最終動

「セイントは絶滅し、国際連邦結成についての第一歩もなんとかかんとか踏み出されたわ。まずはめでたしめでたし、ってとこね」

 市ヶ谷中央永久要塞地下第三層の情報統監部情報第十一課「エルフィン」で、小林御おみつ光一佐は四人のスペリー戦士と、副官一尉を労った。

 首脳秘密交渉は一応無事に終わり、引き続き実務レベルのすりあわせに移っていた。とは言え、世界的財閥の「好意的援助」の元、先進各国だけが世界の将来を一方的に決めるのである。

 それがN.O.T.即ち新世界秩序の如何わしい正体だった。

「これでクライネキーファー家は、堂々とインターナショナル・コモンウエルス設立に影響を与えることが出来るわけですね」

 来島はやや不愉快そうだが、小林は妖艶に微笑む。

「そう言うことでしょうね。でも世界秩序確立のためには莫大な資金が必要だし、世界一の富豪がスポンサーなら有り難いじゃない」

 事実、十年前一種の武断主義に転じた国際連合は、戦火の拡大を阻止出来ていない。五年前にアフガニスタン東部の争乱に介入して以来、平和強制軍は大規模介入もしていない。

 核大国常任理事会による武力平和強制も、破綻していた。

「しかし、セイントを操っていたのが奴らだと言う噂は」

「まぁ噂は噂よ。あの一族のやりそうなことだけど、世界情勢ってのは複雑怪奇。結果さえうまくいけば、それまでの汚れ仕事はウヤムヤ、って言うのがルールよ。

 過去にもいろんな汚いことがあったわ。でも大半は歴史の闇の中。明かになったことのほうが少ないのよ」

 夢見たちの肉体的な傷もほぼ癒え、スガル隊員全員に服部軍令本部総長から特別殊勲章が贈られることが決まっている。

 また白瀬首相と上田国防相からも、特別感状がおくられるはずである。

 小林はずっと上機嫌だ。今日はいつもより香水が強い。そして極めて珍しいことに、青みがかった灰色の軍例本部員制服をきちんと着ている。なかなか似合っていた。

「ヴァージニアには気の毒だったけど、新しき歴史の為の犠牲者、いえ殉教者かしら」

「……愛らしい少女でした。いくらでも幸せになれたはずなのに」

 夢見の言葉に、しばらく沈黙が辺りを支配した。小林は小さくため息をはく。

「そうね、あなたにとっては………でも道を踏み外したのは彼女自身。

 貧乏だったから不幸だったからと言って、犯罪おこす人って多いけど、許されることじゃないでしょ。貧乏でも不幸でも、立派にそれをはねのけて大成している人だっているんだもの。

 多少は大目に見ても、生い立ちなんて犯罪を正当化しないわ。もっと別の生き方もいくらでもあった。彼女は自分で最悪の道を選んだのよ」

 派手な格好と常識はずれの態度は見せても、小林「狂い咲きおミツ」は知的かつ冷静、ある意味来島より豪胆な女傑だった。

 この女と話していると、夢見は不思議と落ち着く。

「……不思議なものです。私を救ってくれたのに、自分自身は救えなかった」

「どんな名医でもね、自分の病気は治しにくいものなのよ。医者の不養生ね。

 あなたにとっては精霊。世界にとっては悪魔……だったのかしら。

 神様が新しい信仰によって天界からおっことされると、悪魔になっちゃうそうよ。サタンとかルシファーとかにね。ルシファーは元々『明星』の神、悪魔デーモンは守護霊ダイモンね。

