君を食む

音琴 鈴鳴

松木茉莉花と高橋茜

 四時十五分。

 今日は委員会の集まりがあったせいで、いつもよりも学校を出る時間が遅れた。

学校の裏門から続く道を膝下まであるスカートを持ち上げて早足で下る。スカートを持ち上げている様子を先生に見つからないように裏門を選んだが、蛇の様にうねうねと曲がりくねった道は舗装されていない砂利道のため、何度か足を取られそうになる。沿道には様々な木が生えているため、春には桜が、夏には百日紅が、秋には金木犀が花をつけてこの道を彩った。花が木陰の地面を覆う草むらに落ちて敷き詰められているが、今はゆっくりと見ている余裕はない。

「こういう時に限って、長話なんだから」

 きっちりとしたお団子頭に銀縁眼鏡をかけたお堅い先生の顔を思い出して、文句が口から漏れた。年をとるほど人は長話が好きだというけど、いい加減にしてほしい。

「あんなにがみがみ……だから、おばさんって言われるのよ」

 ああ、帰りの道が長い。


 五時三十六分。

 息が弾んで、まともに喋れるまで時間がかかりそうな状態で自宅から二つほど離れた家の前に到着する。こんなに急いで学校から帰ってきたのは初めてだ。足の裏がじんじんする。持ち上げていたスカートをゆっくりと戻し、砂埃を取るために何度か叩く。誰にも会うことなく、ここまでたどり着いたのは不幸中の幸いだった。呼吸を整え、服や髪が乱れていないかを確認してから、急いで帰ってきたことがばれない様にゆったりと歩く。自宅の前に来た時には、すっかりいつも通りだったはずだ。

急いで帰らないといけなかった原因は、黒い玄関の前で退屈そうに座っていた。

内気で大人しそうな印象を受ける外見をした男が、玄関に背をあずけながら私を見る。

「おかえり、まーちゃん」

 最初こそは見慣れなかったが、今では一番彼に似合っている色だと思う青い色の瞳と銀色に近い、ほんのり青みを含んだ明るい灰色のくせのない綺麗な髪。天使に愛されたような可愛らしい顔と日に焼けたことがない雪のように白い肌の男は、左隣の家に住んでいる幼馴染で思い人の高橋茜だ。

服装は似たようなモノトーンばかりなのに、一度も同じ服を着ているのを見たことがない。海外で働いてると聞いている両親のおかげなのだろうが、親は社長だったりするのだろうか。

「ただいま、茜」

 何度切らないのかと聞いても笑って誤魔化されてしまう右側だけ長い前髪を耳にかけてあげようとして、拒まれる。いつもは私が何をしてもなすがままだったのに、どうしたのだろう。


 五時四十一分。

 玄関の前で待っていた彼に、もう少し待つように言ってから家の中に入る。リビングのソファに鞄を放り投げ、冷蔵庫の中の箱に入れられたパウンドケーキと数個の一口チョコレートを持って外に出る。

彼は座ったまま、私を待っていた。


 六時十一分。

 家から少し離れている茜のお爺様が住んでいた赤茶色の屋根に白い壁の古びた洋館に移動する。遠いところには行けず、自分たちの家では遊びたくない私たちが喜んで一緒に遊べる場所はここしかなかった。いつ見ても埃一つないのに、人が住んでいる気配はない。昔、いつ来ても誰もいない館に疑問を抱いて、一度だけお爺様はどうしたのっと聞いたことがある。あの時、笑いながら「土になったよ」と答えた彼を私は初めて怖いと思った。


 六時二十三分

 一階の端にある綺麗なままのキッチンで楽しそうに紅茶を用意する茜を横目に、奥にしまわれていた大きめのお皿を取り出し、持ってきたケーキを乗せる。食べやすいように切った方がと思ったが、別に一緒に食べることもないのだからいいかと思い直し、食器棚の真ん中の段にしまわれている花が描かれた包丁を同じお皿に乗せるだけにしておいた。本当ならフォークも用意するべきなのだろうけど、どれだけ探してもないことは知っているので諦める。この館は食器の有無が変に偏っているのだ。ティースプーンやコーヒースプーンなんてものが置いてあるのに、フォークやガラスコップはない。フライ返しはあるのに、フライパンはない。小皿はあるのに、お椀はない。料理をしないといっても、どこかおかしい。

