異世界の神々に地球人からの鉄拳を!

日夜暁

第1話:女神との「ごっこ遊び」

「いやーやっぱりマイナスイオンを浴びて釣りをするのは幸せだなー!」


 誰もいない自然の中に身を置くと、独り言が日常的になってくる。

 俺は休日を利用し、趣味である本流釣りへと赴いた。


 自己満足と他人からの羨望の眼差しを受けるために奮発して買ったウェーディングシューズにフィッシングベスト、竿、サングラスと帽子で身を固め、様々な釣り具を入れたリュックを背負い、釣れるポイントを探し回る。


 すると少し離れたところで、陽炎のようにゆらゆらと歪んでいる現象がみてとれた。


「なんだ…?蜃気楼か?いや、違うな」

 俺は不思議な高揚感と好奇心から、その現象の所まで行ってみることにした。


 近づくにつれ、太陽と川の光の反射により、その歪みが強く輝いている。


「こんな現象、みたことないぞ…これってかなりすごいことなんじゃ」


 すぐにベストポケットからスマートフォンを取り出し、撮影する。あとでボソットーに投稿しておこう。


 意を決し、恐る恐る手を伸ばし、ゆらゆらに触れてみることにした。


ズオオオオオオオオオン


 ゆらゆらは重低音を放ち、俺の身体全体を包んできた。


「ななな、なんだこれ!体が、吸い…こまれる…!がああああああああああ!!」

 全身が捻れるように痛い!意識が遠のく…。 



…何か声が聞こえる…


「…あ、目覚め…くだ…い。そろ…覚醒の時…よ」

 その声色は程よい甲高さで、俺に語りかけているかのようだ。女性か。


「うう…大丈夫…です…。ちょっと変な現象に…やられてしまった…ようで…」

 俺は助けてくれたであろう、まだ顔も知らぬ女性に意識朦朧としながら眼を閉じて返事をした。


「まだ少し目眩が続きますが、すぐに治りますので安心してくださいね」

 女性の声が鮮明に聞こえた。よかった。命は無事だったようだ。それにしてもまさかこんな川岸で女性に助けられるなんて思いもしなかった。まあ、最近は釣りをする女性が増えたと聞くし、特段珍しくもないか。

 女性にちゃんとお礼を伝えるため、眼を開けた。


「ありがとうござ………へっ?」


 眼前の景色はさっきまで釣りをしていたそれではなかった。俺は目を疑った。

 黄金や銀製の装飾品や調度品に、ピンクや白の家具が所狭しと置かれていたからだ。壁は見たことのないピンクと乳白色の大理石のような石が鏡のように光っている。


「あれ?俺はあの歪みで気を失ってから、どこかに運ばれたのか?ここは病院?ほ?」

 あまりの状況の変化に俺は少しパニックに陥った。


「聞いて驚いてください。ここは私、女神ルルックの部屋なんです!」

 女神…ルルックの部屋?


「は、はあ…?」

「だからですねーここは女神ルルックの部屋なんです!びっくりしましたよね?」

 女神と自称するちょっと、というかかなり痛々しい女の子がドヤ顔をしている。


「ええと…すいません。状況がいまいちつかめないのですが…確か俺、川辺で倒れたはずなんですけど。ここって病院ですよね…?」

「違います。ここは私の部屋です。貴方を連れ込んだんです」


「つ、連れ込んだ!?事案発生!?」

 まてまて。俺が連れ込んだんじゃないから、事件ではないか。頭が朦朧としていたから善悪の判断がつかめなかった。いやいや、それでもだめだ、こんな年端もいかない女の子と一緒にいる事自体、俺もタイーホ案件じゃないか…。


 女性は見た目十代前半にみえる女の子で長く光り輝く橙色を強くした金色の髪を色々と豪奢な髪飾りでまとめている。目は大きく、常に潤っているかのような翡翠色の瞳。体は華奢に見え、胸元が開いた絹のような滑らかな生地で編まれた服を着ている。

