第11話
アラームを消し忘れていた。酒が抜けていないもう少し寝ていたかったが、真理子は起きてきた。
「直人さんが昨夜は私の扱い荒っぽかった」
「すまん、気を付けるよ」
「駄目とは言ってないわ、直人さんが野獣みたいだった」
「いやかい」
「ううん、直人さんさえよければ」
真理子は照れ隠しなのか布団に潜り込む。
「下着を探して頂戴」
「ここに置いておくぞ」
布団から手だけが出てきて下着を掴むと引っ込める、パジャマを着てリビングに消えていく、俺もパジャマを着て追いかける。
ストレッチをしシャドーボクシングをしていると真理子はじっとこちらを見ている、五分で止める。
「昨夜はそれが直人さんの武器だったのね」「そういう事だ、でなければ串刺しか切り刻まれて魚のエサにされていただろうよ」
「男の人はたまにわからないわ」
やっと朝食の準備に取り掛かる
パンの焼ける匂いに誘われキッチンにいくと、ベーコンとスクランブルエッグも作っていた。
やっと朝食の準備が終わったようだ。
二人でいただきますと言い食べ始める。
「直人さんもう休みに入ってるのよね」
「そうだ」
「私は今日は出社するわ」
「じゃあ、後片付けや掃除やらいろいろやっておくよ」
「直人さんにそんな事させられないわ」
「気が向いた時だけだよ」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「昨夜のバーが上手く行ったかだけ報告してくれ」
「もうオーナーが板についてきてる、これならバミューダも安泰ね」
と笑っている、自分でも可笑しかった。
昼間は少しだけ出かけるからな、と言い真理子を玄関まで見送った。
「わかったわ、でももう危険な真似はしないで、お願い」
「わかってるよ、真理子をバツニにしたくないからな」
昨夜のウイスキーを片付け朝食の食器を洗った、部屋は汚れていないのですぐに終わった。することがないのでリビングで読書をして時間を潰す。あっという間に昼になっていた。
服を着替え車でバミューダに行く。
店に入ると西田が飛んでくる。平日でも繁盛している。
「昨夜はありがとうございました、ところでお怪我はありませんんか?」
「あぁ、かすり傷ひとつないよ、あの後永井はどうした?」
「はい小一時間程して帰りました」
「そうか、バーの方は問題なく営業できたのかな?」
「えぇ、いつも通りだったと聞いてます」
「それは良かった、ところで何か食わせてくれないか?腹がペコペコでね」
「わかりました、カウンター席へどうぞ」
カルボナーラが出てきた、昨夜真理子が注文したスパゲティーだ、フォークに巻きつけ食べる、真理子が感心するのがわかる、クリーミィでとても美味い。西田に、
「ここのメニューやレシピは誰が担当しているんだ?」
「全て私ですが、作るのはシェフを数人雇っています」
「そうか、そのまま続けてくれ。昨日真理子が言ったように味の質は落とさないよう努めてくれ」
「心得てます」
と言ってイソラテを運んできた、
「俺の好みを真理子から聞いたのか?」
「はい、今朝電話がありまして昨夜の様子とオーナーの好みを一通り聞いてます」
「総支配人の件だが来年度と言ったが一月からにしよう四月からよりも早い方がいい」
「ありがとうございます、家内も喜んでおりました」
妻帯者だったのか、指輪を付けてないからわからなかった、
「話は変わるが永井の家はわかるかい」
はいと言ってスタッフ名簿を持ってくる、バイトの名前や住所まで載っている。
永井と西田の住所と電話番号を携帯に打ち込んでありがとうと、返した。
西田は心配そうに、
「永井の家に行くつもりですか? 危険かと思いますが」
「あんなひよっこ一人大丈夫だ、それと確認したかっただけだよ」
「こんな言い方は人聞き悪いですが、永井は暴走族上がりのチンピラです、今は誰ともつるんでいる様子はありませんがお気をつけ下さい」
「それくらいの元気がある方がいい特に夜のバーではな。西田さんも柔道やるらしいじゃないか」
「昔取った杵柄ですよ」
ごちそうさまと言って店を出る。
少し考えてから谷口モータースへ向かう。
鍵は俺も任されている事務所前に車を停める鍵は壊されていた。
中に入るピット奥のドラム缶はもう壊されていた、永井が昨夜のうちに忍び込んだのだろう、永井のアパートに寄ってみたが留守のようだ。携帯へ電話してみるが留守電だったのでメッセージを残しておく。
隣町へ車を走らせた、港の方へ向かう。
