第3話

 三日ほど家に閉じ籠もった、その間にいろいろと考える、一番わからないのは祐介の義母と寒川組がどういった取り引きをしたのかだった。単に相続した金の一部を報酬にしたのか、水谷グループの一部を寒川組に譲渡するかのどちらかだろう、どちらにせよ真知子に相続権が渡れば莫大な金額が動くのは間違いない。


 ニュース番組を見ていた、先日の寒川の息子の登のニュースが出ていた、負傷した四人が搬送先の病院で射殺されていた。


 また頭に血が上る感覚だ、使い物にならなくなったら実の息子でさえも殺してしまう雅史の性格は異常だ。


 動く事に決めた、かき回してやれば沈んでいる物も浮き上がってくる。


 事務所へ行ってみた、荒らされたような跡はない、まだ部外者扱いだった、それでいいその方が今は動きやすい。


 街外れの公衆電話から雅史に掛ける。


「誰だ」

「この前の者だ、約に立たないからと言って自分の息子まで殺すとは変わってないな」

「あれは俺が指示したんじゃねぇ、お前が殺ったと思っていたが、違うんだな?」

「俺は拳銃は使わないし、人殺しもしない。お前は内部に敵が多いんじゃないのか?」

「お前は誰なんだ、俺より酷い事をしやがって、昔俺にリンチされた恨みとか言ってやがったな? 仕返しにしては俺たちヤクザよりも酷い、まあいい今は喪中だし家宅捜査も入っている、礼は覚悟しておけ」

「今度はあんたをもっと酷いやり方で復讐させてもらう、あんたこそ覚悟しておけ、また掛ける」

「ちょっと待て昔の話だろう、俺は」


 雅史が何か言いかけたが電話を切った。

 逆探知の可能性もある素早く車に乗り込み街へ戻った。


 帰り道に寒川の自宅前を通ったが葬儀の参列は出来ていない、数人が入っていただけだった。それっぽっちの人望しかないと言う事だ。雅史の威厳もないんだろう。だが誰が登達を殺したのか、別の組のヤクザとは思えない、別の組の者が殺るなら登一人で十分なはずだ、内部の者が関与しているに違いない。


 事務所に立ち寄った、ファックスが数枚入っている真知子から一通。


「寒川組に内部抗争が起きるかもしれないので私を助けて欲しい、報酬は二百万出します」


 京子からは。


「母のやり方について行けなくなりました、母と縁を切って元通りの生活に戻りたい」


 と書いてあった。


 ヤクザと絡むとこういう結果になる事は予想出来たはずだ、目先の利益だけ求めた結果がこれだ、ざまぁみろと思っただけだ。


 だがわかった事は真知子はこういう手口で金をちらつかせて寒川に取り入った事と内部抗争が起きかけている事だ、内部抗争は登の葬儀を見た時に感じていた、誰が指揮を取っているかはわからない。京子は身の危険を感じて反発していた、母親に愛想をつかしているような感じだった。


 真知子に電話を掛けてみた、


「神崎だ、この前はヒステリーを起こして帰ったのに手のひらを返すのか?」

「先日は失礼しました、ファックスで送った二百万で足りなければ二倍でも三倍でも出しますので寒川から引き離してくれないでしょうか?」

「男が金だけですぐ動くと思っているようですね、少なくとも俺は金には興味ない」

「そんな……」

「内部抗争は寒川と誰が対立してるんだ?」

「ナンバーツーの新井とです、圧倒的に新井の方が今は人数も資金も持ってます。寒川には隠し子がいて寒川と隠し子の修が何とか抑えてる感じです」


 ペラペラと話す奴だ情報屋に聞き出すより余程収穫がある。


「寒川組にはナンバー何までいるんだ?」

「ナンバースリーの山崎までです、山崎の息子は先日寒川登と一緒に殺されましたが」

「山崎がスリーなんだな?」

「そうよ、新井の命令で下っ端が登達を殺したわ。寒川は亡くなった父親が医者で、残した財産で今の寒川組を作ったみたいです。とりあえず助けて下さい」

「情報をありがとう、あんたの娘は愛想を尽かせたみたいだな、娘はどうなってもいいのか? 助けるかどうかは置いておいて、あんたが幸之助氏からの離婚届けに判を押したら考えようじゃないか」

