肉食ですか?草食ですか?

オンシジューム

第一話 バレンタイン

「ん?梨菜、それなに。」

兄が、銀色でキャンディ型の枠取りをしたものを指す。

「ああ、これ。チョコを型取るやつだよ。今まで作らなかったけど、作ってみようと思って。」

「誰かにあげるの…?男、女どっち。」

コーヒーを飲むのを止めて、真剣な顔で私に聞く。

「え、男だけど…。」

―ガッチャン!

兄がコーヒーを持っていた手を放してしまい、カップが地面に叩きつけられる。

「わっ、大丈夫?怪我ない?」

私が聞いても微動だにしない。どうやら、フリーズしてしまったようだ。


私は慌ててカップの割れ具合を確認する。

良かった、名前の部分は削れてない。

そのカップには「石坂 雫」という兄の名前が大きくローマ字で書かれてあって、名前が見えるほどなら割れた部分は少ない。

…これならまだ飴入れとかに使えるよね。


私が割れた部分を片付けようとすると、兄はすぐに私の手を掴み、自分で拾い始める。

兄はこういう気遣いがさり気なく出来るため、女子にとても人気だ。

顔が整ってるから、という理由も魅力の一つらしい。

「おとこか…。そいつのこと、好きなの、梨菜は。」

「え、あ、うん。皆からはカッコいいって言われてるよ。えっと、草食と肉食が混じってるとか言ってた。」

「……橋本?木下?」

兄が口にしたのはどちらも私のクラスメイトの名前だった。

どちらも私が前に話題にしてた男子だけど、よく覚えてるなぁ…。

「どっちも不正解。お兄ちゃんには教えない」

教えたらばれちゃうもんね。


それからは諦めたのか、ムスッとした顔で兄は自分の部屋に入っていった。


いまのうちに、作っておこうかな。






「ただいま。梨菜、いる?」

「いるよー。お兄ちゃん、ハッピーバレンタイン」

私がそう言うと、兄は口を尖らせた。

「誰にあげたの、チョコ。」

「まだあげてないよ。これから渡すの。」

そう言って、包装されたチョコレートを冷蔵庫から取り出して、そのまま兄に手渡す。

「はい、手作りチョコレート。受け取ってください、お兄ちゃん。」

「…へ。あ、ありがと…。」

兄が驚きつつも、嬉しそうに受け取る。

「ふふ、驚いたでしょ。サプライズ、私が考えました。お兄ちゃん今年もう20歳でしょ?そのお祝いだよ。」

いつもバレンタインのときにチョコを作らなかったけど、20歳になるときに作ろうと決めていて、今日はそのために秘密にしておいた。

喜んでくれて良かった…。


「嬉しい…。もう死んでもいい…。部屋に飾っておく。」

「ええっ。溶けちゃうから食べないとだめ。」

「そう?なら、いつかのために食べるから保管しないと…」

「だめだめ。明日食べて。」

「勿体無い…」

包装したチョコレートを大事そうに抱えて小刻みに震える。

そんなうるうるした目で言われても…。

これはもう何を言っても聞かないやつだ。

仕方ないなぁ。


「なら毎年作るから…。」

「ほんと?なら、食べる。」







結局毎年作ることになっちゃったけど、もう20歳で大人になったから、ご褒美ということでいいか。



                   第一話 バレンタイン  〈終〉


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