第十動


「さあ、いよいよこれからが本番だよ」

 この朝、来島郎女三等尉官は市ヶ谷地下で三人の「部下」に命じた。

「特別顧問のラストーヴァ嬢を含めた我々機動特務挺進隊スガルは、御殿場にある特殊施設の特別警戒待機体制に移る。当分泊まりこみだ」

「…………御殿場ですか」 夢見には嫌な思い出があった。

「私も詳細は知らされていない。演習場付近に急遽国際会議場か何かを作っていて、そこをセイントなどが襲う可能性がある」

 オーリャが例の悪戯っぽい笑みを見せた。

「相変わらずね。情報組織の中が一番情報に疎いなんて」

「あくまでも非公式な要注意情報だが、会談には国連常任、及び準常任理事国の全権代表、国によっては国家元首が参加すると言う。言わば世界の首脳が一堂に会するらしい。

 御殿場界隈には演習名目で警備部隊が集合、厳戒態勢に入っている。

 無論警備主力は警察だが、我がジャストも全力をあげて会談を警備する」

「そう。いよいよ栄えある国際連合最後の日ね」

「? なんのことよ、オーリャ」

「ふん。あなたたちが国際情報に疎いのは今にはじまったことじゃないけど、 ちょっと呆れるわね。セイントが何故執拗に日本を、特にあなたたちを狙うか本当に知らないの?」

 穏健な小夜もやや怒ったように言う。

「明日からはじまる国際首脳会議なんて、一切報道されてないもん」

 オーリャは手近にあった椅子に腰をおろして微笑んだ。

「むかしね、国際連盟ってあったでしょ。第一次大戦後、百年以上前に出来たけど、結局ナチの台頭も世界大戦の勃発もとめられず、瓦解したことぐらい当然ご存じよねぇ。

 第二次世界大戦後はそのひ弱な理想主義の反省から、核大国のみに決定権を持たせたあの国際連合が出来たわ。

 でも結局は大国のエゴ、小国の身勝手にはなんの効果もなく、今の世界的混沌と文明間対立に至っているのよ。国連も今や有名無実の抜け殻ね。

 そこでね、手を焼いた先進主要国が今度は強力な常設軍隊と、過酷な強制執行力を持った新組織を作ろうとしているの。新思考の元にね。

 合い言葉はね、NOT。Novus Ordo Terrae。

 地球新秩序ってとこね」

「そこまでは知らなかった。その情報はどこから得たのかね」

「ふふ。ほとんど崩壊してしまった国連にかわる世界秩序はね、国際連邦、インターナショナル・コモンウエルスと呼ばれる予定よ」

 来島のくっきりとした眉が微かに動いた。政治、中でも国際関係に疎い夢見や小夜は、生意気で傲慢な未成年の語る「意味」がほとんど理解出来なかった。

「国際連合の発足には、世界最大の富豪だったロックフェラー家が大きく関わっていたわ。

 今やロックフェラーもロートシルトもモーガンも風前のともし火。かわって世界新秩序を支配下におこうとしているのが、ご存知無国籍世界企業のクライネキーファー家よ。

 ところが先進各国首脳だって、そう簡単に奴らにしてやられない。金はもらっても距離は置いている。そこでスイスの誰かさんが、焦っていろいろと圧力かけているのは確かね。

 ちょうどうまいところに、ただ破壊と混沌だけを求めるセイントか…………」

「ラストーヴァ君はミネルヴァの背後に、かのクライネキーファー商会がいる、とでも言うのかな。新国際組織に対する恫喝目的で」

「さてね。でもそれぐらいのことは、やりかねませんわよ。クライネキーファー一族も早くから、ポテスタース・スペルナートゥーラーリスには注目していたはずだから。

 もう五六年になるかしら、世界人類史会議がジュネーブで開催されたでしょ」

 そのことは小夜でも知っていた。世界的不況と同時多発的局地紛争、小型戦術核の無制限使用による破局的情況を憂い、各国の学者や識者が会し、一箇月にわたる討議をくりひろげた。

