宇宙船は時を超える

槻木翔

遭難1時間目

「ここはどこだ?私の名前は…」

くそ、頭痛が思考を妨げる。何も思い出せない。気を引き締めろ!

見渡すと多数のモニターが目に入った。懐かしさを感じるモニターだ。ペンや冊子などの書類が散乱している。空中に。ああ、分かった。ここには重力がない。宇宙だ。ここは宇宙船だ。

身体を探って見る。ポケットにカードが入っていた。IDカードだった。

「アメリア・アンダーソン、アメリカ合衆国空軍少佐、船長?」

IDカードに付いている写真は近くのブラックアウトしているモニターに映る自分の顔と同じだ。ということは、私が「アメリア・アンダーソン船長」ということになる。よくわからなくなってきた。


「OK、情報を整理しよう」

ここは宇宙船だ。間違いない、おそらくIDカードに書いてあるメリフラワー号だろう。そして私は船長として乗り込んでいる。では船員はどこだ?まさか一人乗りと言うことはないだろう。


船員問題は保留しよう。ここが宇宙船である以上、コンソールを確認すれば状況が把握できるはずだ。

「コンソールはどこだ?あそこか。見た感じここはコックピットだな」

おっといけない、酸素が十分にあることを確認するまで余計な空気の消費は控えるべきだ。だんだん頭がクリアになってきた。しかし一向にこの状況に至った過程が思い出せない。

システムコンソールはこれか?


酸素残量。チェック、予備タンクに130kg分。問題ない。

「はぁ~」

よかった、酸素は一人では十分な量がある。もしかしたら船員は他のモジュールにいるのかもしれない。


船内状況照会、各モジュールの熱源確認、人は確認できず。救命艇、離脱済み…。取り残されたのか?いや、そんなわけがない。私がどんな人間であったかは思い出せないが、生還の見込みのない状況に身を置くことはないはずだ。なぜなら今、私は生きたい。


コントロールシステムアクセス、船長の緊急操船権限を行使、『パスワード』ダメだ…思い出せない。

いや、必ず生還の見込みはあるはずだ。救命艇が失われた今、頼りは月面基地からの救助艇スクランブルだろう。空間位置関係照会、本船は火星からの帰還軌道から逸れ地球から遠ざかるコース。やはり何かしらのトラブルが起きたようだ。どのくらい気を失っていたか分からないが、地球との交差時から現在の速度の秒速38kmを維持していたとして、救助艇のスクランブル所要時間は1500秒、無人救助艇の最大速度は秒速40kmなので…


「約8時間後には救助艇が追いつく。8時間粘れば私の勝ちだ!」


次は通信機材の確認。

これが生きていればだいぶ楽になるが…、そんなに都合よく生きているはずがないか。

「メーデー、メーデー、どこでもいい、聴こえる?誰か応答して!こちら宇宙船メリフラワー号!空軍少佐アメリア・アンダーソン、管制センター!月面監視基地!聞こえてる?」

必死の呼びかけで得たのは、雑音とそれに伴う軽い絶望。

「聴こえるのは雑音だけ…」

通信機が壊れているらしい、送信機が壊れているのか受信機が壊れているのか、はたまた両方か。外に出て確かめるしかなさそうね。


私はコックピットを出た。船外作業ができるかどうかを確かめなければならない。船外作業ができたらソーラーセイルを貼るなり通信機を予備と交換するなり方法はある。


「ここで8時間じっとしているなんて論外だ」




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