 石動いするぎのおばさまが、前にそんなことを言ってたわ」

 今日の夢見は、小林の目をまっすぐに見つめている。みなが心配するほど、落ちついていた。

 入院中は胎児のように丸くなり、誰とも口をきかなかったのだ。退院後は、何故かふっきれたように清々しい顔をしている。ポーズかも知れない。

「特殊超常能力ポテスタース・スペルナートゥーラーリス。その正体はまだまだ未知だけど、素晴らしい威力はいやと言うほど判ったわ。

 田巻クンが究明にやっきになるわけよ。

 なんとか経済破局から立ち直った我が国が、今後激震必然の世界情勢をのりきるには、是非ともこの力の解明と利用が必要よ」

「しかし一佐殿………」

 夢見が真剣な眼差しで反論した。

「まだ完全に制御出来ているわけじゃありませんし、本当にその………恐ろしい力です。

 こんな力、果たして人間が持っていいものなんでしょうか」

 ちょっと驚いた小林はまた妖艶に微笑み、腰をくねらせ夢見に徐に近づいた。

「ふふ、そうね。まだその研究ははじまったばかり。でもすでに世界の驚異となりつつあるわ。

 どうやら我が国は、世界最大の超常軍事力保有国になっちゃったようだし。

 どう、恐い?」

「………それは」

「恐くて泣き出したいんなら、やめりゃいい。捨てるのはいつでも出来るわ。

 恋すりゃいいんだもの。女になればそれまで、簡単なことよ。

 でも、一度捨てれば二度とは取り戻せないってことは、ご存じよね。妊娠と出産には危険な力だしね。でもあなたはせっかく選ばれたのに、もったいないな」

「選ばれた? 自分が?」

「ごく普通の女として生きるか、超常の能力をもった後継人類として生きるかはあなたがた次第ね。ジャストに強制する権利はないわ。

 一度しかない人生、あなた自身が決めるの。

 でもね、ミネルヴァの言ってた劣等人類の一味である私からすれば、うらやましい限りだわ。

 誰にもない能力、神秘の力。でもダーウィン適応には貢献しない、突然変異の産物かも。そして多分これから先、あなたたちみたいな人はどんどん増えるんでしょうね。

 やがてPSNなんて、ごくあたりまえの能力になるかも知れない。もってないほうが珍しくて、いつかは淘汰されるのよ。その時はきっと、適応上の存在理由が出て来るのかしら。

 二本足で立った猿が、いつか言葉を話すようになった時みたいにね」

 夢見も、そして残る三人も小林の不愉快な笑顔をしばらく睨みつけていた。


 石動情報統監部長に呼ばれている来島は敬礼すると、二人の部下と別れた。夢見と小夜は通常勤務服へ着替えようと、永久要塞敷地内にある宿舎へと戻る。

 地上へ通じるエレベーターが降りて来るあいだ、夢見が口を開いた。

「私たち、その……どうなるのかしら」

「………本当にどうなるのかなぁ。なにかが変わりつつあるのだけは確かだけど、何がどうかわっていくのか、検討もつかない」

「………不安です」

「あなた個人だって随分かわったじゃない。悲壮そうなのは同じだけど、なんか開き直ったような強さがあるわ。対人恐怖は、ついに克服したみたいね」

「恐怖心はなくなってけど、ますます人嫌いになったかも知れない」

「私も?」

 小夜の語調になにか只ならぬものを感じ、三曹は肉体をこわばらせた。

「不思議ですけど二曹殿は別です。同僚だった里美以来、なんて言うか安心出来るんです」

「だったらそんな他人行儀な呼び方はよしてよ。水臭い」

その言いざまに、どこか尋常ならざるものを夢見は感じた。

「は? ……あの」

 その時、エレベーターの大きなドアが左右にスライドした。一瞬固まった二人の下士官は、徐におりて来た人物に敬礼した。田巻も答礼する。

「感状やってな、おめでとさん」

 エレベーターにのりこみドアがしまると、小夜が息を吐き出した。

「あのタマキンの奴、何をたくらんでいるのかしら、全く」

「………知りたくもないですね」


 小妖精エルフィンたちには一週間の特別休暇が出た。出向を終えたオーリャはロシアに戻り、来島は何を好き好んでか、過酷で有名な自発的レンジャー特別訓練に参加すべく東北へむかった。