 そのスポンサーは、クライネキーファー家だった。三十人近くのノーベル賞学者、百人以上の各界権威が熱心に論争をぶつけあったと言われるが、その結果は世界にむけての友愛と平和を訴えたアピールだけだったとされている。

「当時のマスコミは落胆非難し嘲笑したわ。世界的頭脳が集まって、そんなありきたりな結論しか出せないのかってね。

 でも本当は結局人類の将来は悲観的だって結論に達したのよ。とても恐ろしくてそんなことは公表出来なかった。だから議長のジルヴェスター博士が隠蔽したの。

 詳細は、出席したコンドラチェーンコ博士がこっそり打ち明けてくれたわ」

 破局は必定、人類文明は裁きの時を迎えつつあった。回避は不可能である。世界的な混乱と紛争は、予定された終末への序曲なのだ。そこでヴィルベム・ジルヴェスターなどごくごくトップレベルのあいだで、極秘裏にかすかな「可能性」について討議されたと言う。それは、人類の偉大なる遺産を継ぎ、この惑星に新たに君臨する「存在」についての問題だった。

「それは『継承問題』と言う名で呼ばれ、以来今日にいたるまで世界政治の奥の院で、密かに熱心な研究が続いているはずよ」

 オーリャは相当むずかしい日本語でも使える。夢見はその漢字がすぐには思いうかばなかった。来島は低い声で静かに尋ねた。

「………何の継承かな」

「もちろん人類の。つまり地球を汚し、搾取しきった現世人類のあとを継ぐ正しき者について。

 もう今の人類には未来がないし、このまま任せておいたら破滅しかないのよ」

「じ、人類を継ぐって、あの……いったいなに者が?」

 夢見は目を見開いた。何か邪悪な思いがよぎったのだ。

それを察したオーリャは冷たく微笑む。

「ここ十数年でスペリーが発見されだした。まだ二十人ぐらいだけど。これが人類史の新しいステージだとしたらどうかしら」

 賢人会議はスペリーこそ新しい人類だ、と考えたらしい。

ネアンデルタール人がクロマニヨン人に駆逐されたように、いつかは現世人類にとってかわるべき存在と信じたのだ。

 そしてその時、意見は二つにわかれたとも言われる。

「現世人類の淘汰を防止する論と、継承を促進するべきだって方針とにね。

 つまり継承人類なんて厄介なものは極力抹殺し、腐敗した今の人類社会を無理にでも存続させる。無論そのためには大胆な路線転換に加えて多大な犠牲、言わば人類の極端なリストラクションが必要とされるわ。

 一方、継承存続のためには今の国際社会は無用。むしろ全面核戦争をさけて、小規模紛争の超多発や悪疫なんかで、人類淘汰をどんどん加速させていくの。

 そのあいだに継承者た新たな人類が増えて、やがて旧世代にとってかわることになるってわけよ。

 ジルヴェスター博士やカッツ先生たちは、どっちを選んだのかしら。我が学者大統領すら、その結論は知らない。果たして恐るべき結論は……出たのかしら」

 オーリャの顔からも不敵な笑みが消えた。重苦しい沈黙の中で、四人の呼吸音だけが共鳴しあう。

 やがて来島のユニ・コムが小さくなった。作戦発動を告げる合図だった。

 吾にかえった二尉が、いつものように大声で勇ましく命令した。

「五分後に『しらとり』搭乗。御殿場の警備本部へ出発する!」


 富士山麓には昔から広大な演習地が広がっている。その一角にある教育団地域司令部がエルフィン特務情報部隊の基地だった。

 周辺はもう、警察機構によって十重二十重に固められている。しかし相手はポテスタース・スペルナートゥーラーリスを操る奇怪なテロ集団であり、警察も頭を悩ませていた。

日頃何かと敵視する統合自衛部隊の協力を要請したのも、その不安の現れだった。

 すでにロシア連邦大統領代行全権特使、中華人民連邦副総統やアメリカ大統領などお歴々が宿舎である建物に到着していた。国際連合にかわる新たな組織作りについては、非公開である。

