第四動

 夢見に拒否権はなかった。あの丁寧で陰険な中年一尉にだまされたとは言え、よく書類も読まずに転任希望届けに署名してしまったのだ。

 もう後戻りは出来なかった。

「そうよ夢見。精霊様と里見に誓ったでしょ……」

 不愉快で不安なまま正式に赴任してから、二日が過ぎた。市ヶ谷要塞内の宿舎でなんとか荷物を片付けた。

 本来「下っ端」下士官の彼女は、衛戍地内の連隊下士官室で寝起きする。しかし「格別の処置」で、要塞地区片隅に建つ幹部共済会の宿泊部に個室を用意された。

「まあ、特別待遇よね。感謝して努力しなくちゃ」

 しかし新生東京見物も出来ないうちに、突然訓練がやって来た。

 その日の午前六時、来島くるしま部隊長に叩き起こされ、十分以内に完全装備で第十一課エルフィンに出頭せよと命令される。

 もともと朝の弱い夢見は寝ぼけ眼で着替え、装備と荷物を用意して中央棟にかけこんだ。三十秒ほど遅刻した。

 地下一階のホールには、来島、斑鳩の両名と富野一尉が完全装備でそろっていた。小林一佐はラフな夏期一般勤務服で、あいかわらずにやにやしている。

 女でも多少目のやり場に困る。訓練の時はズボンのはずだが、一佐課長は特注の短いスカートをはいていた。下は黒い網タイツである。

「おはよう夢見ちゃん。急な話だけと出発なのよ」

 精悍な三尉が声を張り上げた。今から十五分で朝食をとり、ただちに兵員輸送車で出発。厚木基地から旧式ティルトローター機「あまこまⅡ型」で訓練地へ向かうと言う。確かに急なことだが、もともと訓練とはそうしたものだった。


 その日の午後、富士山西麓に広がる演習場の一角、鬱蒼たる樹海に富野以下四人はパラシュート降下した。少し開けた原には、すでに十人近い隊員が集まっていた。ほとんどが十代の女性ばかりである。

 第十一課を示す徽章をつけてはいるが、兵科はみな違っている。小夜は、隣で不思議そうに立っている夢見に行った。

「あの中の何人かが、私達の機動特務挺進隊スガルに配属されるはずよ。でも多分、能力はあなたが一番だと思うわ。そんなに本物の能力者はいないもの」

「わ、私がですか。別に私は…………」

 そんな能力が備わっているなんてまだ信じられない。ただ「パイロットになれるかもしれない」と言うわずかな可能性にかけて、命令に従っているのだ。

 そんな能力などなにかの間違いだと判った時、自分は放り出されるのだろうか。そのことが心配だった。

 富野一尉の他には、例の田巻がいた。夢見はやや不快になったが、情報将校は一瞥しただけで知らぬ顔。若い女性隊員をにやにやと物色している。

 もともと「地方」即ち民間で働いていたと言う変わり種だが、皆が妙に気をつかっているように思えた。特殊な政治的背後があるらしい。

「なんや特殊能力持ってる子ぉは、ベッピンが多いな。これもポテスタース・スペルナートゥーラーリスの御利益かも知れへんなぁ。

 天は二物を与えまくっとるがな」

 富野は来島三尉に整列を命じた。樹海に澄んだ厳しい号令が響く。

 総員十二名。全国から半ば強引に「スカウト」された、いずれも上等兵卒から一等曹長までのうら若い乙女たちばかりである。ごく僅かながら「力」があるらしい。来島による点呼、装備点検のあと、教育団の下士官が立体ビデオで様子を撮影した。