「そんな、助けてもらえると思って喋ったのに酷いわ」

「一方的に喋ったのはあんただろ、とりあえず考えとくよ」


 電話を切った、今度は京子に掛けてみる、


「神崎だ、ファックスを見たのでかけただけさ、母親は娘のあんたの事なてどうでもいいようだ、実の娘のあんたより自分の安全を確保して欲しいだとさ」

「そんな、私は母の言う事を聞いていただけの事よ遺産はいらないわ、だから助けて欲しいの、私はまだ二十三歳よ、母と決別してでもいいから元の生活に戻りたいだけなの」

「全体の指示をしてるのは新井か山崎か?」

「何でその名前を知っているの? 先日そちらに伺った時も結構知ってましたよね、情報網が広いんですね、新井の指示です。今は何か内輪揉めをしてるみたいですが落ち着いたら、私の身が危ないです、助けて頂けるなら百万円の報酬を払います」

「あんたも母親に似て金をちらつかせるんだな、誰もが金で動くとは考えないようにするべきだな、男は百万で動く事もあれば十円で動く時もある事を覚えておけ。今抱えている案件で寒川組も絡んでいる、結果的に助ける事はあるかもしれんが俺に期待するなよ、あんたが今の俺の依頼人じゃないからな」


 更に続けようとしていたが電話を切った。話が上手い具合に展開しているが、罠かもしれない、俺を引き釣りだしている可能性もある、慎重に動かないとこちらがやられてしまう可能性もある。内部抗争が本当に起こりかけているのを調べる必要が出てきた。


 携帯に着信があった、天野からだった


「どうした? 話すの久しぶりじゃないか」「ああ、ここんとこ忙しくてな。お前水谷幸之助の依頼を断ったらしいじゃないか? 金は結構出るのに不思議に思って掛けたのさ」「今、抱えてる案件が終われば引き受けよう結果的に祐介を助けるかもしれない依頼だからな」

「祐介からの依頼か?」


 天野は昔から感の鋭いところがある。


「話したいのは山々だが守秘義務だ、依頼人の話は出来ない」

「俺が坊っちゃんにお前を依頼するように仕向けたんだ」


 少し悩んだが、


「お前には敵わん、昔助けてもらった恩もあるし、少し話そう。お前の言う通りだ、祐介からの依頼だよ。誰にも言うなよ」

「やはりな、では俺からの依頼も受けてもらおう、祐介を死なせるな、そして幸之助の相続権を無理やりにでも継がせてくれ」

「わかったよ」

「先日の寒川登達四人を痛めつけたのはお前だろう? 殺したのは新井の手下だ、誰かはわからないが、枕で顔を押さえつけ拳銃で撃ったんだ、これなら銃声が響かない」

「お前の方が詳しいな全てお見通しってわけか」

「探偵のお前ほどそっち関係には強くない、集まって来た情報を話したまでだ、とにかく祐介が継がないとこの街は崩壊してしまう、忘れるな」

「わかっている、ありがとよ。最後に一つだけ確認したい、寒川組の内部抗争は本当なのか? 新井と山崎が寒川と対立しているらしいが」

「本当だ、登が失敗したのが引き金になって分裂を始めだした。お前が引っかき回してやった事だ、また情報が入れば連絡する、人殺しだけは止めてくれよ、今度は助けられる自信がないからな」