「まーちゃん、用意できたから行こう」

 「うん、今行く」と返事をしてから、チョコレートの存在を思い出した。ケーキの乗ったお皿と紅茶が入ったカップ二つをお盆に乗せ、キッチンから出ようとしている茜を呼び止める。

「茜、口開けて」

 茜の口に一口チョコレートを放り込む。私も食べようと思っていたが、素直に咀嚼するのを見ているだけで満足してしまった。残りはお盆の上に置く。やっぱり、茜に食べてもらわないと。


 六時三十分。

 三階の隅にある、元は書斎として使われていた場所につく。

天井に届くほど大きな本棚が両側の壁に置かれ、地震が起これば本に潰されて窒息死してしまうだろうと思うほど本があったらしいが、今は本も棚も書斎机も処分してしまって、真ん中に小さなテーブルと二つの椅子だけが置かれている。西側の窓から光が差し込み、部屋の中を鮮やかな茜色に染める夕方の時間が一番綺麗な場所だ。

テーブルの中央に、紅茶が入ったティーカップと台所から持ってきた包丁、私が持ってきたチョコレート生地のパウンドケーキ一本を乗せたお皿が置かれる。お茶会の準備は完璧だ。

「オモチャのブロックを口に入れた時みたいな味がする」

 市販品の一口チョコレートを口に入れながら、茜が息を吐いた。

「まーちゃんの持ってくるケーキは苦いのも酸っぱいのも分かるから好きだけど、これもこれで、面白いね。形も整っているから好きだよ」

 一口チョコレートの包み紙を床に落としながら茜が言う。彼にとって食べられる物なら、ほとんど変わらないだろうけど嬉しい。

「喜んでもらえてよかった」

「まーちゃんが選んでくれるモノは信頼しているから心配しなくてもいいのに」

 その言葉に顔がにやけそうになった。

なんて、なんて幸せなんだろう、私は。茜が、私を、私だけをその瞳に映して、私だけに笑いかけて、信頼していると言ってくれた。その言葉を貰えるだけで贈ってよかったと思える。

「……うん、ありがとう。でも、気になるから」

 口に出したことも本心だった。

小学生の頃は大きく感じていた椅子が、もうすぐ大学生になる私たちの背丈にあった物になっているほど長い時間過ごしていても、分からないことは多い。たった一つの事で離れられては困る。きっと、そんな事が起きれば私は殺人者になってしまう。だって、悔しいもの。私が幸せじゃないのに他の人が幸せになることが。

「まーちゃん、座らないの?」

 椅子を引いてくれた茜が、いつまでも座らない私を見る。

古くなった椅子は触るだけでも音を鳴らすのに気がついていなかった。

私が椅子に座ったのを見てから、茜は向かいの椅子に腰をおろす。

茜のお爺様がヨーロッパの人だった影響もあるのだろうが、慣れている動作にソワソワする。他の人にはしないでっと言いたくなるのを、今日も唇を噛んで誤魔化した。

「まーちゃん」

 胸の前で両手を握っていた茜が包丁を手にとり、私に向ける。

刃先がキラリと光った。

「危ないよ」

 ぽつりと呟く。

「危なくないよ?」

 彼は不思議そうに答えた。

茜にとっては指差すのと同じ感覚なのかもしれない。

「いつも思うんだけど、本当に全部食べていいの?」

 問いかけてくる言葉に頷く。

私が食べたいと思って貰ってきたわけじゃないのだから、気にしなくていいのに。それに、これは彼のための特製だ。

「……まーちゃんは、やっぱり変だね」

 手を口元にやって、笑みを隠しながら茜はパウンドケーキに包丁を刺した。やわらかい感触のパウンドケーキを包丁で切り取り、手掴みで食べる茜の横顔をじぃっと見つめる。顔立ちだけなら女の子のようにも見えるし、ぱっと見は華奢な見た目だし、茜という名前のせいでよく勘違いされているが、やっぱり男の人なのだなと実感する。