 さらに小型レーダーやスキャナー、各種センサーなどが組み立てられて行く。

 ようやく富野が女性たちの前に立った。田巻の同輩とは言えかなり若そうだ。

「よく来てくれた。諸君たちのうちの半数以上は、突然命令書だけでこんなところへ引っ張り出され、さぞ当惑しているだろう。

 前の特殊なテストの結果なので、我慢してほしい。

 しかし理由も訓練の目的も今は説明しない。ただ今から諸君の兵器としての潜在能力を引き出すために、多少荒っぽい訓練を行う。

 多分三分の一もパスしないだろうが」

 乙女達は動揺しはじめていた。御互いの心が共鳴しあい、なんとか支えあおうとする。その中にいた夢見は、不思議と安心を感じた。

「これから諸君等はこの樹海の中へ散開、一晩かけてお互いの位置を探り会う。

 無線等電子機器は一切使用出来ない」

 集まった十数人はもちろん、こんな樹海ははじめてである。そこへ、あまこまⅡ型でバラバラに降ろされ、全くの勘で仲間を見つけ集合しなくてはならない。

 全員が集合するまで、演習は続くと言う。食料は一切携帯しない。栄養剤と薬、それと水のみである。

 いまどきレンジャーでもこんな訓練はしないかも知れない。

 青ざめる女性たちを前に、空挺部隊と強襲レンジャーを歴任した来島は、目を輝かせ少し陶酔しつつ言った。天性の女武人である。

「早くお互いに見つけあわないと、飢え死にするよっ!

 それぞれの能力を最大に発揮して、早く感応しあうこと」

 全くの素人には無茶な話だ。各人の装備には小型発振器がとりつけられていたが知らされていない。十代の乙女たちは震えるまま目隠しをされ、来襲した国産ティルトローター機に分散させられた。そして広大な樹海のあちこちに、ロープで降ろされるのだ。

