異世界に来たけど、こち亀の続きが読みたいから死んでも生きて帰る

じんくー

第1話 プロローグで絶命!の巻



 こちら亀○区公園前派出所と言う漫画がある。

 申し訳程度の伏せ字程度じゃタイトルのオーラが明らかに隠せていないわけだけど、ここではとりあえず、パロディと言うかオマージュなので、笑って許してほしい。お願いだから。

 ここから先は短く纏めて『こち亀』で統一しよう。

 略称だったら許されるって事で、軽く流して下さい。

 許されるよね?

 許して。

 ホントお願い。


 ってことで、そんなこち亀の話なんだけど。


 正直、滅茶苦茶面白い漫画ってわけじゃない。


 驚天動地のどんでん返しがあるわけでもなく、抱腹絶倒のギャグシーンがあるわけでもなく、人生を揺るがす恋愛をしているわけじゃない。

 こち亀ファンは世界中に数いれど、じゃあお前世界一面白い漫画なのかよと尋ねられると、薄笑いで視線を背けるしかなくなるだろう。

 いや、面白いんだよ?

 面白いし、僕自信は世界で一番好きな漫画なんだ。


 こち亀はとてもフラットな漫画だと思うんだ。

 誰が読んでも程々に面白くて、どこか郷愁を覚える。

 懐かしいんだ。

 とても長い、永遠に続く日常。

 いや、とても永遠によく似た日常。

 いつだって、どんな時代だって、漫画を開けば見慣れた皆がそこにいる。

 見知ったあいつらが、今日を平穏に笑っている。


 それって、どんな救いだろう。

 

 嬉しくて、涙を流してしまう程のものだろう。


 僕はそんなこち亀が大好きで大好きで、子供の頃から彼らの人生を眺め続けてきた。

 滅茶苦茶面白い訳じゃない。

 涙を流して感動できる訳じゃない。


 なぁ、僕は思うんだよ。


 それが一番大切なんじゃあないか?

 それが本当に本当は大切なんじゃないか?


 ――だから戦い続けるんだよ。


 生きて帰るんだよ。

 こち亀の続きを読むために。

 彼らの日常に帰るために。

 僕はこの異世界の、荒野の真ん中で、貫かれて真っ赤に染まったばかりの心臓を眺めながら、叫ぶんだ。

 僕を取り囲むのは異形の群れ。

 前時代な武器を持った彼らが、僕を睨んでいた。

 空は青い。

 風が吹いた。

 さぁ、叫ぼう。


「掛かって来いよ、化け者共ッッ!!」


 大きな声で叫ぶんだ。


「俺の肉を、喰い尽くしてみろぉぉおおおおおおおッッッ!!!」


 そうして僕は絶命した。

 異形の牙が僕の腸を切り裂き、鉄製のハンマーが腕を砕き、脳漿を美しい荒野にぶちまけた。

 僕は必死で剣を奮うけど、彼らの身体能力は僕を遙かに凌駕する。

 一体でもそうなのだから、複数に囲まれたら勝てる筈もないし、当然のように僕は一瞬で殺された。


 その後体中バラバラにされて、切り身になって出荷された。

 魔界スーパーで、タイムセールになるまで売れ残った。

 結局僕の最後のパーツを購入したのはオークの家族。

 緑色の肌をしたオークの子供が、今日はご馳走だねと笑う。

 

 美味しく調理してくれるといいな、と思った。



    □



 目が覚めると神殿だった。

 うんざりした顔の神官が、勘弁してくれとでも言うように小言を向ける。

「金は」

 僕は彼のじっとりとした目を視界に入れないようにしながら答えた。

「……無いです、ごめんなさい」

 神官は僕を蹴り飛ばして神殿から追い出すのだった。



 二ヶ月ぶりの町は、すっかりクリスマスムードに染まっていた。

 どこからか聞こえるのはジングル・ベルみたいな旋律。

 厳密に言うと異世界だからクリスマスとか無いんだけど、とても良く似た祝日だった。確か、何百年前に王族が大恋愛の末に婚姻した日、だったかな?

 カップルシートの宣伝をする空素ネットカフェのサンドイッチマンが、往来の真ん中で大声を叫んでいた。

 僕はバトルジャケットのポケットから財布を取り出した。

 空素ネットワークを解した特殊素材の皮財布は、例え死んだとしても僕の体と共に蘇生される。

 僕の持ち物の中では一番高価なもので、一応この財布は一般的な学院生の三年分の学費に相当する。

 中身を見ると、小銭入れに3400ゴールド。

 思った以上に残っているかも。

 平均的な蘇生費用には程遠いけど、どうやら数週間は食事代に困ることは無さそうだった。

(……とは言え)

 今月分の家賃はどうしよう。

 そろそろ僕もホームレスだぞ。

 冒険しながらホームレスって言うのは、体力的に厳しいかもしれない。

 とりあえず、バイトでも探すかな。

 僕はコンビニからバイト求人誌を手にとって、喫茶店に入っていくのだった。



 バトルジャケットを着ている僕を見て、灰色の髪をした中年のサラリーマンが、鬱陶しそうな視線を向けた。

(臭うかな)