 マスコミの一部は嗅ぎ付けているが、例によって上田国防相らが厳重に押え込んでいる。

 静岡の住民には、「ジャストの大規模な災害出動演習と、警察の災害時訓練を共同でやっている」などと発表してあった。


 「空中要塞スカイ・センティネル」それがアメリカご自慢の空中警戒母機SC908の通称である。日本の同形機種を一回り上回る、まさに空飛ぶ航空母艦だった。

 大気圏ぎりぎりの超高空をマッハ五の速度で巡航するのが、その任務である。

 小型のロケット機を積み、必要に応じて大気圏外に射出、故障衛星の修理なども行う。だが本来の任務は偵察だった。

 偵察衛星を補助する目的で、世界の空を縦横に飛び回る。空中給油と空中整備により、一度飛び上れば最大半月は地球を回り続けることが出来る。

 今回の任務は日本上空の偵察だった。アメリカ航空宇宙軍は日本政府の要請を受け、国際極秘会談の最中、特別警戒態勢にはいっていた。

 機長ロバートソン少佐はフライト・プログラムの転送を確認すると、ライト・パターソン基地の司令部を出た。比較的簡単な任務だと信じていた。

 超常の能力を駆使したテロ集団が会議を妨害するかも知れない。その特殊脳波を超高度からキャッチしろと言うのが命令の趣旨だった。たたき上げの少佐には馬鹿げた戯言に思えた。

 そんな与太は表向きで、本当の任務は別にあるのではないか、とも考えていた。

 部下は四人。二交替で十日の任務にあたる。しかし本当は無人でも任務を遂行出来た。

 副長クリストフ大尉が水陸両用ジープで迎えに来た。司令部から随分離れた滑走路に、地下から引っ張り出された巨体が横たわっているはずだった。

 全長百二十メートル、最大巾九十メートルの世界有数の巨機である。ライト・パターソンの広大な基地の端にたどりつくと、すでに整備は総て整い、乗員も乗り込んでいた。

 しかし馴染みの顔はなかった。異様に目つきの鋭い女性三人がコックピットやコントロールに座っている。

 だがクリストフ大尉は当然のように挨拶し、所定の位置につこうとする。

 ロバートソン少佐は仰天し、何か言おうとした。が言葉を飲んだ。背後に強烈な殺気を感じ振り向くと、米航空宇宙軍の紺色の制服に身を包んだ長身の女性が立っていた。赤く染めた髪を肩にたらし、薄暗い機内でサングラスをしている。

――ご苦労様、ロバートソン少佐。あなたは私の忠実な部下のはずよねぇ」

「えっ?……………は、はい。わたしジェローム・ロバートソンはあなたの……部下です」

――よろしい。一切は私、ミネルヴァが指揮する。いいわね」

「はい。ミネルヴァ様に従います」

――七番ハッチを開き、すみやかに部下の運搬する機材を搭載せよ。

司令塔には極秘任務に必要な機材だ、と報告してね」

 虚ろな目に微笑みを浮かべ、少佐はミネルヴァに最敬礼した。


 急造された会議場は、それでも一見しっかりした造りだった。必要以上の装飾は、受け持った建築業者の趣味である。

 この日午前十時に開始された第一次本交渉に全権代表を送ったのは、米・露・日・独に混乱の中国を含めた五カ国のみである。

 世界の趨勢は三主要ブロックに別れつつあった。新モンロー主義政策をとる合衆国を中心とした南北アメリカ及び太平洋同盟諸国。ドイツを中心とし、英国からロシアまでを包括する「グロス・ミッテルオイローパ」。そして各地で紛争が続発しているが、世界人口の三分の一を有する「大アジア圏」である。