 朝から呼集を受けたにしては、訓練開始まで時間がかかった。

 樹海のはずれに設置された野戦診療施設で、一人一人データがとられ、様々な機器がとりつけられた。

 ほとんど口をきかない少女たちは、不安を共有しつつ時を待ち続けた。

 本格的な訓練は夕方前にはじまった。夢見がおろされたのは樹海のほぼ中央である。ロープでヘリから吊るされ、足が地面つくとロープが自動的に外れる。

 命令通りヘリの音が消えてから目隠しを外すと、辺りは宵闇迫る鬱蒼たる原生林である。さすがに足が震えた。

「な、なによこれ、いきなり」

 ほとんどオリエンテーションも命令もなく、文字どおり密林の中に放り出されたのである。どんどん暗くなって行く。

 腹もへる。夢見は心細くなり、泣き出しそうになった。

 ここには苦手な他人がいない。しかし消え入りそうな「思念」が感じられる。自殺の名所と言われた樹海に、人影はなくその魂だけがさ迷っているのか。足がすくんだ。

 やがて何も出来ないまますっかり日が落ちてしまった。手探り足探りで進まねばならないほどの闇である。どこかで何かの無気味な泣き声がする。

 しかしその闇の奥に、確かに気配がある。それは不安と期待のいりまじった「感情」だった。

 直感的にそう感じた。

「…………仲間だ」

 足でさぐりつつ夢見は進む。

 やがて相手も気配に気付いたのか、恐そうに叫んだ。

「だ、誰?」

 声に聞き覚えがあった。

「い、斑鳩いかるが二曹!」

 斑鳩小夜は立ち上がり、その声めがけて突進した。大きな胸が揺れる。

「大神三曹!」

 太目の体が抱きついて来た。

 夢見は倒れそうになる。相手の胸はかなり大きい。

「よ、よかった、よく見つけてくれたわね」

 小夜は心細くて泣いていたらしい。夢見は慰めるように言った。

「不思議なんですけど、自分もとても心細くて泣き出しそうになったんです。

 でもそうすると、闇の奥からなんと言うかあの、誰かが同じように恐がっているって言う気配が伝わってきたんです」

 この小夜に対しても、不思議なことに警戒感をもたなかった。松崎里美とは違ったタイプだが、度量と深い愛情を持っているようだ。

「わ、わたしも歩いてたの、まっすぐ。

 何故か判らないけど、こっち歩いたらきっと誰かに会えるとおもって」

 二人は闇の中で顔を見合わせた。

「……これが、ポテなんとかですか」

「そうよ。慣れてるはずの私も、こんな形で発現するなんて思ってもみなかったけど、これはポテスタースを使って仲間を探す訓練よ。

 がらにもなく動転しちゃった」

「あの……こんなこと、他にもやってたんですか」

「こんなのははじめてよ、勿論。来島隊長の好きそうなことだけどね。さあ、他にも仲間と会えるかも知れないわ。行きましょう。自分たちの力を頼りに」

 二人は疲れない程度にゆっくりと歩きだした。二人とも漆黒の闇の奥にまた気配を感じている。何故かは判らない。

 この先に何人かが集まり、同じように仲間を求めていると言う、確かな手応えがあった。恐れを紛らわそうと、夢見は聞いた。

「その、二曹は、何故ジャストにはいったんてせす?」

「簡単よ。そしてありふれてる。母さんが倒れて、家は火の車だったの。

 一般の高校も行けたけど、呉だと小遣いつきで就職ばっちりだし。新兵は大抵似たような事情で来るのよ。あなたもでしょ」

「お一人ですか」

「今は母一人と弟一人。父さんは例の地震でね。だから弟の学費も欲しいし、お金が要るのよ」

 里見と似たような志望動機だった。

「でも母さんはそんな中で、宇宙飛行を楽しんでいたのよ」

 小夜の母親は、我が国がようやく本腰をいれはじめた航空宇宙兵器の開発に関わっていた。

 八洲やしま重工の技術者としてテスト飛行をくりかえしていたのである。

 しかしある時、プロジェクトの仕上げである重要な実験に、妊娠していることを隠して参加した。その帰還途中に小さな事故がおこり、僅かながら宇宙線を浴びてしまった。

 帰還後検査のために入院、妊娠が発覚しそのまま産休にはいった。

 七ヶ月後生まれたのが小夜である。そして小夜も物心ついた頃から、不思議な「声」をきくようになった。

 母親にかわった能力はなかったと言う。先祖には巫女などもいたらしい。

 小夜は呉の幼年術科学校で基礎課程を終え、飛び級で霞ヶ浦にある航空宇宙学校へはいった。

 二年間の在学中、しばし計器が狂い事故になりかけたと言う。そんなことで秘められた「力」が判り、当時の小林二佐に「スカウト」された、と語った。

 すでに偵察機操縦の資格も持っている。

「宇宙線の影響かもね」

 二人は何とか気を取り直し、休んで歩き、語り合っては勇気をふるいおこした。

「あの……でも、ポテスタースってなんですか。

 一尉は超能力とか言ってましたけど」

「平たく言えばそうね、でも実態は判らないわ。私たち、魔女かもしれない」

「ま、まさか」

「一概にはこうだって決められないし、まだ解明もすすんでいない。我が国が先行して研究しているのは確かだけど、各国とも最高機密扱いで、協力のかけらもないわ」

「我が国は、そんなに早くから?」

「噂だけど、今世紀はじめから。まだ防衛省って言ってた頃、防衛研究所のかたすみに、目立たないようにこっそりと超常現象の調査機関が出来たそうよ。

 小林一佐のお姉さんか誰かがそこの職員で、やがてオミツちゃん自身もそっちの世界に魅せられたって話よ。博士号も、それがらみだって話だわ」

 そんなに昔から研究がすすんでいたのか。夢見は妙に感心してしまった。

「ね、あなたのお母さんって、アイドル超能力者だったんだってね」

「………ええ。どなたに聞いたんですか」

「そんな暗い顔しない。スゴいじゃない。実はわたし、美麗様にあこがれてた。 まだ小さかったけど、あんな風になりたいって思ってたわ。あなたのポテスタースは、その血でしょうね。

