第10話

「バーテンダーの永井はまだかな? 顔も見たことないんだ」


 俺が言うと真理子が時計を見る、


「もう来てるはずよ、スタッフルームじゃないかしら?」

「連れて行って貰えるかい」

「いいわよ、でも暗い陰気な男よ何考えてるかわからない時が多いわ、こっちよ」

 西田は見学だと思っているのか笑顔を向けてくる。


「ここが、永井君の個室よ」


 ドアをノックする、


「どうぞ」

 そっけない声が返ってくる。

 ドアを開けるとやつれた男がタキシードに着替えていた、歳は俺より若そうだ、


「社長、どうも。そちらの方が新しく就任されるオーナーさんっすか?」


 上品な口調とは思えない、


「オーナーと言っても来年からだけどな」

「そっすか」

「なんで永井君はいつもそんな口調なの?」


 真理子は怒っていた、初めて見る、


「別に、給料分の仕事はしてるつもりっす」

「直人さんもう行きましょ」

 真理子が帰ろうとしていたら、永井が。


「直人って、もしかして坂井直人か?」

目付きが厳しくなった。

「ほう、いい目をしているな。俺が坂井直人だが用事かい?」

「真理子、外に出てろ」

「えっ、何? 何なの」


 答えずドアを締めロックをかける。


「ここ一ヶ月あんた家に帰ってないね、探しても見つかんねーわけだわ」

「ベンツをどこに隠した? 最後の目撃はあんたがベンツを運転してるとこで止まってるからなぁ、答えて貰おうか坂井さん」


 手にはアイスピックが握られている、あんな物でも急所に当たると死んでしまう、厄介な武器だ、


「答えないと言ったら?」

「吐くまでイタブラせてもらうよ」

「覚せい剤なら捨てたぞ、ベンツもスクラップだ」

「嘘だ」


 ヒュ、突いてくるのを下がって躱す。


「一撃目を躱すとは、やるね。まだまだだ」

 突っ込んでくる後ろはドアだ下がれない、横へ躱す、スキを突いてジャブを当てる、まともに当たったのか鼻血を出してふらつく、すかさず右のストレートをぶち込み崩れかかったところをアッパー、崩れ落ちた、倒れたとこで腹を蹴る全身が痙攣している、他愛もないタバコに火を付け待つ、痙攣が止まり起き上がろうとする、顎を蹴り上げるまた痙攣する、脇腹を軽く蹴ると目を覚ました、怯えている。


「待った、待ってくれ」


 蹴りは止めず蹴り続ける、失禁していた。

 耳元で。


「上野の仲間の一人だな?」


永井は首を振る、蹴る蹴り続ける気を失ったようだ、吸っているタバコを頬に押し付けると、悲鳴が上がった。

 外からは真理子がドアを激しく叩いて何か言っているが無視を決め込んだ。

 脇腹を蹴る、また気を失うが蹴り続ける。

 俺はまだ汗すらかいていない、とにかく蹴り続ける何度目かの痙攣を見て蹴るのを止めたが目を開いた永井が。


「止めてくれ、上野は俺の先輩だ、蹴らないでくれ」


 蹴ってはいなかった、体が蹴られている感触が残っているだけなのだ。永井は続ける。


「上手い話があると誘われた、隣町の松本組のシャブの横領だ、蹴らないでくれ、成功して上野が車に隠したのは知っていたがどうやってさばくのかは知らない、億単位の金が入ると言っていた矢先に上野は死んだ、残された俺と佐々木は車を奪おうとしたが二度失敗した。その後いくら探しても上野のベンツが見つからない、そして松本組に捕まった、大人しく返せば百万づつやる、返さなければ半年後の真冬の二月頃にはお前らを殺して魚のエサにすると言われた、佐々木は名字を変えて北海道の実家に逃げたみたいだが、俺は実家がこの市内だ逃げる勇気も場所もない、だから探していたんだ」


 もう意識ははっきりしてるはずだ。口が勝手に動いている本当に小悪党だ。


「もういい、いっそあんたが殺してくれ。ビクビクして暮らすのはもうごめんだ」

「そのアイスピックで心臓を突いてくれないか? 俺の愛用のピックだ、バーテンダーとしての誇りは忘れちゃいねぇ」


 暫く考えたが耳元で覚せい剤は隠してある事を教えてやった。この先もバーテンダーを続けたいなら教えてやると言った。

 永井は驚きを隠せずにいた、


「あんた何者だ、やたらと強いし肝っ玉も座ってる、上野じゃなくあんただったら良かったのに」

 泣いていた。


「この程度で男が泣くんじゃねぇ、教えてやる、谷口モータースのピット奥の赤くてネジ山が潰れたドラム缶、ただし谷口モータースには危害を加えるんじゃねえぞ、まぁ今は冬休みだから人はいないがな、迷惑かけたら俺がお前を始末する。後その佐々木もこっちへ呼び戻せ、一週間休みをやる上手く片付けたらお前はうちに置いておいてやる」