 襟を引っ張って臭いを嗅いでみるけど、たぶん無臭。

 だとしたら、彼は冒険者が嫌いなんだろう。

 冒険者って言うのは、前の世界で言うところの売れないバンドマンみたいなもんだ。

 まともに生きている人からしたら地に着いた生活をしろと小言が飛ぶし、両親が最も目指して欲しくない職業の一つだ。

 冒険には矢鱈滅法に金がかかる癖に、得られる物なんて殆どない。その癖死にまくるもんだから、冒険者の殆どの末路は精神を病んでしまうと言う物だった。

 僕はやかましいわいと思いつつ、メニューを開く。

(コーヒーが200ゴールド。これを我慢すればやくそうが20個買える)

 まぁ、たまには良いだろう。

 死後初めての食事だ。胃が吃驚するので、あんまり量は食べられないけど、僕はどうしてもカフェインが摂取したかった。ミルクと砂糖をたっぷり入れれば何とかなるだろう。

 僕はついでにチューサー代わりのレモンパイを頼んで、バイト情報誌を開く。


(コンビニの店員、時給400ゴールド)

(居酒屋ギルドのウエイター、時給500ゴールド)

(サラマンダーの飼育業務、日給4000ゴールド)


 うーむ。

(鍛錬をしつつ、働けそうな場所は……)

 もしくは端的に、『冒険者求む!』みたいな求人は無いのか。

 商人の護衛とか、洞窟の探索任務とか。

 無いよなぁ。でも、あると嬉しい。

 無いと分かっていても、探してしまう物なんだよ。そこを、チルチルとミチルは失念している。

 そんな事を考えていたら、のほほんとした声が耳朶を擽った。

「貧乏暇なしです?」

 羽音。

 ふわふわ。

 水色の髪に、白い肌。

 身長30センチも無いその女の子が、いつの間にか僕の隣を飛んでいた。

「ふわふわ」

「はい」

 どーも、と彼女はゆるゆる敬礼した。

「ふわふわ、です。ローグさん」

 擬態語を名前に持つと、こうも面倒くさいのだなと僕は思った。

 『ふわふわ』と言う固有名詞を持つ妖精の彼女は、僕の方をじっと見ながら、テーブルの上に女の子座りをした。

「まだ冒険者してるですか?」

 嬉しそうな声をして彼女は言った。

「見下してんじゃないよ、身長30センチ以下め」

「そんな小さくないです! 今朝測ったら、34センチだったです」

 彼女は背中のバッグから巻き尺を取り出して、キーキー叫んだ。

 妖精族は何でか分かんないけど、声が高い。

 学院を出てからアパレル関係の仕事に就いた彼女の服装はお洒落だった。

「そもそも、見下して、無いです?」

 彼女はこくりと首を傾げる。

「じゃあ、何だい」

「あこがれ、です」

 うっさいよ。

 僕は彼女のちっちゃなおでこにでこぴんする。

 せくはらです!と、水色の髪の毛を揺らしてキーキー騒いだ。

「妖精族に発情なんかしないよ」

 彼女は、種族差別です!と騒いだ。

 騒いでるけど体が小さいから声も小さい。

 たぶん、だから一々叫ぶんだろう。

 大変だなぁ。

「それでローグ、なんでバイト、です?」

 妖精族は言語野に脳のリソースを余り割り振っていないので、言葉足らずな事が多々ある。だから言葉が通じにくいと思われがちだが、その分、彼女たちは芸術的なヒラメキに優れていた。

「そろそろ、私のヒモになるです?」

 僕は彼女にでこぴんした。

 せくはらです!とキーキー騒ぐ。

「僕は冒険者だぞ」

 誇りにあふれているのだ。

「ぱとろんは良いものです」

 ぱとろん? ……パトロンか。

 ちっちゃい癖に、粋な言葉を知っているじゃないか。

「コンビニ、時給200ごーるど……人間さんは、お金もちですね?」

「そうそう、君ら妖精族とは物価が違うのさ」

「たいへんです」

 そう、大変だ。

 生活するのって、とても大変。

 彼女にはなまるをあげる代わりに頭を撫でてあげると、彼女は顔を真っ赤にしてされるがままになった。

「えっち」

 そうか、えっちなのか。

 人間の女の子の頭を撫でるのは抵抗あるけど、妖精はちっちゃくて小動物然としているから、その手の抵抗が全然無い。

(ふわふわは、こっちに来てから出来た初めての友人だ)

 こっちに来てから。

 つまり、僕が異世界にやってきてから。

 ふつうの新卒サラリーマンの暮らしに七転八倒しつつも過ごしていた僕が唐突に異世界にやってきてから、もう5年ぐらいになる。

 僕が田中昭吾から、ローグ=シュヴァイツェンと言う発音し難い名前になってから5年。

 あっちの世界に居たままだったら、会社の中でどんな位置に居たんだろうか。

「ローグは冒険、辞めないです?」

 不意にふわふわが小首を傾げた(かわいい)。

「辞めないよ」

「痛いこと一杯なのに?」

「辞めないよ」

「苦しいばかりで、ほめられることもないのに?」

「うん、辞めない」

「そっか。大変です」

「そうさ。大変さ」

 僕は冒険を辞めない。

「なんでですか?」

 彼女が聞いて、僕は笑った。

「こち亀の続きが読みたいから」



 彼女は、訳わかん無さそうにふわふわ笑うのだった。

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