女装王子

むきめい

始まり

 ここはとある王城の廊下。一人の男があたりを見回しながら、歩いている。


「また女遊びでございますか?」


男の進む方向から長身の影が言う。声からして女性のようだ。


「だ、だれだ!?」


 コツン、コツン、とヒールが音を立てて近づいてくる。


「朝にご挨拶申し上げるつもりだったのですが」


 そう言いながらこちらに来る者は


「私は、メアリーと申します。王子」


 男装をしていた。



「今日から王子の生活を管理させていただきますので、よろしくお願い致しますね」


 ペコリときれいなお辞儀をし、メアリーが言う。


「どんな挨拶より、……これは何だ!」


 王子がクローゼットを指差す。中にはレースの刺繍がたくさん入った服、まるでお姫様が着るような服ばかりが入っていた。服をかき分けるようにして、いくら探しても見つかるのは女物ばかり。中にはボタンのような留め具のない服まで折りたたまれた状態で入っていた。


「それは、東洋の服。キモノと呼ばれるものですね。この紐を腰辺りに巻きつけることで留めます」


「この縄をか? 東洋のモノは被虐の嗜好でも持っているのではないのか」


 花の刺繍が入った帯を、無造作に腰に巻き付ける。


「お、おやめ下さい! そのように乱暴に巻いてしまっては意味がございません!」


 メアリーは王子の腰から帯をほどいた。


「出会ってそうそうに男の腰に手をあてがうとは、メアリーも……」


 ぎぬろ、と嫌悪を隠すことない目で王子を見る。


「王子は服を何だと思っているのですか!?」


 王子は真顔で


「脱がすためのものだろう。王子、私はあなたにすべてを捧げます。と脱いだり、脱がせるものだ」


 それを聞いたメアリーは、はあ、とため息をつき、


「王子様は一度、女の子のキモチになってみるべきなのです」



「まずはこれです」


そう言って王子に差し出されたのは、先ほどのキモノであった。


「では、服を脱いで下さい」


「そう言われて、脱ぐわけがないだろう! 女のものを着て何になる!」


「……良いのですか? ランドリーメイドとの関係を王様にお伝えしても」


 意地悪そうにメアリーが笑う。その姿は、女であれば被虐の炎が燃え上がっていたのではないか。と王子は思った。


「王様は女性関係にうるさいですよねえ~。まさか 王 城 の洗濯室まで行って、王 城 で働いている メ イ ド に手を出してることがバレたら……?」


「……っ、分かった!」



 メアリーに言われるがまま、王子は服を脱ぎ、パンツだけになった。


「パンツもですよ」


「ほ、本気なのか?」


 王子の目に獣のような欲望が見える。


「後ろ向いててくれればよろしいです。キモノは下着を付けないので」


 とさらり、と言った。


 王子はパンツを脱ぐ。


「ではこちらを着てください」


 メアリはワンピースのような薄手の服と変わった形の靴下を渡した。受け取った王子はしぶしぶといった様子でそれを身につける。


 身につけたのを確認したメアリーは、真っ白のキモノを持ち、正面に立つ。


「右側をこのようにして……左を覆う形で留めます。ちょっとはだけないように持ってて下さい」


 王子は言われるようにする。


 すると、タオルを腰のあたりに入れ、帯で結んでいく。その様子は手慣れているようであった。


「これがキモノ、か。少し動きにくいな」


「いえ、これはジュバンです。キモノが崩れないように着るものですから」


「まだ着るのか!?」


 メアリーは真っ赤で、シルクで織られた服を持ってくる。



「……まだなのか?」


「まだです。ほら、動かないで下さい」


「着るだけでこんなにかけて、何が楽しいのか」


「服は第二の体です。素敵な体は楽しいもので、幸せを感じさせるのです。……ほら、帯を締めるのでしっかり立ってて下さい」


 王子は締め付けられるような感覚を覚える。


「コルセットかなにかか? そ、そんなにキツく締めるな!」


「もうすぐ終わりですから我慢してください。んっ、……終わりましたよ」


 メアリーは王子を全身鏡の前まで連れて行く。


 王子は自分の姿を確認する。


「こ、これがオレか?」


 ベリーショートの目鼻立ちの整った女性が鏡には映っていた。ボーっと見とれていると、メアリが帯に手をかける。


「!? 何をする」


 メアリーの手を引き離す。


「着付けしてるときから、嫌そうでしたので、脱がせようかと」


「もったいないではないか!」


 メアリーが笑う。


「あら、服は脱がせるものではなかったですか」


「あれだけ時間をかけたものを、あっさりと脱いでしまったらもったいない……と思ったのだ」


「女の子はそうなのですよ。ランドリーメイドも王子と会う時に、汚れていては、と思って身なりに気を遣っていたのです」


 クローゼットからレースの付いた服を取り出す。


「レースは人に、幼さや可愛らしさを感じさせます。自分を表現する一部なのです」


「表現の一部であることは分かっている。オレも身なりには気を使うからな」