 電話が切れた。

 今日一日でかなりの収穫があった。


 俺を痛めつけるまでに寒川が殺されなければいいが。不謹慎な考えだが寒川だけは俺がボロボロにしてやる。新井より先に動かなければいけない。




 朝のニュースでわかった事だが、寒川組に家宅捜査が入った結果拳銃二十三丁と日本刀十六本が見つかり、寒川組の幹部三人が逮捕されたらしい寒川も新井も山崎の名前も出なかった、違う幹部の名前が挙がっていた。家宅捜査は終わったらしい。


 祐介に電話した、


「おはようございます、何かありました?」


 俺は昨日の事を天野の件以外全部話した。


「そうですか、義母と姉も亀裂が入っているみたいですね、姉はこんな事するような性格じゃなかったのですが」


 相変わらず大人びた喋り方をする奴だ。


「再確認だがお前の義母と姉がどうなっても構わないんだな?

「ええ、構いません。昨日もうちに別々で連絡入りましたよ無視してたらメールが届いてました」

「なんて書いてあった?」

「義母からは早く相続権を放棄するようにと書いてました。姉は母と離れて元の生活に戻りたいと、返信はしてません」

「メールは消さずに残しておけ、役に立つかもしれん」

「残してますよ、後考えたのですが父が亡くなったら相続する事に決めました。沢山の人の生活を奪ってまで放棄するわけにはいかないと思ったからです」

「賢明な判断だ、お前が放棄すればこの街は崩壊してしまうと言った奴がいた」

「天野さんか山口さんですね」

「そんなところだ」

「いざという時には川田さんに相談します」

「川田物産の川田康か? 娘の瞳がお前の婚約者だってな」

「知ってたんですか? 驚きました」

「瞳とは会ってるのか?」

「そこまでは知らないようですね、瞳は今アメリカに経済を学びに留学中です。帰って来て結婚となれば川田物産と統合してグループが更に大きくなるでしょう」


 電話を切ると出掛ける準備をした。


 美雪に暫く帰りは遅くなると言い残した。

「わかったわ、気をつけて」

「ああ、大丈夫だ張り込みをするだけだ」


 車で寒川の自宅が見えるコインパーキングに車を停める、シートを視界の利くギリギリまで倒す、乗っているのはバレないはずだ。


 九時、見張りはいない家政婦らしき女性が掃き掃除をしている。穏やかなものだ。


 十二時に一人の若い男が家に入って行くのが見えた三十分程で出ていく。午後は一時間おきくらいに人の出入りがあった多くて三人だ、相変わらず見張りらしき姿はない。


 一七時雅史が犬の散歩に出てきた、一人だった。体格も良く背も高い。ボディガードはついていない。小一時間程で戻って来る。暫く人の出入りはない、十九時黒塗りのベンツが三台やってきた、十二人ほどの男たちが屋敷に入る、宴会でもしているのだろうか? なかなか出て来ない、三時間程で全員出てきて車で走り去った。


 零時になると家の明かりが消える、それを見届けると車を出し帰宅する。


 三日間同じように張り込みをしたが一日だけ十時に雅史が外車で出掛けたのを見ただけだ、昼には戻って来ていた。


 四日目腹を決め犬の散歩時間に尾行し、人気の少ない民家の裏路地で呼び止める。周りは田んぼだった。


「雅史久しぶりだな」

「誰だ、お前気安く名前で呼ぶな、ぶち殺されてぇのか?」


 電話の声と違うのか雅史は気付かない。


「俺だよ、電話で次はお前だと言った筈だが覚えてないのか」

「てめぇか、見覚えはないな、俺になぜ因縁を付けやがる」

「言ったはずだ昔学生時代にリンチされた仕返しをするとな」

「名前は?」

「神崎だ」

「覚えてない、学生時代の事はもう忘れた」

「あんたに一方的に殴られ鼻と肋骨を折られた、俺は止めてくれ、許してください、ごめんなさいと言った、自分が男の誇りを無くし俺じゃなくなった気分だったよ。その誇りを取り戻しにきた」」