 見た目から外国人で、日本人好みの壮絶美少女であり、警察がきたら明らかに誤解されて連行されそうだ。


「何を言っているかわかりませんが、簡単に説明しますと、貴方を私の星で生活してもらうために召喚したのです」

 少女は座っている俺に上半身を前傾して顔を近づけて言った。


 胸元から谷間がのぞきこめる。


 いかんいかん、こんな若い女の子の胸元に目が行くとか、視線がばれたら警察を呼ばれそうだ。しかし…うん、胸は小さいな。


 それにしても、本当にこの子の言っていることがわからない。なんだかまだ意識を失った状態で、夢をみているかのように思えてきた。


「しょ、しょうかん?」


「はい。貴方のいた惑星ズゴンバゴンは魔法が盛んですから、そこで高名な魔法使いである貴方を私の星に喚んで、ぜひその能力をがっつり活用していただきたいのです!」

「……はあ」


 …よし、状況を整理しよう。まず俺はなぜこの絢爛豪華で悪趣味な部屋にいるのか。そうか、俺は倒れた時に超お金持ちのこのお嬢様に助けられ、部屋に連れ込まれたのか。うん、そう考えるのが至極当然だ。対応が救急車じゃないってことは若気の至りってことだな。


 そしてこの子が言っている素っ頓狂な話。あーそうか、なるほど、そういうことか。つまり、

『ごっこ遊び』だ。


 召喚だとか惑星とかちょっとアレな要素だが、この女の子は俺と遊びたいわけだ。きっと同学年の友達がいないのだろう。俺のような大人と遊びたいくらいに寂しい思いをしているということか。


 合点がいった。俺としてもこんな超美少女と遊べる、いやいや、やましい意味ではなく、純粋に童心に帰り遊べることはなんだか嬉しいから、少しの間だけでもつきあってあげることにするか。


「ふふふ、まあ俺はちょっとは名の知れた魔術師だからな」


「さすがは惑星ズゴンバゴンが誇る大魔法使いメラギラズンさんです!ぜひよろしくお願いします!」

 すごい名前だ。この子のネーミングセンスは違う方向で図抜けている。このネーミングセンスに合わせたほうが喜んでくれそうだな。


「ふふふ、俺の得意重力魔法ズンズンドンが君の期待に十分に応えよう」


「え?メラギラズンさんは重力魔法使えないですよね?あと重力魔法はグラビティですが」

「あ、そう…」


 細かいな!あとなんで重力魔法がちゃんとしたカッコイイ名前なんだよ!

 少女が首をかしげてこちらを凝視している。


「そ、そうだったな。ふふふ、今のは君を試したのだよ。俺のことをどれだけ知っているのかなって、はっはっは」


「あっですよね!大丈夫です!メラギラズンさんの得意技とか能力はちゃんと把握してますから!」

「あ、そう…」


 だったらその能力とか教えてくれよ。こっちは役に徹して君と遊んであげるんだからさ…。


「それで俺は、ええとその、君の星かな?そこで何をすればいいのかな」


 まってました、と言わんばかりにその小さな胸を突き出し説明し始めた。

「はい!まず、貴方には私が統制する国がある惑星オリヴァルに行ってもらいます」


 星の名前がこれまたまともだ。この子の感覚がよくわからない。


「そこでは他の国と表面上は友好関係を保っているんですが、水面下では小さいいざこざを起こし、自国の領土拡大と資源争奪のためにしのぎを削り続けているんです」


「な、なるほど」

 単なるごっこ遊びかと思いきや、政治事も絡めてくるとは、この子はかなりの中二病だ。


「私だって自国の領土ももっと広げたいし、資源だってもっともーっと確保して趣味の金銀調度品を集めたいんです!!」


「そ、そうだね…」

 年齢に似合わず、欲の内容がえげつないぞ。


 興奮したのか少し顔を赤らめている。本当にかわいい。

「はぁはぁはぁ…すいません。ちょっと興奮してしまいました」


「いやいや、うん、領土も資源ももっと欲しいしな、うんうん」

 俺はどう返事していいかわからなかったので、適当に相槌を打った。


「共感して頂きありがとうございます。さてではメラギラズンさんにやってもらいたいことは―」


「うんうん。なんでも言ってくれ」




「殺しです!」


「ふぇーー…」

 ごっこ遊びの範疇を超えてしまっている気がする。殺しとか物騒この上ない。


「どんどん殺っちゃってください!計画は私の国にいる参謀達がしますので、メラギラズンさんはそれを遂行する仕事です。占領に抵抗する者はどんどん殺っちゃってください。なんなら資源拡充のため、略奪もしていただけると更に感無量です!」