 私は、母さんの無謀な宇宙飛行が原因としか思えない」

「いろんな仕方で力が出てくるんですね」

「来島隊長の場合も全然別よ。あの人の場合、なんて言うか武人としてのカンが煮詰まったって感じね。PSNとしてはごく弱いわ。常人より少しあるぐらい」

「武人?」

「武芸者かしら。両親もおじいさんも、武術研究家。日本の剣術とか古流柔術」

 あととりに欲しかった男子のかわりに、郎女いらつめが『武士』として育てられた。

 七つの時から精神修養と武芸を叩きこまれ、独自のカンを発達させた。それが初期的な特殊超常能力者を産んだらしい。言わば人工的人間兵器である。

 自分を鍛えることにしか興味がないが、部下に対する思いやりは深い。

「さすが隊長、随分かわってますね」

「変わっていると言えば課長の小林一佐よ、やっぱり。狂い咲きオミツはああ見えても天才だったのよ。防衛医大開校以来の成績で。ポテスタースこそないけど一種の超人ね」

 小林御光は姉に育てられた。やはり経済的理由で当時の防衛医科大学校に入り、能力を開花させた。

「神童ってヤツね。学制改革の混乱時に量子大脳生理解析学とかで博士号をとって、ドイツ留学。帰国後は研究セクションの一等尉官としてスタートしたそうよ。二十代半ばで。

 あとは超心理戦研究の第一人者としてトントン拍子。裏ではなにかと、その……」

 妖艶放蕩でおよそ軍事組織の規律と礼儀の中では異端、と言うより汚物だが、その頭脳明晰さは誰もが否定できない。我が国PSN研究の中心人物である。

「噂だけどもともとこの手の特殊能力研究、石動情報統監がはじめたって話よ」

「へえ、もっと現実的なクールな人だって、思ってましたけど」

 沈着冷静極まりない女性将帥については、噂を聞いていた。

「それだからリアルに、こんな不思議な分野にとりこめたんじゃないかしら」

 そうこうするうちに夜が明けかけた。そして歩き疲れた両名は、樹海の外れでついにその耳で人の声を聞いたのである。

「よし、番号だ」

「斑鳩はまだか」

 などと言っている。二曹のことを聞いたのは、来島だった。

 かすかな他人の「気配」も感じた。夢見は、疲れきった肥満ぎみの上官を助け起こした。

「さあ、行きましょう」

 二人は痛む足にもかかわらず駆け出していた。木々のむこうに確かに迷彩服がちらちらする。相手も夢見らの接近を早くから感知していたようだ。一人がこちらへ歩いて来る。

斑鳩いかるが大神おおみわだな。君らが最後だ」

 よく通る声は、やはり来島隊長だった。二人は涙が出そうになった。その時、夢見は何か不吉なものを感じ、藍色の空を見上げた。続いて小夜も何かを感じ、緊張した。

 すぐに鋭い飛翔音が響いて来た。咄嗟にふりかえった来島は、一塊になっている女性たちに力の限り叫んだ。

「伏せろぉぉぉぉっ!」

 次の瞬間、樹海の中で大爆発が起こった。来島の引き締まった体は爆風に飛ばされ、すぐ後ろまで来ていた二人の曹長にぶつかった。

 その衝撃で夢見は意識を失ってしまった。


 樹海における演習で模擬弾が「誤爆」し、男性隊員一人が即死。テスト中の女性隊員は二人が重傷、三人が軽傷を追った。その責任をとって教育団団長と国防事務次官一人が辞任、その他大勢が何らかのかたちで処分された。

 マスコミにはそんな風に発表された。例によってマスコミは非難の大合唱。タレント文化人などが、ここを先途と吠えまくった。

 その一方で田巻一尉は、大好きな「隠蔽工作」がうまくいったことを喜んでいた。田巻を中心に数年前から、主要マスコミ会社幹部の資産と個人生活を調べ上げていた。無論、「やましいところ」を炙りだす為である。