 大神夢見と斑鳩小夜は、土産を持って故郷へ帰ることにしていた。

 しかしどちらが言い出すでもなく、帰郷前に一度二人だけで温泉で骨休めをすることになった。

 小夜の里は越後である。夢見は海がみたいと言い、二人して越前海岸の温泉宿を訪ねた。ここからならば長岡も近い。

 日本海の見渡せる露天風呂に使っていると、何もかも忘れそうになる。

 ウイークデーの昼下がり。二人以外に客もない。夢見はゆったりと湯船につかりながら思い出していた。総ては終わった。そしてまた新たな事態がはじまる。

 やがて独り言のように呟いた。

「特殊超常能力か。そんなもの欲しくもなかったけど、恐がって捨てるのも癪ですね。でも…………恋をすれば特殊能力失うなんて、神様も随分意地悪ね。

 もっとも人ぎらいの私には丁度いいかも」

 人嫌いを直すつもりで統合防衛官になった。人より苦労した。しかしますます他人との関りが難しくなっていた。

 とは言えここで「降り」れば、自分自身まで嫌いになりそうだった。

 暫くして、小夜はやや焦りながら答えた。

「わたしは男の人にほとんど興味ないから、今のままで満足よ。

 こんな経験、他の誰にも出来ないもの」

 わずかに顔を赤らめそう語る。

「その……男嫌いには見えませんでした。なかなかその、魅力的だし」

「……確かにモテたけど、何故か男に興味なかったの。

 その理由がこのあいだ、やっと判ったわ。私の……自分の、本当の気持ちが」

「このあいだ? 何の時にです?」

 横を見た夢見は凍り付いた。頬を赤く染めた小夜が、自分に熱い視線を送っている。その激しい思いがいやでも心に流れ込んで来る。

 大神夢見は本能的に湯船の中で手拭いを広げ、肌を隠した。斑鳩二曹は恥ずかしそうに視線をそらしたが、胸を高鳴らせたままだった。夢見はなんと言っていいか、どんな態度をとっていいか判らず、ただ焦り慌てるばかりだった。

 晴れ渡った日本海は、ただ穏やかに波うっていた。


 薄暗い会議室の中の空気は、張り詰め強張っている。円形テーブルを囲む人々の顔は、間接照明の中で青ざめているように見える。

 事実、多くの幹部達は緊張していた。

 市ヶ谷中央永久要塞に翼を広げる、新古典帝冠様式の建物の地下第三層。その「奥の院」にある特別警護会議室には、我が国防衛の枢機を担う人々が顔をそろえていた。

 そしてここに集まった人々は皆、国家最高機密群「アルカーナ・マークシマ」を護り、その恐ろしさを探求して行く義務をおっている。

 大型モニターの前に座る服部軍令本部総長も、珍しく少し当惑していた。

 この件については小林が独断ですすめている。今度の大騒動も、総てが片付きマスコミ操作も終ってから、報告を受けたにすぎない。

 医師資格をも持つ一等佐官小林課長は悪戯っぽく微笑み、わざとらしく鼻にかかった甘え声で言った。

「おエラい皆さんの危惧はもっともです。わたしだってあの力は正直コワいわ。

 でもね閣下。大神夢見三等曹長も斑鳩小夜二曹も、みんな私に任せてもらえる。そう言う約束で、このお仕事をお引き受けしたはずですわね。

 そして失敗すれば、全責任を押し付けられる。

 私は私なりの研究をすすめていきたいんです。データはいくらでも御渡ししますし、場合によってはそちらの希望する実験を、私自身がおこなってもよろしいですわ。

 でもね、私の可愛い小妖精エルフィンたちは、とてもデリケートですのよ。」

 内閣の重鎮上田国防大臣を、小林は流し目で挑むように見つめつつ微笑む。

「…………先生。何かご意見は」

 突然ふられた「微笑みの寝業師」は、慌てた。

「わ、わしは専門外だから、その………何も一佐が不適任だと言うとるわけじゃありゃあせん」

 大臣の当惑をみかね、統合軍令本部長が何か言おうとした。その直前、常に沈着冷静な女性将官が澄んだ声を会議室に響かせた。

「この件に関しては」

 石動情報総監部長将帥は、斜め横に座る小林とその傍らの田巻を一瞥する。

「あくまで統監直率のプロジェクトであることを御忘れなく。

 小林課長の実験計画も、当然わたしの指揮下にあるはずね」

 小林はペロリ、と舌を出した。

「そして田巻一尉」

 田巻は細い目を見開き、青ざめ硬直した。

「君は上田大臣の密偵ではなく、私の直接指揮下にある情報参謀だね」

 密偵などと言う大胆な言葉を使ったが、上田は憮然とするだけで黙っていた。

「は……当初の計画ではPSNを実戦配備しつつその能力を調査、さらなる発達をはかると言うものでした。いささか事態は困った方向に進展しましたが、ほぼ成功と言えます。

 PSNの解明は、人類史に新たな段階を創り出すことになるでしょう」

「し、しかしそんな重要きわまりない事項を、情報統監部で、いや国防省だけで独占すると言うのは、その、党内にもどえりゃあ反発があってのう」

 上田はおずおずと反論する。

「無論私がその研究を独占するつもりなどありません。

 ただ、国防への応用や、まして産業活用など、言語道断です」

 突如小林が拍手しだした

「いつもながら見事な演説ですわ。崇高な使命は理解出来ます、部長。

 でも私だってあの愛らしい乙女たちを、人類史とやらの犠牲にするつもりはございません。ね、上田先生、服部総長」

「………確かに小林君は性格こそその。ともかくこの分野の研究については第一人者です。わたしの指揮命令下にあることを再度認識し、今後もPSN研究に専念してもらいましょう。ただしあくまでわたしの指揮下でね」