「学生時代の喧嘩なんてただの遊びだろう」

「五対一のやり合いは喧嘩じゃなくリンチだな」

「それを今まで恨んでて俺の息子をあんな酷いやりかたで再起不能にさせたってのか?」

「その通りだ、お前にはもっと酷くやり返させてもらう」


 言った瞬間犬を下段蹴りで首を折った。


「なんて事をしやがる、息子の次は愛犬にまで手を出すなんていかれてんのかてめぇ」


 雅史の手にはどこに隠していたのか、いつの間にか匕首が握られている。


 突いてきた上半身だけで躱す。


「そうやって何人の命を奪ったんだ?」

「覚えちゃいねぇな、登達と同じだと思うなよ」

 上下左右から匕首を振り回してくる、ただ振り回すのではなく急所を狙って来ている。


 相当な腕前だ、間一髪で避け続ける、隙きは少ない。


「神崎とか言ったな、その程度かバラバラにしてやる」


 あれだけ暴れているのに息も殆ど乱していない、流石に組長になっただけの腕前は持ち合わせているという事か。余裕と言った感じで雅史は落ち着いている。


「じゃあ、俺もちょっと本気を出そう」


 突いてきて引き戻すタイミングで下段蹴りを一発、雅史がバランスを崩す、中段蹴りで匕首の手元を蹴る匕首が落ちる。手首を折った。


 構わず右フックを腹にぶち込む咽ながらしゃがみ込む、顎に渾身の一撃の蹴りを入れると吹っ飛び痙攣している。


 不思議と怒りは収まっていたがケジメだ、顔面を蹴る、蹴り続ける鼻は潰れている、気が付いたのか顔を両手で抑え痛みを堪えている、手が邪魔だ。匕首を拾い上げ両肘と両膝とアキレス腱を切る、よく切れる刃物だ。


「いてぇ。わ、悪かった謝る勘弁してくれ」


「俺がそう言っても止めなかったのは誰だったかな?」

「なら金を払う、慰謝料だ、一千万ならすぐに用意する」

「金で何でも片付くと思っているのなら大間違いだ、誇りだとさっき言ったよな」

「痛みが激しい、すまん、悪かった。登のようにはなりたくない」


 両手足が動かないので逃げようもない


「登より酷い仕打ちをするって言ったの忘れたのか?」


 馬乗りになり匕首で瞼を切り取る、瞬きが出来ないので目が乾燥して見えなくなるはずだ。続けて鼻を削ぎ落とす。初めて低い悲鳴を上げた。口の中に匕首を差し込み思いっきりかき回した頬が裂け舌も千切れ飛び出してくる、歯も数本抜けた。改めて見ると失禁と脱糞をして白目を向いている、だからあまり悲鳴を上げなかったのだ。念のため目玉にも匕首を刺し潰しておく。指を一本一本根本から切断する、十本の指を口にねじ込む。


 完全に再起不能だ残りは耳くらいか、匕首で耳を削ぎ落とし、落ちていた木の枝を両耳に差し込む鼓膜が破れる感触。そこで俺は止めたもう切り刻むところはない、かろうじて生きている、雅史の胸が激しく上下に動いている。


 匕首に付いた俺の指紋を、持ってきていたウエットティッシュで拭き取り側に捨てる。


 登の時のような達成感はなかった、何も感じない、仕事を一つ終えたという気分だけが残った、時間にして十五分前後と言ったところか、そろそろ家の者が不審に思って出てくるだろう。


「雅史あばよ」


 と言うと、小さな声で、


「あー、あー」


 と返事が返ってきた、もう喋る事も出来ないのだろう車に戻ると用意していた服に着替えた。


 暫く車の中から様子を伺った、二十分程して雅史の妻らしい女が出てきて通りを見回してる携帯を耳に当てる仕草が見て取れた。小窓を開ける雅史の携帯が鳴っている、妻らしい女は音の方へ歩いて行く、裏路地に入ったらしく悲鳴が聞こえる。


 俺は静かに車を発進させた。

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