 日本はそのいずれにも属さず、否、属することをこばまれ、三者の危うい均衡の上をお家芸たる「軟弱無定見外交」によってうまく渡っている。

 会議議長をつとめるのは国防大臣上田哲哉。現首相をあやつる実質的な日本最高権力者である。首相自身は記者の目をひきつけるため、永田町で様々な人に会っていた。

 会議は世界情勢に関する憂慮すべき予測から開始された。参加者中最大の大物たるトーマス・タウンゼント・サリヴァン・ジュニア、合衆国大統領はさすがに元気がなかった。


 最初に異変を察知したのは夢見である。斑鳩以下のメンバーは、やや旧式のSTOL輸送機「しらとり」にのって富士南麓を哨戒飛行中だった。

「感じる、とても強い精神が近づいている」

 ただちにオーリャが精神を集中させた。

 夢見に先をこされたことに多少憤慨しつつ。

「遠いわね。それを感じ取るなんてさすが………ほぼ真西。

 しかもかなりの高さから感じるわ」

 航空機かも知れない。来島はさっそく小林に連絡した。小林は訓練飛行場に待機していた副官に現場指揮を指示した。

 しかし富野はその情報を得るや、敵らしきものの正体を確認すべく、愛用のレーザーキャノンを持って複座偵察機でいち早く飛び出しまった。

 警告は直ちに、ジャスト軍令本部から国際警備軍共同体司令部に伝えられた。そしてミッドウエー西方千キロ、高度四万メートル付近をマッハ五の巡航速度で向かっている大型航空機が、一切の呼び掛けに応答しないことが判明したのである。 アメリカ大使館から連絡を受けた日本政府は驚いた。うわさにきく最新鋭の空中母艦「スカイ・センティネル」だと言う。

この情報はただちに御殿場で会議準備中のサリヴァン米大統領と、随員の大統領特別補佐官に伝えられた。しかし「連絡のミスか何かだろう」と言うことになった。


 超高度空中哨戒母艦が、日米双方からの呼び掛けに、一切応答しない。そのことに当然日本国統合自衛部隊ジャストは敏感に反応した。

 そして迎撃機が三機飛び立ったころ、ペンタゴンから御殿場にいるマークス前AIC長官に緊急報告が入った。ライト・パターソン空軍基地近くで、「スカイ・センティネル」に登場するはずの三人の乗員が死体で見つかった。

 また、同基地に厳重に保管されていた戦術核搭載巡航ミサイルが一基、紛失していると言う。マークス大統領特別補佐官は仰天した。

 やがて大統領要請で会議が休憩に入った時、サリヴァン大統領自らが日本代表の控え室に出向き、国防大臣に一切を打ち明けた。上田は細い目を見開いた。

「今はなにも弁解しません。スカイ・センティネルがハイジャックされたことの方が重大です。お国の航空兵力では、あの空中要塞迎撃は至難のわざです。

 各種対抗兵器があります!」

 前AICアメリカ情報司令部長官はそう言い放った。

 ちょうどその頃、富野は一足先に司令部偵察機で「空中要塞」に接触していた。

命令も何もなく飛び出した偵察機にはろくな武装もない。

 スカイ・センティネルは一切の呼び掛けに応答しないし攻撃もして来ない。富野はパイロットに並んで飛ぶように命じた。そしてSC908「スカイ・センティネル」の巨体を見つめる。まさに空の要塞である。超高度超高速機や対地対空自噴弾砲塔を持つ怪鳥だった。

「近づき過ぎると危険です、自動警戒システムを備えています」

「このまま並んで飛べ」

 そう命じると、自らは狭いコックピット内で携帯レーザー砲を組み立てだしたのである。


 小夜はやや旧式の輸送機「しらとり」を見事に操り、ようやく「敵」に接触した。少し離れたところに友軍の偵察機がいる。

 夢見は不思議なほど落ち着き、素直に驚嘆していた。

 そのあいだにも小夜は得意の操縦桿さばきで、後部乱流を避けその後ろに回りこんだ。小林からの命令を無線で聞いていた来島は、次第に表情を固くした。

「……判りました。いざとなれば仕方ない。斑鳩二曹、行動に移れ」

 飛行機に弱いオーリャは、青ざめながらも吐き気をこらえ、平気を装っている。

「死角から強制着体します。ショックに注意して!」

 小夜は「スカイ・センティネル」機体後部にそびえる、二つの垂直尾翼のあいだに機をもぐりこませた。輸送機の三つの車輪をおろし、さらに後部格納扉を開いて荷物用フックを下げた。