彼は手に持ったパウンドケーキを白い歯で噛み切った。

パウンドケーキを頬張る様子は子どもっぽいが、舌を這わせ、唇を舐める様子は色っぽい。

ああ、ずるいな。

いろんな人の食べるところを見てきたけど、彼が物を食べている時が一番、ドキドキした。

あの口の中に指をいれて、かき回したい。舌に爪を立てて、嫌がる顔を見たい。彼の唇を強く噛み、舌で歯をなぞったら、どんな反応をするだろうか。

そんな思いばかりが、頭の中でぐるぐると回る。

彼が手掴みで食べていたパウンドケーキがなくなったのを見て、さらに色んな思いが強くなる。

ああ、私を食べてくれないだろうか。

選り好みをするように指をさまよわせて、私の体を切り分けていくところが見たい。

私の体に噛みつき、美味しくないだろう肉を口いっぱいに頬張って飲み込むところが見たい。

溢れ出す私の血で彼の唇や指が汚れていくところが見たい。

白い歯や舌を赤く色付けて、苦い味が口の中に広がっていくのも気にせず、満たすためだけに私の体を食べていくところが見たい。

こんな思いを口にしても、彼は私のことを嫌いにはならないだろう。

ただ、どうして? と首を傾げるだけだ。

何も分かってないような顔で、質問されるかもしれない。

それだけは、嫌だなあ。

質問されたとしても理由なんて、とても単純なことだ。

手で触れあうたびに、彼とは一つに溶け合うことができないのだと思ってしまう。

彼の一部になりたいと、心が叫んでいる。

それを叶える一番手っ取り早い方法がそれしか思い浮かばなかった。

ごくり、と無意識のうちに喉を鳴らす。

彼が物を食べているところを見れば見るほど、その思いが強くなる気がする。

私がずっと彼を見つめていたからか、切っては食べ、切っては食べと繰り返していた動きを止めて、彼が視線をパウンドケーキから私へと移した。

そらすのは、なんだか違う気がして曖昧に笑って手を振ってみる。こんなに近くにいるのだから、笑うだけでよかった気もする。

彼は何を思ったのか、パウンドケーキをひと切れ手にして椅子から立ち上がり、私の横に立った。

ああ、じっと見ていたから食べたいと思ったのかな。

彼は下から覗き込むように私を見る。

「どうしたの? 変な顔してるよ」

 ツンツンッとパウンドケーキを持ってない手で、私の頬を突いてくる彼の手を握る。

「変な顔って、そんなひどい顔してた?」

「うん」

 あっさりと頷かれてしまった。にやけていた自覚はあるので、もう少しポーカーフェイスを心がけようと意気込む。

「それで、どうしたの?」

「ああ、うん。食べたいのかなって」

 彼は持っていた薄く切ったパウンドケーキを差し出してきた。お礼を言って受け取ったが、別に食べたかったわけじゃない。私が見ていたのはパウンドケーキじゃなくて、物を食べる茜だもの。