「わかった、暫く休ませてくれ」


 俺の中の男の部分が確実にが目覚め始めていた。

 ロックを解き俺は外に出た。

 真理子が泣いていた、言い争う声や物音で暴れてた事はバレたんだろう。スタッフや西田も心配そうに駆けつけてきていた。


「永井は今日から一週間休みだ、その間夜のバーは他のメンバーで出来るな? 一人のバーテンが俺が責任持ってやりますと言った。

「ちゃんと仕切れるか?」

「はい、任せて下さい永井さんほど上手くないですが、そこそこ行ける方だと思っています。」

「よし、任せるぞ。他の者もフォローしてやってくれ、じゃあみんな持ち場へ戻れ」

 真理子と西田だけが残った、西田が、

「あの永井をやっつけたんですか?」

「ちょっと荒っぽく遊んでやっただけだよ」

「永井相手に無傷な人初めて見ました、強いんですね」

「いや、永井が弱かっただけの話さ」

「真理子、帰ろうか」

「怪我はないのね、大丈夫なのね?」

「ああ俺はな。帰るぞ」

「はい」


 背を向けたが、西田の方に向き直り、


「支払いがまだだったな、会計を頼む」

「オーナーと社長からは頂けませんよ」

「気にしなくていいのよ、帰りましょう」

「そうかじゃあ帰ろうか、西田さん永井の事は放おっておいてやってくれないか?」

「わかりました、お気をつけてお帰りください」

 帰りは真理子が運転した。

 帰宅後本当に怪我してないかを服を脱がされ隅々まで点検された。


「あの永井は人を殺してるって噂があるのよナイフで切り刻んだってうわさがあるの。西田も柔道の有段者らしけど近寄らないわ」


 鼻で笑った、


「あいつは上野よりも小悪党だな、あの男に人を殺せる勇気はない」

「クビにしましょうか?」

「いや、一週間後に俺が決める、いいな?」「はい、わかったわでも直人さんがいつもより男らしく見えるのは錯覚かしら?」

「怖いか」

「ううん、頼もしいし、みんなのまとめ方も上手かった」

「飲み直そう、ウイスキーはあるか?」

「だいたい揃ってるわよ」

「永井はやっぱりナイフだったの?」


 真理子がしつこく聞いて来るので、


「いや、アイスピックだった」

「十分危ないじゃない、刺されたら死ぬわ。やっぱり、うちに置いておくのは危険じゃないかしら?」

「いや、小悪党でもあれくらいの荒っぽさの方が約に立つ、酔った客を追い出すくらいの度胸はある」

「そういうものなの?」

「そうだ、後はあいつがどう動くかだけだ」

「どういうこと?」

「あいつは上野の後輩でいつもつるんでた」

「だったら警察に」

「駄目だ、とりあえず一週間後だ」

「わかったわ、直人さんに任せるわ」

こんな時は釣りにでも行って、気を紛らわせたかった。



 俺の携帯が鳴る永井からだった、佐々木は実家に戻らず市内に隠れていたらしい。わかったと言い電話を切った。

 すぐに知らない番号からの着信、電話を耳に当てると、

「佐々木だ、永井をボコボコにしたのはあんただってな。永井はよせと言ったが面貸して貰おうか、港で待ってる」

と言い電話は切れた。

 真理子にちょっと出掛ける事を伝え、革ジャンを羽織る。

 車に乗り込み港まで行った、港と言っても小さな港だ、ヘッドライトに人影を捉える、恐らく奴が佐々木だろう。

 車を止め降りる、先に話してきたのは向こうからだった、


「あんたが坂井さんか?」


 そうだと答えると、ポケットからナイフを取り出す、暗闇で鈍く光っている。

十センチ、いや十五センチくらいだろう。


「永井には止められたがよぉ、大事な後輩をボコられて黙っているのは気が引けてね、それと覚せい剤の事も口止めさせてもらうよ」


 永井よりも体格がいい、真理子がナイフで脅されたのはこいつだと確信した。

 佐々木がじりじりと間を詰めてくる、暗闇なのでいまいち距離感が掴めない、佐々木が地面を蹴る、同時に後ろに飛ぶ間一髪でナイフを躱せた。