 空中要塞の上部構造にひっかけよう、と言うのである。

 地方人たるオーリャは、さすがに今回は突入しない。高所恐怖症をプライドで耐え座席で青ざめている。

 来島は夢見の重装甲戦闘服と簡易酸素マスクの装着を手伝った。

「いい、二人で決着をつけるよ。

 オーリャはここからサポートする。もう躊躇も命令違反もなしだよ」

「は、はいっ!」と夢見は大声で答えた。声が上ずっている。

「手応えあり! 射撃開始!」

 小夜はフックが確実にひっかかっていることを確認すると、少し機体を浮かせた。空中要塞から五メートルほどはなれ、下部にむかい機銃を発射したのである。

 すさまじい火花が飛び、巨大な垂直尾翼のあいだにあったメンテナンスハッチの蓋が吹き飛んだ。中は配線やパイプなどである。続いて、腰にワイアーを取り付けた来島が、VTOL輸送機下部格納扉から破砕弾を投げ入れた。

「扉しめて!」

 小夜が急いで格納扉をとじると、空中要塞のメンテナンスハッチ内で小爆発が起きた。輸送機は爆風でやや浮かび上がる。オーリャが小刻みに震えつつ叫んだ。

「一人倒したはずよ!」

 再び格納扉が開かれ、輸送機は降下して空中要塞の「背中」に着陸した。すさまじい風圧で機体が左右にぶれる。

 ワイヤーロープ一本が頼みの綱だ。来島は銃を握って言った。

「行くよ!」

 まず隊長が硝煙流れるメンテナンスハッチに飛び込む。夢見は目をつぶって飛び降りた。

 空中要塞の後部機械室は破砕弾により相当破壊されている。床には、銃を構えたアジア系女性ルディアが血みどろになって倒れていた。

 夢見は目をそむけ、吐きそうになる。

「ワイアーを外して固定物にひっかけろ」

 身軽になった二人は、前の方へ進みはじめた。無論各部屋の間は頑丈なハッチで仕切られている。オーリャが無線で知らせた。

「前の方に五人ほど。中でも強いPSNを放っているのは、一人。……首魁に間違いないわ」

「米軍の将校はいるか?」

「メンタル・ジャックされたのが……二人ね。二人とも、もう正気じゃないわね」

「ミネルヴァのPSNを中和していてくれ」

「とても無理だけど妨害してみる」

 夢見が聞いた。「あの……将校を人質にとったらどうします」

「………敵の企図を粉砕せよ。いかなる犠牲をはらっても。それが命令だ」

「! で、ではまたしても罪もない将校を」

「さっきの本部からの連絡によると、この機には核爆弾が搭載されているわ」

「え……何故この機に?」

「弾道弾には対迎撃機能なんかない。空中要塞で目標近くまで運んで発射するのが、確実よ」

「じゃあその………核爆弾で国際会議を?」

「御殿場ごとふきとばすつもりだ。ここで二将校にこだわると、まず直接に何百人もの死傷者が出る。そして世界新秩序の再建は御破算となり、それこそ今後十年で何億の犠牲者が出るか判らない。世界大戦の可能性すらある」