 そして田巻の「特別班」は主要幹部の個人的スキャンダルや、税法上の瑕疵をデータ化し、情報操作に「活用」していた。彼はこれを「ラインハルト作戦」などと呼んでいる。

 性格も容貌も今は亡き父譲りのこの情報将校は、天性の策謀家だった。

 学生時代から排他的かつ傲慢な性格で学友からいじめられたが、その反撃手段として陰湿な陰謀、巧妙な誹謗技術などを身につけたと言われている。

 田巻がほくそえむ陰で、深く傷ついた兵士も多い。なんとか軽傷ですんだ者も、心理的にはかなりのダメージを受けていたのである。


 夢見たちは静岡の衛戍病院で、精密検査を受けた。簡単な打撲程度だが、やはり精神的に参っていた。多感な小夜など、気がついてからは泣き通しだった。

 肩を脱臼し、破片で腹と両足を傷つけられた来島三尉だけは、気をしっかりともっていた。

「古武士」のあだ名を持つ彼女は、時折ベッドの上で正座し、瞑想することもあった。

 事件から二日後、訓練監督だった富野一等尉官が小林一佐とともに見舞いに来た。三人の患者は、自力で日常生活がいとなめる程度に回復していた。とは言え夢見と小夜の憔悴ぶりは、天然愉快犯の小林すら気の毒に思うほどだ。

