた。
誠二はパスワードをどうやって打とうかと思ったが、ネットに転がっていたこのゲーム『サガミネワールド・オンライン』の説明書でキーボードを打つ時と同じような手の形、「ホームポジション」をするとその手の先に薄っすらと透明なキーボードが浮いてくるやら浮かんでくるみたいな事があったのを思い出した。
試しにしてみると思わず肉体の方の手が動いてしまった。まだ意識をしていないと難しい。
今度はしっかり「VPIから見える手」をイメージして動かそうとすると今度はしっかりゲーム内での手がホームポジションの形になったすると本当にキーボードが浮き出て思わず「うわっ!?」と大きな独り言が反応してしまった。
家に誰もいないとはいえ高2にもなってあんな大きく驚いた声を出してしまうのは恥ずかしかったのだろう。一度大きく息を吐き気持ちを静めた。
慣れている人だと現実のキーボードを打つよりも早く打てるらしいが誠二は今回が初めてだ。
慣れない手つきで指を動かしパスワードを入力した。
次に出たのは『キャラクター作成画面』だ。
先ほどの上空に居た世界から真っ黒な世界へと入れ替わる。
目の前にキャラクターとなる人形が現れ、どんな感じか近づこうとすると足が動く事が出来ると分かり足を動かすイメージをするとしっかりと動きこれまた気味の悪いほど滑らかに足が出る。
まずは一周してみるとキャラクターの真正面に設定するための機械が配置されていた。(ゲーム世界の中の仮想機械)
どうやらキャラクターの体型などは現実となるべく近しい方がいいらしい。何でも現実とかけ離れたキャラクターの肉体を作ると長時間ゲームをプレイすると意識がおかしくなって現実の世界でも少しの間ふらついてしまうらしい。
中には現実を捨てて男の人が女の人になったりするらしいが誠一には興味が無かった。
(普通に作るか。)
指でポチポチと押し自分の頭の中に浮かべる人物と同じような姿になるように設計し、大体30分ほど経っただろうか。誠二にしてはかなりの力作が出来た。
誰もがゲームの中では・・・と少なからずの願望があるにも関わらず誠二の作ったキャラクターは現実の自分と瓜二つの至って平凡な見た目。ファンタジー要素の欠片もない。
ただ驚くは瓜二つと言えるまでのキャラクターを作れるこのゲームシステムだろう。
現実と全くとは言えないが殆ど一緒で何だかファンタジー要素に欠ける。
ゲームシステムとしては金髪やとげとげしい髪型、入れ墨も自由自在なのだが誠一にはどうも遊び心が無い。
それもそのはずだ。幼少の頃から父親に教育されてきた。友達との関わり合いなどは制限されなかったが幼少から現在までの開いている時間の殆どを父親の教える勉学に費やしてきた。
友達と遊ぶこともなくただただ会社を大きくするために相手を欺き利用する術や物の流通など、子供が学ぶにしては早すぎるのでは?と思われるような事ばかりしてきた。
ただ恨みはない。父親は祖父の会社を継ぎ大きくするため自分の殆どを売った。そして今この家があり自分があるという事も分かっている。それにこの教育も誠二という我が息子を幸せにするために父親が必死になって頑張った結果の人生で誠二はその父親の気持ちを理解している。
互いにwin-winの関係だ。しっかしその間にも愛情がある。
実はこのPVIという機械も父親からプレゼントして貰ったもので生まれて初めての両親からのプレゼントでもある。
何も、何かを成し遂げた褒美と言う訳ではない。父親は息子をゲームという世界から隔離してきたがこの『サガミネワールド・オンライン』というゲームだけは別だった。
その世界が築いている社会を一体息子はどう生きるのか。
それは現実世界ととても酷似している『サガミネワールド・オンライン』というゲームだからこそ認められた考えだった。
実際娯楽なんて先ほど読んでいた心理学や経営戦略みたいな本しかなかった訳で誠二は遊ぶ前から胸の鼓動は激しいままだ。
そして最後の入力欄。名前(キャラクターネーム)だ。これはもう事前に決めてある【リーチ】。リーチというのは麻雀の有名な役の名前からとってきた。理由は麻雀におけるリーチというのはただの一役というだけではない。「私の手は完成している」という宣言だ。
これは誰よりも早く先に到達したという合図。実際の麻雀ではリーチせずにテンパイしている人もいるだろうが何よりもこの言葉が誠二は好きだった。
(出来たけど・・・これで大丈夫かな。)
誠二は自分の容姿にはあまり自身が無い。というのもモテた事も嫌われた事も無いし自分の性格の良し悪しも他の人と関わりをあんまり持たなかったため判断が付かない。
もう一度一周して変な所はないか確認し、細かな修正もしてようやくキャラクターが完成した。
VPIのモニター画面から見える機械の右下にある完了ボタンを押すと視界は前方から段々と真っ白な世界が迫ってきた。
そういう演出なのかと黙って見ていると真っ白な世界が誠一の視界を包んだ。
≪ようこそ『サガミネワールド・オンライン』へ≫
まるで本物の女性が喋っているかのような声が脳裏から聞こえてきた。
そして真っ白に覆われた視界はぼやけてきて、3秒後にはクリアになった。
それと同時に周りからは沢山の声が聞こえてきた。
雀の鳴き声、犬の吠える音、誰かが鳴らす足跡や会話。その全てが現実の音と遜色なく聞こえてくる。
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