 オーリャが思わずロシア語で叫んだ。

「Это очень ! (たいへん!)敵がすぐ近くにっ!」

 言いおわる前に気密ハッチが開き、小銃弾が吹き出す。

 来島は左肩に銃撃を受けた。

「た、隊長!」

「撃てっ!」

 新式軽量個人装甲パンツァーヘムトは弾丸程度なら跳ね返すが、衝撃までは吸収出来ない。

 相手も機内でも完全被甲弾を使う。空中要塞でなければ、墜落してしまうところだ。慌てて夢見も三三式突撃銃を撃ちだした。まなじりを決して来島が叫ぶ。

「大神三曹! ポテスタースで援護しろ!」

 と身を晒しフルバーストで射撃する。青ざめながらも夢見は両目を固く閉じた。

 敵の射撃がやや乱れる。しかし夢見のPSNは強力な精神波に妨害される。流れ弾があちこちに火花を散らした。来島は小型ノート大のスキャナーを取り出した。

 スカイ・センティネルの見取り図が映る。その中に、赤く輝く線が表示されている。安全システムなどの電力の流れと微量の放射能から、核弾頭の位置を読み取るのである。

「あった! ロボット化巡航ミサイルは格納庫。………この下にある」

 急いでポケットから掌サイズの機械を取り出した。弾丸がとびくる中、床板のボルトをはずし、その機械を中にテープで固定した。

「発振器だ。それよりも反撃して!」

 敵はハッチの影から盛んに撃ってくる。来島は、床板を閉じて突撃銃を握る。さらにヘルメットと脛あてを外した。

「この方が身軽でいいんだよ。奴等を引き付けているから先に脱出しろ」

 夢見が驚いて何か言おうとする。それより早く来島は叫びつつ飛び出していた。

「おりゃあああああああっ!」

 突撃銃を続けざまに発射する。コックピットへ通じるハッチが火花で飾られる。

 かなわないと見た敵は、機体が破壊されるのも構わず対人手榴弾を投げた。来島は咄嗟にそれを拾い投げかえした。

 が、その僅かに前、敵は気密ハッチを閉じてしまった。

 来島が振り向いて叫ぼうとした瞬間、ハッチにぶつかった手榴弾がはじけた。すさまじい爆発音が機体をかけぬけ、破片があちこちに穴をあける。

 空気が漏れ、あちこちで配線がスパークする。まともに爆圧と破片を受けた来島は、夢見の上に被さったままうめいている。

 硝煙でほとんど何も見えない中、夢見は慌てて起き上がろうとした。

 爆発のショックで、ひっかけてあったワイアーも切れている。敵の状況は判らない。もう発砲していなかった。

「隊長! 三尉殿っ!」

 うめき苦しむだけで、目をあけない。パンツァーヘムトの袖口から血が流れている。中の肉体など、それほどは丈夫ではないのだ。

 夢見は泣きながら隊長の体を抱きしめた。

 二人ともワイアーを失い、もう輸送機には戻れない。

「夢見っ! 大丈夫?」

 無線から斑鳩二曹の悲痛な声が響く。夢見は鳴咽しながら、状況を手短に語った。驚き青ざめ、小夜は振り向いて言った。

「オーリャ! 新しいワイアーを用意して」

「いやよ! それだけはっ! 自動操縦であなたが行ってよ!」

「こんな状態で自動操縦は無理よ!」

 その時、レーダーが友軍機の接近を警告した。続いて通信装置が作動する。

「富野から斑鳩二曹へ。速やかに空中要塞から離れろ。

 核弾頭をレーザー攻撃する」

 起爆装置さえ働かなければ核爆発はおこらない。その起爆装置を機外から破壊しようとしている。機体にはさして損傷を与えられないレーザーカノンでも、貫通力はすさまじい。

 富野は平行して飛行していた。来島が設置した発信装置めがけ高出力レーザーを発射するのである。小夜は半泣きになって事情を説明した。

