人生マラソン

荒川よもぎ

第1話 実況1

 轟音ごうおんを散布しながら、ヘリコプターは陸上競技場を通過した。


 雲一つない青空に、バタバタと不快な音を置き去りにすると、その音は風に流れて消えるどころか、競技場に設置された大型モニターから、再び流れ始める。


 正午の表示がモニター画面の左上に現れ、カラスがその下を横切っていく。

 ヘリコプターがとらえた競技場の全景とともに、男性アナウンサーの声が、静かに語り出した。


「人生を賭けた勝負のロードは陽春の金沢。桜の花がところどころに咲き乱れる西部緑地公園。その中にあります陸上競技場が今年の舞台です。様々な喜怒哀楽を背負った選手たちの、熱きドラマが今始まろうとしています。第10回の記念大会となりました金沢人生マラソン。8月のバンクーバーワールドカップ人生マラソンの日本代表を懸け、そして何よりも、賞金総額1千万円に目がくらんで、選手が走ります」


 メインスタンドから、精一杯の拍手と歓声が沸き起こった。


 2万人を収容するスタンドは、賞味期限が切れたアイドルのライブ会場のようで、やたらと風通しがいい。

 ゆるい日差しの中、応援よりも弁当を広げる光景が、チラホラと見え始めた。


「今年は応募総数が1万通を越えました。その中から、世にも不幸な3500人が、書類選考で選ばれています。様々な障害が待ち受ける人生。その障害に、見事なまでに屈した選手たちが、この障害物フルマラソンを、走り切ることができるのでしょうか」


 モニターの幅をフルに活用して、勝利の公式が表示される。


   人生=根性(知識+経験+体力)


「過去9回の戦いから導かれました、人生マラソン勝利の公式。知識・経験・体力、この3つのエレメント以上に、根性がカギを握ります。どんなに大きな数字であっても、0を掛ければ答えが0となるように、試練を乗り越えるド根性がなければ、3つの要素を兼ね備えていても、この人生マラソンを勝ち抜くことはできません。根性によって、人生のメーターはいとも簡単に、プラスにもマイナスにも振れるため、不撓不屈ふとうふくつの精神が問われる恐ろしい大会」


 16ビートの速いロックに乗せて、過去のダイジェスト映像が流れ、さらにテンションを上げて、ナレーションは続く。


「人生はマラソン。マラソンは人生。完走率わずか3%の過酷なレースを制するのは一体誰なのか。世界への挑戦権を賭け、とてもアスリートとは思えない身なりの選手たちが、古都金沢に集結します」


 猿の着ぐるみと、その隣で、鼻をほじくるたぬき腹の選手がズームアップされ、テレビはコマーシャルに切り替わった。

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