「……茜」

「どうしたの?」

「ううん、呼んでみただけ」

「ふーん、そう」

 突きかえすのも悪い気がして、適当に誤魔化してしまう。何より、可愛らしく笑った彼に何も言えなくなった。

「食べないの?」

「……食べるよ、ありがとう」

 長い時間、手で持っているわけにもいかず、ちびちびとパウンドケーキを口に含む。

口の中にチョコレートの甘い味が広がった。それと、少しの苦み。

あまり好きじゃない味。

残すことができないなら、いっきに食べた方がはやい気がすると思って一気に口の中に詰め入れた。

「ねぇ、お願いがあるんだ」

 ぱちり、と瞬きをする。

急にどうしたのだろう。

そう思いながら彼を見る。

ごくんっとパウンドケーキを飲み込み、紅茶で口直しをしてから返事をした。ティーバッグでいれたダージリンは少し冷めてしまっている。

「なあに? 叶えられることなら、聞いてあげるけど」

 彼は面白そうに目を細めた。弧を描く口。

あまりに綺麗な笑みにドキッとして、彼の顔をじっと見ることができなかった。

「君の手を、食べたいんだ」

 普通の人よりも少しだけ肉がついている手に彼の骨ばった手が触れる。さっき握った時よりも冷たくなっている手に体がはねた。

「……手がほしいの?」

 それを誤魔化す様に私は彼に問いかけた。利き手じゃないなら手くらいあげてもいいんだけど。いいや、彼が本当に望むのなら利き手をあげたっていい。私の問いかけに彼は「あれ? 違うような?」と首を傾げる。自分で言っておいて、何でそんな反応なのだろうか。

「手というよりは、血だね。血をちょうだい?」

 彼は子どもがおもちゃ売り場でおもちゃを強請るように私に言う。

これは私の夢なのかもしれない。

心臓が耳元で鳴っているようにうるさいし、顔が熱い。頭もくらくらしてきた。

彼は私に向かって、パウンドケーキを切っていた包丁で自分の手や首を切るような行動を見せつけて「こんな風に切って、君を食べたいんだよ」と言った。

「ねえ、本当に血を飲むの? 冗談だったりしない?」

「嫌なの?」

「違う! 違うよ、嫌じゃない」

 すぐさま否定した。嫌悪なんて微塵もない。だって、望んでいたことが叶うのだもの。勘違いされたくないと、首を何度も何度も横に振る。

「それならいいや」

 かすかな微笑み。

「怖いのなら魔法をかけてあげる」と茜は言った。

夜空に瞬く星をガラス玉に詰め込んだようにチカチカと煌めいている瞳が、まっすぐ私を見ている。ひんやりとした手が、私の頬を触り、首筋を優しく撫でた。触られた場所が次々と凍っていくみたいに感じる。

「まーちゃん」

 子どもに言い聞かせるような優しい声。

「もう大丈夫だよ」

 指先でキスをするように茜は軽く私の額に触れて離れていく。

彼が何をしたのか分からなかったけど、すぐに変化はあった。

のぼせた時のように顔は熱いのに、体は冷水をかぶった時の様に冷えている。

鉛がはいっているかのように体が重く、うまく動かない。瞬きをするのも一苦労だ。

「……片手、貸して。利き手でもいいと思うけど、しばらくは動かすたびに違和感を覚えると思うよ」

 おとなしく、彼に左手を差し出す。

彼は私の手首を優しく掴み、感触を楽しむ様に何度か握った後、親指の腹で場所を決めるように手のひらに三本線を引いた。

「切るね」

 返事を聞かずに、包丁の刃が皮膚にめり込んでいく。

ほとんど痛みはなかったが、傷を作っているところを見たせいか、痛いと顔をしかめてしまった。

彼は気にせず、私の手に包丁を入れる。

皮膚をなぞるように包丁の刃をゆっくり動かした後、同じ場所をなぞるように少し力を込めて横に引いた。細い傷から真っ赤な血が溢れ落ちた。数ミリしか切っていなくても、こんなに血がでるのだと驚く。

血が沸騰しているみたいに手が熱い。かすかな鉄のにおいが鼻を掠めて興奮する。

ぽたり、と手から溢れ落ちた血が床を汚したのを見て、私は耐え切れず笑った。

茜が満足そうに頷く。

私を真っ直ぐに見据える暗い瞳。愉悦を湛えて弧を描く唇。

手のひらに入り込んでいた包丁が役目を果たしたとばかりに部屋の隅へ放り投げられた。

ぐっと力加減無く腕を引っ張られ、両手で手をしっかりと固定される。茜は私の手に顔を近づけて、血の臭いを嗅いだ。嬉しそうに彼の頬が緩む。料理の匂いを堪能するような行為を終えた後、彼は指に口を近づけて、血とは関係ないところを舐めた。べろり、と赤い舌が指の腹を一舐めする。そのまま爪も味わうようにきれいに舐めて、指先を口の中に小さく含まれた。もごもごと、甘えるように指を甘噛みされる。角度を変えたせいか、手のひらから流れ落ちる血が指を伝い、口の中に入っていく。