「では、せめて大神三曹だけでもパラシュート降下させろ。会議警護が最優先だっ!」

 青ざめつつ事態を見つめていたオーリャは、ユニ・コムで夢見に話し掛けた。

「今の状況、判ってるわね。

 まもなくカピタン富野が、レーザーで爆弾を破壊するわ」

「!そ、そんな」

「重傷の隊長に脱出は無理よ。だからやるべき方法は一つしかない。私にも無理。

 でもあなたならきっと出来る。日本最高の能力者であるあなたならね………飛ぶのよ」

「と、飛ぶぅ?」

「地下要塞で消滅したはずのミネルヴァがそっちにいるのよ。

 きっと奴も飛んだんだわ。あなたにも必ず出来る!」

 オーリャは震えつつ夢見と小夜を叱咤する。二曹は涙をふき、機体を空中要塞から五十メートル以上放し、自動操縦に切り替えた。

「いつでもいいわよ」

「小夜、こっちへ来て」

 座席から立てないオーリャの前に、斑鳩二曹は跪いた。

「私、はじめてなのこんなの」

「…………私もよ。ともかく手をあわせて意識を集中して。ひたすら夢見と隊長のことだけを考えるの。夢見との同調は私が」

 オーリャと小夜は手と手をあわせ、目を閉じて深く呼吸した。しだいに意識が底へおりて行く。

 不安と闘争心の中から、恍惚に似た不可解な気持ちがわきあがって来る。

 血まみれの隊長を抱きしめた夢見も、輸送機の二人と心をあわせるべく瞑目した。三人の呼吸が重なる。意識がまじりあう。オーリャの意識がかけぬける。

 鋼の意志と傲慢な心理防衛を破り、神秘的な「本性」が輝き出した。それが周囲の「魂」を共鳴させ、語りかける。

 ひたすら思え、生還を。夢見の体の「芯」から、何物かが確実にほとばしって行く。血が逆流し、意識が大きな存在と同化する。

 快感だった。生まれてはじめての恍惚感だった。

「気持ちいい…………」

 陶酔と不安が、夢見の意識を昇華しだした。体が淡い光につつまれて行く。


 オーリャたちの精神波に撹乱されていたミネルヴァには、機内で起こった事態が察知できなかった。ただ巨大なPSNの波動が空中要塞をかけぬけ、その直後敵の強力な気配が消えたことだけは感じとった。

 何故か懐かしい、あの「意志」がである。

 すでに部下は二人しか残っていない。二人ともかなり傷ついている。彼らセイントが「劣等種族」と呼ぶ者も一人失ったが、そちらは全く心がいたまなかった。

 血まみれの機長は平然と操縦している。

「間もなく日本領空です。

 前方にまた日本機三機を確認、下部に大型ミサイル装着」

「ほっときなさい。核誘爆を恐れて攻撃なんか出来っこないんだから。

 接近すれば、パイロットを狂わせてやる」

 気になるのは、一キロほど離れて平行飛行を続ける高速偵察機だった。精神を破壊してやることも出来たが、今は余計なことで消耗するのも危険である。

ミネルヴァはラテン系の部下の額に止血スプレーを吹き掛けつつ、聞いた。

――痛む?」

――痛覚を自律遮断しつつあるわ、平気よ。

 それよりも奴等何故攻撃して来ないの?」

――操縦室を閉鎖しているから大丈夫だけど、おかしいわね。ポテスタースが感じられなくなった。まさか………………」

 何事かに気付いたミネルヴァは、ロックされた気密ハッチを見つめた。


 富野は風防をスライドさせた。強烈な風に顔がヘルメットに吹きつける。幸いに速度はマッハ以下に落ちている。後方から巨大な空中要塞が迫る。一瞬にして追い抜いて行くだろうが、その一瞬が勝負である。その一瞬で充分だった。