 かつての防衛医大一の才女で、二十代半ばで博士号をとった美女である。成績と美貌に騙されて彼女を採用した人事担当は、後にノイローゼになったとも言われているが。

 一佐課長は三人を病院喫茶部に誘った。まだ十時だが小林はビールである。

「本当に大変だったわね、でも元気になってよかった。

 あなたたちはまだ幸いよ。あなた達を襲ったのは、富士教育団か管理していた三十年式自推飛翔弾よ。

 訓練用だから炸薬が少なかったのが、せめてもの幸いね」

 来島は背筋を伸ばし、上官を睨む。

「真相は解明されたのですね」

「まあね。発射したのは砲術下士官よ」

「統合防衛官が? クー・デタですか」

「真面目な男だったわ。やはり精神波にシンクロナイズされていたみたい」

 来島は眉間に厳しさを集中させた。静かな怒りに体温があがる。夢見にはまだ意味が判らない。実感として捉えられない。

「シンクロ……ですか?」

「そう。なんて言うか、精神のっとり。コントロールかしら。メンタル・ジャックね。あながたの集結は、三尉の個人位置確認装置でモニターしていたわ。

 それをめがけてミサイルを発射した下士官は、直後に自殺しかけた。多分プログラム通りね。

 でも最後に理性が抵抗して、拳銃で頭を撃ちそこなったのよ。重傷だけどね」

 来島は上官にくってかからんばかりに問う。

「何者がっ! 私の部下たちをよくも。そして貴重な候補者たちを」

 冷静な富野が静かに答えた。およそ感情と言うものを見せない。

「我々のPSN特殊部隊計画を妨害しようとする者。そしてそいつらも、一流のポテスタース・スペルナートゥーラーリスを使えるスペリーでしょうね」

 三人は凍り付いた。

「これで我が統合自衛部隊における特殊超常能力者は、事実上あなたたち三人になったわ。

 他のスペリーたちはあなたたち以上に傷ついている。軽傷の者も、心理的ダメージが大きいわ。近くにいた重傷者の心にアクセスしちゃって、恐怖と苦痛を共有したのよ。

 残念ながらもう、再起不能かもね。でなくっても、当分は使い物にならない。

 あなたたちは弾着地点から少し離れていたから、まだしも幸いだったのよ」

 妖しげに微笑む若き一佐を見据え、来島は鋭く言い放った。

「三人で十分です!  何者か知りませんが、かたきは我々がきっととります」

 夢見も小夜も慌てた。この直情径行の将校は、自分たちまでまきこんで何をしようと言うのか。しかし来島は断言する。

「敵は我々の完全抹殺を狙っている。やるかやられるかだっ!」

 小林はまた妖しく微笑む。あるいはこれこそ彼女の策略だったかも知れない。

「そうこなくっちゃ。相手の正体は情報統監部が必死で探っているわ。

 我々の計画がはじまった当時から、陰に陽に妨害してきた何者かに間違いないわね。でもここまで露骨な行動に出たのははじめてよ。そして絶対に最後じゃあない」

「宣戦布告というわけですね」

 どこか来島はうれしそうだ。傍らの夢見はそう感じとっていた。

「今度こそ統監部も本気よ。三人よれば文殊の知恵……ってこの場合適切な言いかたじゃないかな。ともかくあなたがたは、ひょっとしたら世界最強の特殊部隊を形成するのよ」

 こうして済し崩し的に、特務部隊コードネーム「スガル」は、たった三人で正式発足することとなった。

 夢見には拒否する権利があったが、言い出せる状況ではなかった。

 多くの犠牲者を出して、自分たちだけが生き残ってしまったのである。そしてなによりも、このまま引き下がったのでは、一生負け犬になることが恐かった。

 小夜の気持ちも知りたかったが、心をとざしているのか来島に押されているのか、ただ青ざめて俯いているだけだった。


 事件から一週間がたった。

 市ヶ谷地下の最高機密室で行われた統合軍令本部情報関係連絡会議には、情報統監部長石動将帥以外にも国防大臣上田哲哉、内閣情報総局総裁警視長、内務省治安情報統括室長、統合軍令本部総長最高将帥服部球磨邦などが出席した。

