うつりえ
美綴
1
「諸君らには夢があるだろう。なりたいものだったり、やりたいことだったり。まぁ、つまりは欲ですな。何か、うぅん、自分にはできないことをできるようになりたいという欲、そういう欲が諸君らにはあるだろう。」
どうだろう、僕らにはあるだろうか。何かしたいとか、何になりとか。あぁ、でも強いてあげるなら——。
「その欲っていうのは年をとるとだんだん醜いものになっていくものですね。諸君らはまだお若いからわからないだろうけど、どうだ、おもいあたる節があるだろう。新聞だったりテレビだったり、どうしてこうもしょうもない理由で罪を犯すのか、不思議に思うことはないか?犯罪というのは欲の暴走ですよ。そして年を取った人の動機というのはあまりに下らないですな。よく見てごらんなさい。諸君らのような学生が犯す罪を。どれもロマンチックで脆くてそれでいてとても鋭い。刺し違えてでも世界を殺してやる、そういう気持ちがこもってる。いいですか、そういう心を忘れちゃいけないですよ。諸君らは若いから、まぁ私ももう諸君らは若いからなんていう年になりましたがね、年を取るとどうしても感覚が鈍くなってくるものです。若い時にしかできないことは必ずあるんです。だからその衝動に逆らっちゃいけない。どんどんやりなさい。」
その後この人がスピーチをすることは二度となかった。
ただその場にいた僕らにとって、そのたった一回で十分だった。
うつりえ 美綴 @Shikiy
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