第13話

狭い牛車に押し込まれて、向かった先は左京の中でも一際大きな邸宅、東三条殿。


東三条殿というのは、時の権力者である藤原家が代々受け継いでいる家。

私も教科書でしか名前を見たことがなかったので、いざ訪れるとなると心臓が高鳴る。


そして、気になるのは時代。

使用している暦がグレゴリオ暦じゃないので詳しくは特定出来ないのだが、時の治世が清和天皇ということから、時代はおそよ850〜890年だろうと推測できた。

ということは、藤原家の当主はおそらく良房だろう。


良房は応天門の変や承和の変など、気に入らない人間は排斥した…というダーティーな印象しかない。


それ以前に、私としては今までに勉強していた言葉と目の前の現実が重なって落ち着かなかった。




そんな私に反して、道中、業平は誰かに手紙を書き連ねていた。



「業平様、何を書いているのですか?」


「女の子に返事をね」


「もしかして、恋文ですか」


ふふ、と顔を緩める彼。

やっぱり、彼が恋多き男というのは本当だったらしい。


この時代の娯楽は恋くらいなのだろうか。

残念に思う反面、少しだけ幸せそうな顔をした彼が羨ましかった。


「好きなんですね」


私が相槌をうつと、彼は言いにくそうに自分のことを告白した。


「でもね…本当に好きな子には振り向いて貰えなくて」


平安一の風流人にもなびかない女がいるのか。

私はそれが少しだけ不思議だった。


「梅花、君は恋をしたことはあるかい?」


「なっ!そんなの…ありませんよ」


突然の質問に驚いた。

恋なんて考えたことなかったから。


彼は私の反応が面白かったのか、クスッと笑った。

そして、私の頬にそっと触れると言葉を呟く。



「勿体無いね。君はこんなに綺麗なのに」



彼は私の唇を優しくなぞる。


慣れていないことに、私は一瞬反応が遅れた。



「業平様…?」



それは、静かな口づけだった。




「ごめん」



一瞬頭が真っ白になった。

だけど、直ぐに現実に戻る。




私はこの目を知っているから。



こんなこと、今までだってあったじゃないか。


私ではない…私の後ろにいる、父の権力を見ている人たち。







彼は私を見ていない。



ああ、そうか。

だから優しくしてくれたんですね。



多分、彼は私と顔のよく似た……あの人が本当は好きなんだ。




「業平様、貴方は紀梅花が好きなんですか」

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