マーブル・チョコレート

櫛木 亮

甘い誘惑の森とチョコレート塔の案山子

 空は蒼く、白い綿飴状の雲が浮かぶ。

 オレンジの香りのする草原は、何羽かの雪うさぎが低く跳ねる。


 此処はクロワッサンの森。

 香ばしくて優しくて、お日様の笑い声が聞こえる。少し遠くにバターの川が流れる。冬には固く凍ったスカッチの氷が張る。



「さて、此処はどこだろう」と、赤いポンチョを羽織った少年が森の木々たちをため息まじりに見上げた。


 長い闘病生活の末、安らかに亡くなったはずの僕は、天国にでも来たのだろうか?


 などと、少年はのんきなものだった。


 きっと、彼は現世などに未練はないのだ。

 右手に強く握られた白く濁ったビー玉に、鼻の頭に引っかかったようにかけられたヒビの入った飴色の眼鏡。彼の物にしては古く、サイズ感も合わない。誰かの形見だろうか……それを肩がけカバンのコルクのボタンを外し、そっと仕舞うと、眩しそうに空を見上げて青いルビー入りの瞳をキラキラと輝かせた。


「ここがどこかなんて、もうどうでもいい!

 もう苦い薬も、口うるさいお小言も聞かなくていいんだ! 僕はもう自由なんだ!」


 こんもりと金平糖の積もった丘に少年は腰を下ろした。足元にコロコロと転がる虹色のテントウムシ。少年はそれを見て、柔らかく微笑んだ。



 あーあー、これから何が起こるかも知らないとは罪だね。あんなに無邪気に笑っているよ。


 背の高い案山子がチョコレートの塔から少年を見下げて、プレッツェルの杖といちごミルクのマーブル色の靴の踵を鳴らした。すると辺りには甘酸っぱい香りが弾ける。淡く儚けな少年はまだ遥か彼方。


 徐々に高度が上がるカラメルの飛行機が綿飴の雲を引っ張っていく。残された空には薄く薄く飛行機雲が残っていた。



 クロワッサンの森を抜けると、ジェラートの山脈とマシュマロのキノコと、カシューナッツの木々たちが少年を迎える準備をはじめる。いそいそと慌ただしい動物たちがパーティーの用意をする。赤や青や黄色のキャンディリボン。大小さまざまなグミのボールプール。今にも踊りだしそうなアーモンドプードルのドールたちがパーティーを彩る。



 花が吹き荒れる甘い魅惑のカーニバル。


 謝肉祭って知ってるかい?

 

 軽快なリズムに踊るクラウンも、こっちにおいでと手招きするよ。

 


 アメが欲しいか? それやるぞ。


 そして、キミは変わりに何をくれるの?


 さあさ、ゲームをやりましょう!

 勝負はすべて運任せ。

 ゲームに負ければ取られちゃう。



 不思議なメロディの音楽が聞こえる。少年はぼんやりと丘からずり落ちる。まるで、ゆらゆらと誘われるように泥濘んだジャムの道を歩む。



 そして、出口を見失っていく。





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