こちらのヨットハーバーも繁盛してるようだった。
近くの店舗のような建物に入る。ヨットを買いに来た客と思われたのか、店員が寄ってくる
「松本敬三さんはいるかね?」
店員は松本組の人間ではなさそうだ。
「もう数年前に先代の松本は社長を引退されて会長になりました、今は息子の努さんが社長なのです」
「そうか、話がしたくて寄ってみたがもういないんだな」
「お知り合いですか? 今の社長は社長室におりますが」
「いやいい、息子さんとは面識がないもんでね、先代の家は近所かな?」
「ええ、すぐそこです、ここを出たら海沿いの道に大きな家が見えると思います、そこで隠居生活ですね。たまに船に乗られる事もありますが最近お見かけしないですね」
「ありがとう」
と言い外に出てみた、海沿いに家が並んでいるが、ずば抜けて大きな屋敷が見える、多分あれだなと思い歩いて行った。
やはりそうだった松本組という看板は出ていない、事務所は別なんだろう、松本敬三と表札が出ていた。
少し迷ったが、ここまで来たんだ。どんな男かも見てみたい。チャイムを押す。
インターホンではなく妻らしい老人が出て来る。
「松本敬三さんはご在宅でしょうか?」
と言うとあっさりと中へ入れて貰えた。
「庭で盆栽をしておりますこちらへどうぞ」
と招き入れられた。
和服姿の老人が盆栽をいじっていた。七十歳は超えているだろう、老いてはいるが体格がいい、背も曲がってはいなかった。
こちらに視線を送ってくる
「だれだ?」
どう答えようか迷ってから答える、
「坂井って者だ、上野の件で伺った」
松本の表情が変わる。
「あんた警察の者か?」
「いや、しがない整備士だ」
「上野の件とは何かね」
警戒心は強いようだ。
「上野が奪ったあんたのブツについて話に来たんですが、知らないようなら帰るよ」
「上野の仲間か?」
「あんな小悪党と一緒にしないでくれ、上野が奪ったブツは俺が偶然手に入れましてね」
「報酬目当てに返しに来たのか? しかも単身で」
「今は手元にないし報酬もいらんよ」
「じゃあ何故来た、隠居した身とも言えヤクザの家を単身で訪れるとは馬鹿かよほど肝っ玉が座ってないと出来んぞ普通は」
次の俺の言葉をまたず松本が、
「川上」
と言うと本物の刀を持った中年のがっしりした男が出てきた。
「ちょっと遊んでやれ」
「刀を持った相手に素手じゃ五分とは言えんな」
松本は木刀を渡してきた。
と同時に刀が間を詰めて来る、咄嗟に身構えた。
横へ躱すと同時に面を放ったが頭ではなく、
右肩にめり込んだ、手応は十分あった、鎖骨が折れる感触。だが男は怯まない。
刀を捨て体当たりしてくるのをカウンターで右ストレート、男は白目を向いて倒れた。
そこで松本が言う、
「勝負あり、剣道とボクシングか川上がやられたとこは初めて見た、強いんだな。よし話を聞こうじゃないか」
倒れた男が立ち上がるが松本が、
「お前の初めての敗北だ下がっていろ」
と言うと、男は去り際にこう言う。
「真剣持った俺を数秒足らずにやるとは、お前プロか?」
「いや、ただの整備士だ」
男は笑いながら去っていった。
松本が表情を崩した。
「で、話とは? 上野の仲間じゃないのにどうして覚せい剤の事も知っているんだ?」
「俺が上野とつるんでいた仲間から口を割らせた」
「で今、ブツはどこに?」
「上野の仲間だった男に渡した、恐らく今日か明日にでも持ってくるだろうそれを伝えに来ただけだ」
「それを伝えるためだけに、ヤクザの家に単身で来たのか、気に入った。うちの松本組に入らんか?」
「俺はもう次の仕事が決まってるんで止めとくよ、それより上野の仲間が返しに来たら、なるべく穏便に頼むよ。俺も上野の仲間も口が裂けてもこの事は口外しない、出来れば殺さないでやってくれないか?」
「わかった、ただけじめだけは着けさせてもらうがな。でおまえさんの次の仕事とは何かね?」
「レストランのオーナーだ」
松本は愉快そうに笑っている。
「上野が残したレストランのかね?」
「ああ、そうだ。面倒事は嫌いなんでさっきみたいな男を寄越さないでくれよ」
「俺はあんたが気に入った、商売の邪魔はせんよ、普通の客としてならいいかね? あそこのバーは気に入ってるんでね」
「ああ、構わんよ。もう帰らせてもらうよ」
誰も追いかけてきたりはしなかった。
次は山本興信所にむかった。
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