「でも、女の子が、何故、その服を王子の前に現れるために着ているのか。考えておりましたか? 早く脱がせることに意識がいっていませんか」


 服を王子にあて、


「女の子のキモチになるべきなのです」



 次の日、王子はドレスを初めて着た。ピンク色のドレスにウィッグを着け、その姿はどこかのお姫様のようであった。


「メイクもしましょうか」


 メアリーのことを信用し始めたからか、それとも女の子の服を着ることに抵抗がなくなったのか、王子は、いつの間にか部屋に置かれていた大きな三面鏡の前の椅子に座る。


 メイク後、自分の姿を見た王子は


「なあ、街に出てみたいんだが」


 ちらりと見た、メアリーは死にかけのような顔をしていた。


「駄目です。こんな姿をしてるのを王様に見つかりでもしたら、物理的に私の首が飛んでしまいます。部屋から出ることさえ禁止です」


「と、言うことは、オレが無理やり女装させられてるって言えば……」


「おんな泣かせの王子が、女に負けた。屈服した。と広まるでしょうね」


「怖いもの知らずだよな。メアリーって」


「お褒めの言葉頂戴いたしました」


 王子はメアリーと二人で、女装の出来に満足すると、メイクを落とし、どこからか持ってきた男物の服を着る。


「男物の服もあるんじゃないか!」


 メアリーは何を言っているのか?と言う呆れた顔で


「もちろん、別の部屋にありますからね。女装がバレたら死刑ですし」


「早く言えよ! 着慣れないキモノを着たまま寝たんだぞ! 飯もお前に運んでもらうハメになったし」


「女装が趣味、オンナに目覚めつつあるからだと思ってたのですが……」


 つくづくこの女には振り回される。そう王子は思った。


 その夜。王子はドレスを着て、見よう見まねのメイクをし、部屋を出た。


 誰かにも出会わないように、とあたりを見回しながら、歩いている。


「メアリーと会った時みたいだな」


 そう思いながら、抜け穴にたどり着くことができ、幸運なことに誰にも見られず、王城を出ることに成功した。


 普段の王子として街を歩けば、女たちが、きょうは私と、いやきょうはワタシと、など声を掛けられるものだが今日は、


「なあネエちゃん? 今晩どうだい?」


「見かけねえ顔だが、どこから来たんだい? 旅の踊り子か? ちょっとそこの宿で見せてくれよ」


 など男に声を掛けられる。


(これはこれで嬉しいかもな。魅力があるってことだし、声を掛けられるのがちょっと気持ち悪いが)


 すると、後ろから肩を掴まれる


「ん!? 何をなさるの!」


 とっさのことではあったが、女のふりをして振り払おうとする。


 しかし、ひょい、と腕を掴まれる。


「その服、ワシが妻に贈ったものだ。どこで手に入れた?」


 振り返った先には王様が居た。



 その後、王城へと連れて行かれ、状況をすぐに飲み込んだメアリーによって、王様は女の正体を知った。


「お、お前はなんて格好を……メアリー、こいつを教育してくれるのではなかったのか!?」


「す、すみません」


 メアリーが必死で謝っている。死刑を恐れ、それだけは、と言う感情が見えるようだと王子は感じた。


「お、オレの趣味に口を出すなよ!」


 王様は王子に掴みかかる


「男なのに、女の格好をするのが趣味というのか!?」


「そうだよ! 悪いかよ!? メアリーが着せてくれたキモノで、オンナのキモチを感じてみたいって思ったんだ!」


 王様の肩が震える。王子は怒りで我を忘れているのだと思った。


 しかし


「そうか! これからも続けなさい」


 笑いが抑えられないように、笑みを張り付かせ、王様は言った。続けて、


「メアリー、2日でここまでとは、さすがだな」


 メアリーは王子の前に傅くと、


「王子、私はあなたを立派な王子ではなく、お姫様にするように頼まれたのです」


「えっ?」


 王様は


「元々な。男よりも女が欲しかったのだ」


 王子の体を見回す。それは娘の成長を目に焼き付けようとするような目であった。


「女が欲しかっただと?」


「そうだ」


「王子、おかしいとは思いませんでしたか。王様の耳に入らず、クローゼットの中身がすべて女物にしたり、三面鏡を王子の部屋に運べたこと」


「……」


 王様がニヤニヤしながら、


「これからもよろしく頼むぞ、メアリー」


 と言い、それにメアリーも


「もちろんでございます。王様」


 同じような顔で応えた。



 王子とメアリーは部屋へと戻ると、メアリーは真剣な顔で口を開く。


「女装が趣味と言うのは、私を助けるためのウソですか」


 王子は一瞬、ビクっ、とする。


「ウソ……でもない。きれいな服を着て、誰かにみてもらうことが……き、気持ちよかった。……とちょっとだけ思った」


「これからも女装をしますか?」


「キレイな服、かわいい服を着てみたい」


 ドレスの着こなしも化粧も未熟さが残る可愛らしいお姫様がそこに居た。

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