 特殊訓練中の事件を重大視してのゆえである。

 加えて統合自衛部隊の基幹たる二つの航空機動艦隊、二つの護衛艦隊各司令部付き情報担当官も急遽参集していた。

 石動いするぎ将帥付き情報準参謀である一等尉官田巻己士郎は、そうそうたるメンバーに多少あがりながらも、説明を続けた。

「これは、十日前に関西国際空港第三ターミナルで撮影されたものです」

 メインモニターには一枚の立体写真が写し出されている。人ごみの中を歩く長身の白人女性だ。古風なサングラスが目立つ。髪は染めたのか赤い。

 事件のあと、過去一週間にさかのぼって各国際空港の警備カメラを調べていた。写真の女性が捉えられたのも偶然だった。

 田巻は様々な角度から女の顔を分析して映し出す。

「警察や公安のファイルにも載っていない人物でした。しかし情報統監部の要注意人物リストにあったので、自動識別装置が作動したのです。

 ブラックリストのトップレベルですわ。かいらし顔して大胆な」

 画面に、髪を風に靡かせた白人女性が映し出された。隠し撮りだろうか。視線はカメラをむいていない。

 染めていないブロンドの髪の美しい、相当な美人だった。

「合衆国情報総体AICから第一種警戒注意人物として極秘資料が回っていた、ミネルヴァと言う女性の特徴と九十パーセント以上一致します。

 またこの女性は事件の前日、マグレヴライン新静岡駅で目撃された女性とも似てはります」

「ミネルヴァ?」

 上田ののっぺりとした顔が歪み、貧弱な八の字髭が震える。

「ひょっとして例の、国際重要指名手配の凶悪テロリストかね」

「表むきはそうです」

 内閣情報総局総裁が答えた。ミネルヴァと言う過激派については、各国の警察機構が用心している。しかし顔写真を含め、一切が不明のはずだった。

「しかしAICでは即刻抹殺命令が出ています。つまり発見接触しだい、有無を言わさず殺害しろと言うことですね」

 居合わせた人々は顔を見合わせた。

「そ、そんなに危険な人物なのかね?」

「えぇ、これもアメリカさんの受売りなんですが、恐らく世界最大の特殊超常能力の持ち主ではないかと言うことです。

 多分世界に五十人も、おらんスペリーの中でもね」

 内閣情報総局総裁の言葉に一同は緊張した。

 ミネルヴァ。推定年齢二十代後半。北欧系アメリカ人らしい。ここ一年半ほど各国の情報、公安機関が必死で追っており、また多くの追跡者が犠牲になった。

 特に世界最大の情報複合体AIC、アメリカン・インテリジェンス・コマンドはその総力をあげ、彼女を抹殺しようとしている。

 そして彼女とその一党は、政府要人やしかるべき部署の重鎮を心理コントロールし、各国各機関の情報を盗んでいる。

 その目的はいまも不明だが、特に金銭的なもの思想的なものと言うよりも、世界秩序の崩壊を狙っている節がある。特に紛争地域、危険地域では不正入手情報をたくみに操り、戦闘をあおっている。時には最前線指揮官の心に、過度の恐怖と敵意を植え付けることもあるらしい。

 過去二年、世界でおこった百十の小中規模軍事衝突のうち、約半数にミネルヴァ一党がかかわっているとも言われる。まさに世界新秩序の敵なのである。

 上田はやや青ざめて、田巻を見つめた。

「そ、それではそのミネルヴァが、我が国のスペリー戦士候補殲滅を狙ったのか?」

「ええ。彼ら各地で、似たような事件を引き起こしてます。

 主としてポテスタース・スペルナートゥーラーリス等の研究機関に対するテロと、スペリーのオルグ、即ち仲間への引き込みですわ。

 彼らのムーヴメントへの参加を拒否したスペリーは、殺されるわけですな」

「な、なんのために」

「それはまだ判然としまへんけど、過去の『実績』から考えて、恐らく新しい国際連邦体制に対する、大規模なテロを計画してはるんとちゃいますやろか」

 田巻は別に根拠なく、やや得意げに語った。

 高度情報化、技術超高度化した一部先進国においては、あらゆる大規模紛争は未然に察知出来る。特に日本のような監視体制の不当にととのった先進国においては、計画的犯罪すらほとんど不可能だ。日夜マスコミを賑わせているのは、発作的衝動的な凶悪事件と事故ばかりである。

 そんな高度情報化管理体制下、PSNと言う今のところ不可解な能力に対してのみは、いかなる先進国いかなる機関と言えど、まったくの無防備なのだ。

 言い換えるならば、PSNは科学技術飽和状態の今、最高最強の「兵器」なのである。ミネルヴァ一党はその「兵器」独占の為に制御不可能な、将来敵となりそうなスペリーを抹殺して回っていると言える。しかしその最終的な目的は判然としない。

「つまりミネルヴァが世界最高の戦力を、手におさめつつあると言うことです」

 田巻は平然と言ってのけた。

 一同は押し黙り、恨めしげに一尉をにらみつけた。

「じゃがね田巻君。テロだの破壊工作って言うのは、それなりに目的があるだろが。ミネルヴァ一党は、いったい何を要求しとるのかね」

 各国の捜査機関、諜報機関もお互いに牽制しあって手の内をさらけだすことはしない。正面きってミネルヴァ一党と対峙し、テロが集中すればたまったものではない。

 出来れば他国に本腰をいれてもらい、自分たちは側面援護に回りたいと言うのが各国の本音だった。

 特にPSN研究ではトップであろう我が国に、その思いは強い。

「続く文明対立戦争のせいか、アメリカはんもここ十年すっかり内向的になってもうて、しつこく聞かな言うてもくれまへん。

 世界の勝手なシェリフがいなくなって、このありさま。

 せっかく大金使うて送り込んだ、国防総省内のこっちのスパイに問い合わせても、あんまり大したことは判りませんでした。ただ………」

「ただ、なんだね」

「なんや奴ら、世界的な混乱と、同時多発局地紛争をよろこんどるみたいです。

 世界新秩序が出来るのを憎んでるようや、言われてます」

 集まった我が国情報界の面々は、暗澹たる思いで顔を見合わせた。


    

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