リ・インポーテーション
クロタ
PM 3:00 パレットしもじ前スクランブル交差点
午後三時。沖縄の県庁所在地、那覇は国際通り。『パレットしもじ』という名前のデパート前にあるスクランブル交差点である。
七月末の沖縄の気温は既に二十八度にまで達しており、信号待ちをする人々の額にも珠のような汗が滲んでいた。
沖縄の現地民の方には失礼極まりないが、正直に言って沖縄にスクランブル交差点があるだなんて思っていなかったため、俺こと
――ちなみに俺と六助は東京生まれ東京育ちの都内在住である。俺はシティーボーイ(死語)なのだ。
「おうい。六助や。そんなにきょろきょろするでない」
「だってじっちゃん! オレ、沖縄来るの初めてなんだもん!」
「誰がじっちゃんだコラ」
俺の指摘を受けて、頬を膨らませながら抗議の声を上げる
「……てか、お前流石に買いすぎだろ。どうすんだよそれ。さっきから足に当たって邪魔なんだけど」
六助が両手いっぱいに引っ提げている大小さまざまなお土産袋を忌々しげに右足で小突くと、六助は「やめろよ!」と叫んで、お土産袋を庇うように身をよじった。
「だって、沖縄だぞ! 南の楽園! 秘境! もしかするともう来れないかもしれないんだから、悔いの無い行動をすべきだ!」
「まあ、それについては概ね同意するけどさ。……でもお前、そんな数のお土産渡せるほど友達いんの?」
「……」
黙った。視線が急速に俺から外れて、斜め下へと落ちていく。ついでに、ちょっと信じられない量の脂汗も。
「ってか、俺以外に友達い……」
「ああああああ!!!」
「え。お、おい」
耳を塞いで、突然その場にうずくまってしまう六助。顔を真っ赤にして、ぼろぼろと涙まで流し始めた。
泣くなよ……二十二歳。
「……ッ!?」
不意に無数の視線を感じて周囲を見渡すと、さっきまで肩先を突っつき合うほどに密集していたはずの人垣が、俺を中心に「それちゃんと声届く?」ってくらい離れたサイファーみたいな円状に引いていた。ごめん分かりにくいね。
「あっ……。や。こ、これは、別に、違うんです」
突き刺さる奇異と侮蔑の視線に思わずしどろもどろになり、何が違うのかよく意味の分からない言い訳をしてしまう。ちくしょう。なんで俺は沖縄にまで来てこんな目に遭ってんだ。
周囲の人達が何やらひそひそと話し合い始め、いよいよ六助を置いて逃げ出そうかと俺が真剣に考えた瞬間、歩行者信号が青になった事を伝える電子音が鳴り響いた。
瞬間、人垣が我に返ったようにスクランブル交差点の方へ振り向き、一斉に歩き出す。ほぼ同時に、反対側からも大量の人波が押し寄せてくるのが見えた。
「た、助かった……。おい、六助。行くぞ。立て」
自分でも自覚できるほど大きく安堵のため息をついて、足元で尚もうずくまる六助に手を差し伸べる。こいつが原因で変な注目を浴びてしまったのだ。ここにいた人達はもう皆横断歩道を渡って行ってしまったが、向こう側からこちらへ渡ってくる人達もいる以上、早急に立ち上がってもらわないと困る。第二ラウンドなんて冗談じゃないぞ。
「うぐ……ひっく。くそっ。今に見てろよバカいぬいち……」
何やらぶつぶつ言い始めた六助の手を引っ張って立ち上がらせた時だった。
「ったく。大の大人がぐずってんじゃ――」
「――ちして、――た」
「……え」
耳元で何事かを囁く、何者かの声を皮切りに、唐突に俺の日常は終わった。
「ぁ……ぐ」
体内からの突然の圧迫感と、焼け付くような腹部の痛みに視線を下へ落とした俺へ、畳み掛けるように非日常が押し寄せる。
まず、背中から腹へと貫通し、自らの腹から覗く、血に濡れた切っ先。
――そして、驚愕に歪んだ、今にも泣きだしそうな六助の表情。
景色も音も急速に闇へと遠のいていく世界の中で俺が最後に聞いたのは、俺の名前を叫ぶ六助の号哭だった。
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