「ほう、永井が一方的にボコられたのがわかったよ、あんた何かやってるね?」


 身構えた。


「ボクシングか、いいぜ切り刻んで海に沈んでもらおうか」


 佐々木がまた地面を蹴り二回三回と切りつけて来る、隙きはなかった。

転がり側にあった角材を拾う、立ち上がり佐々木と向き合う。永井よりも数倍腕が立つ相手だった。

 また佐々木からの攻撃、何とか躱し角材で面を打ち、一瞬怯んだところで小手を打ち込む、ナイフが落ちた音がした。


「剣道もやるのか?」


 佐々木は手を抑え痛みを我慢している。

 隠し持っていたのか銃を取り出す、真理子の車に銃撃を食らわしたのはこいつだ。

 体が熱くなり咄嗟に角材を捨てこちらから飛びかかる、ジャブは躱されたが右のフック腹にが決まった。

 落ちた銃を拾い上げ海へ投げ捨てた

佐々木はうずくまり嘔吐している、力を込め顎を蹴り上げる、吹っ飛んで倒れ痙攣した。

 勝負は着いたが、このまま放おっておくといつかまた襲って来るかもしれない。

 永井の時のように脇腹を蹴り続ける、数分蹴り続けると佐々木の体が砂袋の様になっていた、見えないが失禁したのだろう、尿の匂いが潮風に混じる。

 タバコに火を付けジッポを佐々木の顔に近づけた、白目を向いている。

 永井の時の様にタバコを頬に押し付けると悲鳴を上げ立ち上がろうとするが膝が笑って立てないようだ、それに蹴りが効いている、怯えた表情でこちらを見ている、


「殺さないでくれ」


 佐々木が懇願する、また顎を蹴り上げた。倒れて痙攣している、また脇腹を蹴りだすと悲鳴とも絶叫とも取れる声を上げる、蹴るのは止めなかった。また気を失ったところでジッポに火を付け当たりを見回す、佐々木のナイフが転がっている拾い上げる。

 佐々木の腕を足で固定し手首にナイフを突き立てた、絶叫が響く。

 そのまま指の方へナイフを引き裂く、佐々木の右手は二本になったかのように見える、よく切れるナイフだ、左手も同じように引き裂く。佐々木は意識を取り戻していたがもう抵抗する気はないようだ、


「永井の言う通り、大人しくしておけばよかった。あんたみたいな人は初めて見る。腕を裂く時も躊躇しなかったしな。このまま海に捨ててくれ、もし傷が治っても二度とナイフは握れないだろう。俺みたいなチンピラに行く宛なんてないからな」


 俺は考えこう切り出す、


「お前が更正するならうちで雇ってやってもいい、更正しないのならこのまま置き去りして帰る、そのまま出血死するだろう」


 佐々木は暫く沈黙した後、


「坂井さんあんた本気で言ってるのか、訳がわからねぇ、俺に出来る仕事なんかほとんどねぇぞ」

「給料は安いが店の用心棒として置いてやるつもりだが?」


 すると佐々木は笑いだし。


「あんたより弱い俺に用心棒だって? あんたが出た方が手っ取り早いだろう」


 俺は二本目のタバコに火を付け。


「俺は面倒事は嫌いでな、それにずっと監視なんて仕事は嫌なのさ」

「坂井さん、わかったよ。とりあえずこの状況を何とかしてくれないか?」


 俺は番号非通知で港で人が血を流してる、すぐに来てくれと救急車を呼んだ、


「怪我が治ったら連絡してこい」


 とだけ伝え、車でマンションに戻った。

 革ジャンのあちこちが切れていた、泥もついていたので真理子が、


「何してたのよ、ボロボロじゃないの」

 と泣きそうな声で抱き付いてくる。


「大丈夫だ怪我はない、真理子をナイフと銃で脅して来た奴をブチのめして来たのさ」

と言うと、

「服を脱いで頂戴、体の様子を見るわ」

 と言って脱がし始めた、擦り傷一つ無いはずだ。真理子がホッとした表情で言う、


「もう危険な真似はしないで」

「わかった、もう大丈夫だろう」


 キッチンへ行きウイスキーを煽る。

 真理子を抱きかかえベッドに押し倒した。

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