「ふぇえーーーーーーー」


 余りの残虐非道さにもはや唖然。ごっこ遊びでもやっていいことと悪いことはあると思うんだが、そもそもこんな美少女が口にしていい事ではない。


「え、ええと…それってちょっと遊び的にはどうかと思うんだけど…」


「遊び?あーやっぱりメラギラズンさんはすごい人です!殺しや略奪を遊びとしているなんて!さすが惑星ズゴンバゴンで殺しを生業としていた方は違いますね!私はまたまた凄い戦力を手中に治めてしまいました!」


「ああっと…そうじゃなくてね―」


「あ、でしたら、ズゴンバゴン星では確か女性が少なかったはずですが、なんと私の星にはたっくさーーーん美女がいるので、なんだったら敵の女性に…ムフフ…なことしたって全然問題ないですよ!キャーーームフフって言っちゃったー恥ずかしーー!」


「ふぁああああああああああああああ」


 そりゃ道徳的にまずいでしょ!ダメダメ、君みたいなかわいい子がそんな発想しちゃ!これはちょっと注意しないといけないな。


「ちょちょ、ちょっと待って!いくらごっこ遊びっていったって、殺しだとか略奪だとか、そういうのはダメだよ。もっと普通にいこう、ね?」


「え?」

「え?」


 しばしの間訪れる沈黙。


「えーと、メラギラズンさんで間違いないですよね?」


 真面目に遊びの内容を変えるように伝えたのだが、まだこの子は俺のことをメラギラズンと呼んでいる。ごっこ遊びを中断して現実のことを話さなければ。


「いやいや、ごっこ遊びはとりあえず中断しよう。とりあえず自己紹介するね。俺は瀬界航せかい わたる。川辺で倒れていたところを助けてくれてありがとう」


「え?」

 少女が大きな目を一層見開き、俺を凝望している。次第に顔から汗がじんわりと滲み出し、仄かに煌めいているのがみてとれた。


 なんだ、どうした、俺何かまずいこと言ったのか。


「え…えーと、貴方はズゴンバゴン人ですよね…?です…よね?」

「いや、俺は君と同じで地球人だけど…」


「ぴゃ?ち、地球人って…まさかあの地球の人間ってことです…か…?」

「え、それ以外何があるの?」


「ぴゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 瞬間、少女が上体を後ろに反らし、床でごろごろと縦横無尽に転がり始めた。一体どうしたっていうのだろうか。明らかに言動がおかしくなった。せっかくの美少女が台無しだ。いやさっきからもはや台無しなんだが。


