機動特務挺進隊スガル Special Group of Armed Legionaries
小松多聞
プロローグ
愚者の街「ゴッサムシティー」の異名をとるニューヨークに、今年はじめて雪が積もった。クリスマスが近い。例年よりはいくぶん遅い初雪だった。
その日の朝、河畔の国連本部ビルを見下ろす高台にある閑静な住宅街で、死体が発見された。
周囲は一般の市街とはことなった、落ちついた一角である。古風なホテルのある通りから、少し南にくだった古いアパートメントハウスの一室でのことだった。
遺体はその部屋を借りている、ジェニファー・マコーリィと言う四十前の女性である。元は国防総省につとめる役人だったとも言われるが、今は人目をさけるようにして暮していた。わずかな蓄えを食い延ばしつつ、パートで働きにも出ていた。
美しくどこか影のあるその女性は、常に何かに怯えるかのごとくだったと言う。 ただ一人娘のために日々健気に生きていた。
母として出来るだけ娘を愛していた。
異変に気付いたのは隣人である。人のいい隠居老女が朝早く、隣家からすすりなく声を聞いた。ドアをノックしても反応はない。鍵はあいている。
開けると、四つになる一人娘のヴァージニアが小さな居間にしゃがみこんで泣いているのだった。その母親は、ソファーの横でこときれていた。酒瓶と薬瓶が転がっていた。老女はあわててニューヨーク市警察に通報した。
ヴァージニアは放心状態で、口もきけない。
着衣に多少の乱れはあったものの、物色された形跡もない。
ジェニファーはここ一年、酒浸りだった。また睡眠薬も使用していた。床に転がるその瓶は、からになっていたのである。
救急車に遺体と、その唯一の肉親が乗せられていく。小さな女の子は、親切な隣人に励まされつつ、出発した。アパートに住む善良で穏やかな人々も涙した。
通りをへだてて、小さな公園がある。ベンチが二つ置いてあるだけの粗末なものだ。そのわきに潜むようにして止められた黒いセダンの中から、双眼鏡がのぞいていた。
眼鏡をかけた知的そうな中年男は、救急車を見送ったあと、ため息をついた。運転席にいる男は、ブロンドの髪を持つ背の高い若者だった。
「………今度の任務は疲れました。でも娘に気付かれなくて本当によかった」
泥酔した女に睡眠薬を飲ませる場面を目撃されたら、その証人も「特殊処理」しなくてはならない。プロたる彼にも、それはあまりにも過酷な任務である。
「よくやってくれた。嫌な仕事だが仕方ない」
「娘は孤児院ですか」
「………いや、警察には、ジェニファーの男の居所を教えるつもりだ。
あとは実の父親と公的機関に任せよう」
「いいんですか部長。『ゴッドハンド』マコーリィをだめにした相手ですよ」
「正体は知らんさ。それにそいつの母親が子供好きだそうだ。
男に罪はない。あるとすれば任務を忘れていれあげた女の方だ」
部長は、車載電話の受話器をあげた。ダークスーツに身を包んだ、如何にも端正な高級官僚が悲しそうな表情を隠そうともしない。
「………マークスです。局長を」
彼は「局長」に仕事が無事終わったこと、即ちマコーリィが無事「自殺」したことを簡単に告げた。「特殊処理係」が万事手筈通り行い、如何なる証拠も残さなかった。
「これで最後の処理が終わりました。
ええ、『サンクティタース』は完全に消滅しました」
中央情報局特殊工作部長自らが指揮した「作戦」は無事終了した。冷戦の忌まわしくも危険極まりない「遺物」はやっとこの世から消え去ったのである。
すべての過去は清められ、安心して新しい時代を迎えられる。
だが特殊工作部長の心には、深い傷がのこった。特に、残された一人娘の悲しげな顔だけは、一生忘れることが出来ないはずだった。
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