 小林は妖しく微笑み、座ったまま恭しく敬礼して見せた。石動はやがて立ちあがり敬礼すると、威厳ある足取りで会議室をあとにした。

 のこされたお歴々は、顔を見合わせてため息をつくしかなかった。

 小林がどこか嬉しそうに出ていくのを待って、上田国防大臣が、続いて田巻がおずおずと廊下へと出た。田巻にしてみればそもそもこの分野の研究の提案者は、自分のはずだった。

 小林課長は少し振りかえると、意味ありげな微笑を残し、形のいいヒップをふりながら角を曲がって消えた。

 それを見届けると、ゆっくりと歩きつつ上田が言う。

「石動君には逆らえんよ。当分はおとなしくしておきたまえ」

 田巻は青ざめつつ、もごもごと答えた。

「せやけど、スペリーとPSNの存在は、いずれ世間に知れ渡ります。時間の問題やし。

 自分たちを凌駕する、いや支配し滅ぼすかもしれへん継承人類の存在に世間一般が気づいたら、それこそ価値観の崩壊やし。

 今からなんとかせなならんのに………」

「君の目論みは、もっと別のとこにあるんだろうがね」

 一等尉官田巻己士郎は本心をつかれ、不機嫌そうに黙り込んだ。


 大和州南部、紀伊郡の穏やかな海に面した高台にその施設はあった。

 州立長期滞在型療養施設である。新古典主義様式に南欧的な装いを加えた明るいサナトリウムには、三十数世帯五十人余りが暮している。

 高齢者棟の広い庭に面した二間続きの部屋には、「OHMIWA」と言う表札がかかっていた。

 偵察車から降りた長身の女性は、受付で簡単な手続きをすませるとその部屋を訪ねた。

 大神悟はちょうど庭仕事を終えたばかりで、珍しい来客に驚きつつもドアを開けた。そして少なからず驚いた。

 航空兵科を示す紺色の下士官制服に、銀のボタンや階級章が輝いている。独特のケピ帽を被った短髪の女性は、敬礼した。

「ゆ……夢見っ!」

 呆然とする父を押すようにして入ると、中を見回した。

 きれいに片付いている。

 南の庭に面した椅子で、ヘッドフォンをつけてなにやら呟いている母親を見つけた。朝から「日課」である音楽を聴いていた婦人は、やや驚きながらヘッドフォンをはずした。

 確かに長身の娘だが、あのおどおどとした様子がない。堂々と母親を見下ろしている。

「おひさしぶり、お母さん、お父さん」

 父親はどうしていいかわからず、つったっている。娘は制帽を脱いだ。

「本当にひさしぶり。でもまた当分会えないと思うから、休暇もらって顔見に来たの。母さんの様子、どうかしら」

 かつての美麗様は、現実と空想のあいだをまださ迷っていた。娘は慣れた光景を、悲しげに眺めている。父親は耳元で言った。

「母さんは少しよくなっている。このごろは自分で食事を作ることもあるし、レクリエーションにも出てくれるようになった。

 昔のアルバムを、懐かしそうに見てるよ」

「………そう、よかった。

 私ね、もう二等曹長になったの。本当は三等もあぶなかったんだけどね」

「それはよかった。なにか手柄でもたてたかな」

「まあね。でも今日はね、祝って欲しくて来たんじゃないの」

「………珍しく来てくれたと思ったら。何かあったのか」

「ううん。証明しに来たの、父さん母さんに是非」

「証明? 何を」

「見せてあげる。かあさんは嘘つきじゃなかったってことを。

 父さんはずっと母さんを信じていなかった。大切にして、健気に看病していたけど、一度として信じてあげられなかった。それは私も同じだけど。信じるのが怖かったのよ」

 あの無口でおどおどしていた娘が、はっきりとものを言う。

「今更そんなことを持ち出されても………」

 夢見は数歩さがって呼吸を整えた。

「見せてあげる。母さんの血を受け継ぐ私の力を。

 これがポテスタース・スペルナートゥーラーリスよっ!」

 母は何事かを感じたらしく、チェアの上で瞳孔を見開いている。父親はソファーに腰を降ろし、不安げに娘を見上げた。

 大神夢見は量目をとじ、両掌で頭を包み込みながらゆっくりと長く、生きを吐き出した。すると全身から、薄く紫に輝く靄のようなものがほとばしった。

 部屋の中が異様な気配につつまれる。初老の父親が驚愕していると、一人娘の体から発した「気」が、母親の座る椅子を包み込んだ。

 やがて彼女を乗せたチェアは、淡く輝きながらゆっくりと僅かに浮かんだのである。ほんの数センチだが、確かに椅子は浮いていた。

