唖の鶏
射矢らた
第1話
冬。朝早くから起き出し、文机の前に
「決めました」
と言った。僕は急にバカらしくなって机に向き直った。
「何を」
「死ぬことにします」
その言葉に僕はまた振り返らなくてはならなかった。うちには猫のほかにもう一匹、なんの相談もできない者がいる。将棋指しの
「そうか」
そうか、と言って、ふっ、と噴き出してしまった。
「
彼はいつも大まじめである。また僕の悩みのタネが増えたようだ。
「死ぬのはいいけど、ひとン
「へえ。冷たいじゃないですか、ヤノシンさん」
古泉は立て膝で近づいてきて、肩越しに僕の顔を覗き込んだ。息遣いに耳を澄ませる。
「別に、いつもこんな感じだろう。とりたてて優しくした覚えもないが」
わざと、突き放してみる。いつもいつも、この男に翻弄されているわけにもゆかない。
「ヤノシンさん、これ」
古泉は、となりに座り直してから、上目遣いで紙切れを差し出した。見ると、千円札の束。凝視したまま動かないでいると、古泉は札束を僕の腕に押し付けてきた。
「取ってください、早く」
「どうしたんだ、これ」
言われるがまま、全部受け取って数えると、千円札ばかり十八枚。
「昨日、雀荘行って稼いできました。家賃に充てて下さい」
肩のすぐ後ろにある古泉の、刺すような目を見た。彼の瞳はいつも潤んでいる。将棋指しは麻雀も強いのかも知れない。僕は将棋も麻雀もやらないから、よくわからないが。持ち金は三万六千円、小泉の金を足して五万四千円。払える。
「いいのか? これ全部?」
「取って下さい。僕はもう死ぬんですから」
金に目が眩んで忘れていた。そんなこと、言っていたな。
唖の鶏 射矢らた @iruya_rata
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