 富野はバイザーをおろした。発振器の信号を分析し、光点と矢印が目標の位置をしめす。

 すさまじい空気塊の圧力を無視し、長さ二メートル近くある複雑な筒を肩に担いだ。携帯電磁銃の狙いをさだめる。空中要塞が後方から迫り、あっという間に追い抜いた。

 そしてジャスト一の狙撃手である富野一尉は、電子トリガーを確実に絞っていた。巨大なエネルギーを持つコヒーレント波が直進し、巨大航空機の横腹に裂け目をいれた。

 と同時に、右舷武器格納室に固定されていた長さ三メートル半、直径一メートルほどの円筒形物体先端部に亀裂を作った。裂け目から火花が吹き出す。


 操縦室にいたミネルヴァは、けたたましく鳴り響く警報に全身を緊張させた。

「ミサイル格納庫で減圧。電気系統に異常発生しました」

 出血多量で眼が虚ろな機長は、冷静に淡々と報告する。

 ミネルヴァは一瞬硬直し、すぐに事態を理解した。氷のような精神が近づいていたことは判っていた。しかしその非人間的で没感情的な魂には、さすがの彼女もアクセスが難しかった。

「…………まったくなんて奴なの」

 そう呪ったが遅かった。

 弾頭を無力化されたミサイルは、厄介な鉄屑にすぎない。これでもう日本部隊に怖いものはなかった。

 三機の迎撃機は、胴体下に抱えていた三基の大型ミサイルを発射した。数秒後、ミサイルは熱と光に転換した。爆発は、周囲の雲と空気を吹き飛ばした。

右旋回し全速力で逃げつつあった複座偵察機もすさまじい爆風に襲われ、垂直尾翼の上部と左翼の半分を失った。錐揉み状態で落下しつつも爆風に飛ばされる。

 第二次の衝撃波が過ぎ去った時、後部座席の富野がパイロットに叫んだ。

「脱出っ!」

 皹だらけの風防が吹き飛び、二つの座席が輝く大空に射出された。そのかなたでは、オレンジ色の煮えたぎる火の玉が高空へゆっくりとのぼりつつあった。

 そのすさまじい光に、小夜とオーリャは目をさました。警報装置がなる。衝撃波が輸送機を襲う。

 小夜はあわてて操縦席に戻ろうとして、床に転がる肉体に躓いた。

 大神夢見は腹を蹴られて意識を取り戻した。その腕には、気をうしなった来島郎女をしっかりと抱きしめたままだった。

 その頃セイント、「聖別されし知性」の首魁ミネルヴァは、自分の体が落下しつつあることを感じていた。意識は朦朧としている。

 息が出来ない。血液が逆流する。何が起こったのかは、着水と同時に思い出した。胎児のように丸まって、激しい水飛沫をたてた。

 二人の仲間が断末魔の力を貸してくれたのだ。本能に逆らい、自分たちのリーダーが跳躍するのにエナジーを使い果たした。

 爆発のコンマ二秒ほどあと、その肉体はコックピットから消えた。同時にコックピット自体も消えた。彼女の肉体はある海岸の沖合一キロほどの、高度十数メートルの空間に出現し、落下したのだった。


 強烈な衝撃波になんとか耐え、小夜は輸送機を操って御殿場へ帰還した。

 すぐさま来島郎女いらつめが、教育団病院に運ばれた。内臓にかなりダメージを受けている。

 小夜も夢見もついて行きたかったが、まだ任務が残っていた。

 小林の連絡によると富野も海上救助部隊に回収され、いま御殿場へむかっている。小林は検査を命じたが、佳境に入った国際秘密会議警護の現場指揮をとる、と言う。

 夢見はいつものように落ち込んではいなかった。かわりに怒気を周囲に発し黙っていた。小生意気なオーリャすら、そのすさまじい迫力に言葉を失った。

 やがて、富野が救出用全天候型ヘリで到着した。かけよった小夜が涙を流さんばかりによろこぶと、富野は冷たい視線で部下を見据えて言い放った。

「まだ仕事は終わっていない」

 富野は来島にかわってスガル部隊の臨時指揮官として、小夜と夢見に命じた。

「十分休憩ののち完全重武装で集合。十五分後に出発。引き続き任務を遂行する」

 海に放り出された富野は、いささかも疲れていない。そして噂通り、夢見たちをほとんど人間扱いしていないようだ。彼女たちのつかれや心理状態などお構いなしだった。

 冷静な表情で冷たく命じる一尉に、夢見は殺意すら抱いた。



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