「いやーーーーーなんで!?どうして!?なんでよりによって地球人を召喚しちゃったんですかーーー!!やめてーーーー夢なら醒めてくださいーーーーーー!」


 なんだこれ…ごっこ遊びを中断したから、ショックで発狂しちゃったのかな…悪いことしちゃったな。介抱してくれた恩人だし、謝っておくか。


「あの、ごめんね、俺はやっぱりメラギラズンだったよー。あっはっは」

 ルルックと名乗っていた少女がキッとこちらを睨み、壁に立てかけてあった槍のところに足早に走っていった。なんで槍があるのか、今更ながらに不思議だ。


「ぴゃああああ!!やっぱり!召喚コードが間違ってますよー!でもよりによって地球人を喚んじゃうなんてあんまりですーーー!」


「あの、大丈夫…?」


「ダメなんです、地球人だけはダメなんです…他の星人ならなんとかなりますが、地球人はまずいんですよー…」


 うん、もはや埒が明かない。美少女と遊べないのは残念だったが、このままいたら何かよくないことが起こりそうなので俺は御暇することにした。


「その、ちゃんと遊んであげられなくてごめんね…。今度助けてくれたお礼するから許してください。それじゃ、俺はそろそろ帰るから―」


「帰れませんよ…」

 ボソッと冷たい声色で女の子が応えた。


 帰れないってどういうことだ?俺は怖くなって、ドアのぶに手をかけた。


 ガチャガチャ


「あ、あれ?開かない、開かないぞ?」


「開くわけがありません。ここは私の部屋で私の許可なく移動することはできません」


「えええ!いやいや帰してよ!これはよくないことだよ!?」

 こんな美少女に監禁されるとか、なにか少し嬉しい気もするが、いやいやそれでも帰らないといけない。


「私だってなんとかしたいですが、まず地球に貴方を帰す術を知りませんし、そんなことは不可能です。召喚術は喚び寄せることはできますが、送り返すことはできません」


「もうごっこ遊びは終わり!いい加減にしないといくら命の恩人でも怒るよ!?」


「さっきからごっこ遊び、ごっこ遊びって、これが遊びなわけないじゃないですか!」


「え?」


「貴方は地球に戻ることはできません。そしてそれが問題なんです…」

 少女は頭を抱えて涙目になってうーうー唸っている。


 これが遊びじゃないって本気で言っているとしたら、今の状況はどういうことだ。まさか俺は本当に召喚されたのか?


「そうだ!消そう!」


 突然のその言葉に、俺は嫌な予感しかしなかった。


「貴方、名前は確か瀬界航っていいましたよね」

「あ、ああ」


「ふふふ、真名いただきました!この事態を解決する最善の方法、それは貴方の存在を抹消することです!」


「え?えええええええええええええええ!?」


 少女は槍を手に取り、何か意味不明な言葉を詠唱する。途端槍先が青白く光り、雷鳴のようにビカビカという音を発しだした。少女は槍を俺に向けた。その眼には悪意と殺気が明らかに宿っている。


「ひいいいいいい!な、なにをするつもりだ!!」


「消すのです。瀬界航という存在をこの世から。安心してください。この聖槍ギラギランは対象を苦しませることなく、抹消できますから」


 ニヤリ、と自称女神と名乗る美少女は不気味な笑みをこぼした。槍の名前はダサい。


「ま、まま待って待って!なんで地球人だからって殺すんだよ!?俺何も悪いことなんてしてないだろ!は、話せばわかるよ、ね?ね!?」


「そうですね。消す理由を知ることなく逝くのは、私としてもなんだか不憫に思いますので、簡単に教えてあげます。地球人は確かに地球では弱い存在です。しかし!別の星に召喚された地球人はその逆なんです!強すぎるんですよ、貴方達は。生体分子構造というんですかね、それが変化し、星を壊滅させるほどの力を持ってしまう。そんなことは私達神は見過ごすことはできません。全力でその危険因子を排除するだけです!」


「言ってることがメチャクチャ過ぎてわからなーーい!星なんて壊滅させないし、なんでそんなことする必要があるんだよ!?そんな馬鹿な話あるわけないだろー!」


 槍を構えだす少女。


「そうですね。実際に地球人が星を壊滅させた事実は私は知りません。これは私達神の歴史として習ったことですから。しかし!危険因子は排除することに変わりはありません!それではごきげんようー!」



 バリバリバリバリバリーーーーー



「うわあああああああああああ!!」



 槍先から放たれた稲妻のような閃光が俺の体を焼き尽くすと思いきや、あ、あれ?

「な、何も起こってないぞ…?」


「そ…そんな…この神域でも地球人は消せないんですか…」

 少女が震えながら俺の方を見詰め、狼狽している。


 槍で突き刺してくるかと思ったんだが、光を当てられただけで終わってホッとする。やはりこれってごっこ遊びか夢なのではないか?この美少女はかわいいだけで、頭お花畑なのかもしれない。だが、ドアが開かないってのは行き過ぎで、身の危険を感じる。


「……こうなったらもう次善策しかありません。放棄します!」


「放棄って…はっ!それって解放してくれるってことか!よろしくお願いしまっす!!」


「ええ、私の星オリヴァルに忌まわしき地球人が立ち入ることは不本意ですが、しかし抹消が叶わぬ今、オリヴァルの未開拓地に送り、存在の気配を悟らせないことが吉!あわよくば屈強な生物や自然現象が消してくれそうですし、ふふふふふ」


 相変わらず不気味で異次元なことをほざいているが、解放してくれるなら問題ない。

 少女がまた詠唱のような外国語をぶつぶつと口にし始め、両手を前斜め方向に広げた。


「さようなら、瀬界航さん。早々に存在が消え去ってくれることをお祈りしています!」



キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン



 少女の広げた両手の間から巨大な円形のゆらゆらが出現し、すぐに俺を包み込み、瞬時に青空が視界に広がった。



「なんだここはーーーーーーーーーー!!」

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