 悟はソファーにしがみついて顔面蒼白となった。母親はチェアに深く座ったまま、うっとりとしている。頬を涙がつたう。

 やがてチェアは静かに着地し、淡い光もおさまった。

 夢見は目をあけた。息があらい。父は喘いでいる。母は涙を流しつつ、懐かしそうに微笑んでいる。

「どう、わかった? 母さんは単なるアイドル霊能者でも偽物でもなかった。

 本物だったのよ」

「そ、そんな……まさか」

「でも父さんと愛しあった時、選ばれた聖なる資格をうしなった。そのころはPSNなんて言葉すらなかったわ。二人は純粋に男女として愛し合った。

 そして母さんは巫女たる資格を失ったかわりに、私を産んだのよ。

 私はとても、感謝しているわ」

 涙を流していた母親は、立ちあがって娘を抱きしめた。

「今やっと判った……おまえと引き換えて失ったのなら、全く悔いはないわ。

 でも誰も信じてくれなかった。力を失ったことよりも、そのことが悲しかった。私のことを金づると考える私の父さんは、私にインチキを強要したわ。

 でも、私は……私はそんなことよりも」

 やっと父親も口をきけた。

「な、なんてことをしてしまったんだ。この十七年はいったいなんだったんだ」

「父さんの最大の欠点はね、真面目すぎることよ。世界中の人が母さんをインチキ呼ばわりしても、父さんだけは信じてあげて欲しかったわ。

 二十年前は胡散臭い魔法だったかも知れないけど、今では『力』の国家的研究がすすんでいるわ。母さんから私が継いだ超常の力は、実用段階にあるのよ」

「………な、なんと言ってわびていいのか」

 かつての美麗様は、ひさしぶりに夫を抱きしめた。

「もういいわ。私が本物だって判ったでしょう。それで充分」

「もう二度と戻れないんだぞ」

「戻りたくもないわ。今は夢見が立派に継いでくれている」

 抱き合い、静かに嗚咽する夫婦に対し、大神夢見は敬礼した。

「当分あえないと思う。お元気で」


 サナトリウムの外では、白い開襟シャツ姿の田巻が、所在なげに待っていた。

 涙を拭きながら出てきた夢見に、媚びた微笑みを見せる。

「どないやった、親子の対面は」

「特別室の御手配、ありがとうございます」

「君は我が国にとって大切なお人やさかいな。生活とリハビリについては心配せんでええ。上田センセの後押しもあるよってな。

 せやけど今回は、石動閣下の『特別の御高配』言うやっちゃで。もう作戦以外でポテスタースつこたらあかん。警官の銃弾よりも厳しい統制受けてんねんで」

「判っています。はじめは一尉殿のことを随分うらみました」

「………まあ嫌われるのは、なれとるわ」

「でも今は感謝しています。私の力を目覚めさせてくださいました。そのおかげで、母も父も救われたんです。…………そしてきっと、ヴァージニアも」

 田巻はきょとんとした。感謝されることに慣れていない。

 やがて二人を乗せた小型偵察車「くろがね」は、静かに走りだした。


 大神夢見は、窓の外を漫然と眺めている。彼女にはもう、「夢の精霊」はいない。彼女自身が滅ぼした。夢見はもう、夢に逃げ込むことが出来なくなった。

 しかし彼女は確かに自分を取り戻した。人嫌いはそれほど直っていないかも知れない。

 だが周囲への恐れと生きることへの不快感は、不思議なほど消えていた。

 特殊超常能力者に生まれたくなどなかった。しかし天から賦与された力を、むざむざ捨てる気にもなれなかった。

 自分の不幸の原因がこの力にあったのだと判った今、少しは幸福になるために使いたい、とも考えはじめている。

 この世に生まれてきた理由も、少し判りかけているような気がしていた。

 自分が何故こんな厄介な「力」を背負っているのか。天意は自分に何を求めているのか。いつかその真意を探り出さなくてはならない。

 それこそ自分に課せられた、聖なる使命であるように思えた。

 

 大神夢見はもう、恐れてはいなかった。自分自身とその未来を。




                                  完

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機動特務挺進隊スガル Special Group of Armed Legionaries 小松多聞 @gefreiter

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