このまま、噛み切って欲しいと強く願いながら、反対の手で柔らかい髪の隙間に指を差し込み、優しく彼の頭をなでる。

人差し指を吸われ、また、もぐもぐと甘噛みされた。指先全てを丁寧にしゃぶり終わり、ようやく手のひらを舐められる。傷の上を舐められたせいで微かに眉を顰めた。包丁で切られた傷のところだけ、麻酔を打たれたところを触られているみたいに鈍い感覚。だが、すぐに手に付着している血を綺麗に舐めとろうと舌が動いている様子にその感覚を忘れて釘付けになる。

「あかね」

 砂糖菓子みたいな甘い声がでた。自分のものではないみたいな声。私を真っ白なまま止めておきたい母様が言う悪いことをしている気分になって体が震える。何度も何度も繰り返し注意された言葉と、鬼のような顔の母様を思い出して言葉が漏れた。

「私は母様の真っ白な天使じゃなくなるのかしら」

 茜はちらっと上目遣いでこちらを見たが、興味なさそうに視線を手に戻してしまう。食べるのに夢中のようだ。ああ、本当に彼が食べる姿は愛おしい。

はあ、と細く息を漏らした彼は丁寧に食んでいたのを止め、音をたてるように血を啜った。口の端に血が飛び散っている。

「んっ……」

 手のひらに何度か痕をつけるように強く噛まれた。彼の手が手首の血管を優しく撫で、傷口に舌を押し付けられる。傷口に舌を突っ込んでもっと広げようとするのだけはやめて欲しくて、彼の頭を叩いた。本当は、彼の行動を止めたくはなかったのだけど、あまり酷い傷になると言い訳が難しくなる。そうでなくとも、母様は私の体に傷がつくのを嫌がるのだから。私にとっては嬉しい痕でも母様には醜い痕でしかない。

むっとした顔をした彼は、それでも私の訴えを聞いてくれたらしく、舌を傷口から離す。

代わりに彼はまた指を口に含み、ぎりっと、薬指の付け根を思いっきり噛んだ。それも一回だけじゃなく、角度を変えて同じ場所を何度も。

「はっ……」

 茜の漏らした息が艶っぽく聞こえて、何だか恥ずかしい気持ちになる。

何度も噛んで満足したらしく手が解放される。

切られた場所と薬指の付け根が、じくじくと熱い。指に残された歯型が指輪の様に見えて、その部分に口づける。どんなに高い指輪を貰ったって、これ以上の価値なんてないと思うくらい歯型が愛しかった。

「汚れちゃったな」

 彼の口の周りは、べったりと血がついている。

茜が手で口元を拭っているのを見ながら私は笑う。血が頬に引き伸ばされたせいで、さらに彼の顔が真っ赤になっていたからだ。肌が白いこともあって、赤が目立っていた。その姿は何だか吸血鬼みたいだ。彼の姿が整っているから余計にそう思った。別に銀や十字架を恐れたりはしないし、日光を浴びても弱ったりしないし、鏡にも映るし、招かれないと入れないわけじゃないんだけど。でも、血を飲んだ。それだけで吸血鬼が連想できてしまう。そういう趣味があったりする人間を記者やテレビの人たちが簡単に吸血鬼だと言う理由が分かってしまった。

「ああ、お腹いっぱい」

 茜は自分の手についた血を舐めながら、満足げにお腹を撫でた。

「まーちゃん、ありがとう」

 手を引っ張られ、血まみれの唇とキスをした。唇を押し付けるだけの子どものような戯れ。そこに愛があるのかは分らない。

「私、茜のこと好きよ」

 濡れた唇で愛を囁いてみる。茜は不思議そうに「知ってる」と答えた。

「僕もまーちゃんのこと、ご飯と同じくらい愛してるよ」

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